050 すでにほとんどの生徒が学園に残っていなかった
★登場人物紹介★
天野ワタル:サラの下僕。世界征服をたくらんでいる、
双葉サラ:魔族との契約をワタルに邪魔をされ、ワタルを下僕にする
双葉木広:サラの姉。百合で花蓮ラブ
タマ:サラに召喚された猫鬼。ワタルの妹として生活中
魔石川花蓮:魔石川商事の代表取締役。ワタルが好き(?)
魔石川睡蓮:花蓮の妹。ワタルとサラのクラスに転入
ヤドリギ:?
大藪遥香:シスター。貧乏。直情的な性格
大藪四方:遥香の妹。入院中
板倉満里子:ワタル達の担任
鬼姫:魔石発掘場のゲートの魔族
すでにほとんどの生徒が学園に残っていなかった。
夕方。
学園の正門が施錠されて一時間ほど経過している。少し前まで校庭を走り回っていたサッカー部や野球部も教師による帰宅を促す放送によってすでに帰った後だった。
サラは学園の校舎にある生徒会室の扉の前にいた。
先ほどから扉をノックするべく胸の前まであげられた右手は、いつまでもノックすることなく軽く握られた状態で動かないでいた。
サラはまだ花蓮に会うのをためらっている。ドアをノックして入って行く決心を持っていなかった。
中にいるはずの花蓮は、サラに気付いているはすなのに自分からは声を掛けることはしてこない。サラの決意を中で待っているようだ。
目を閉じて深く呼吸した。
よし!
「サラです」
そう言って、サラはドアを開け放った。
「ノックくらいしてもよいと思うが。まあいい」
花蓮は窓側に近い机に書類を出して、それをチェックして赤ペンを走らせる作業をしていた。入ってきたサラに視線を向けずに作業も止めない。
「ちょっとこの書類だけチェックをするまで待ってくれ。えっと、ここを修正して」
サラは立ったまま花蓮の作業を終わるのを待った。
つぶやきながら花蓮がチェックした内容を赤ペンで書類に記述していく。
五分くらいたってから、
「待たせて悪かった。やっと終わった」
やっと花蓮がサラの方を見た。
「適当に座りたまえ」
サラが立ったままでいることに気づいた花蓮がそう言った。その言葉を受けてサラは一番出口に近いところにある椅子に腰掛けた。花蓮がもう少し近くに座るように声を掛けてくる。
サラは軽く頭を振って断った。それを見て花蓮は黙ったまま肩をすくめた。
お互い何か言いたそうな雰囲気だが、どちらも気にしないことにした。ひとつ咳をして花蓮が、
「旧昭和記念公園跡の事は報告を受けて知ったけど、残念だったな」
と言ってきた。
「はじめからこうなるように仕組んでいたのでは? あまりとぼけるのは止めてくれないかな」
おたがい睨みあった。
花蓮は両肘を机の上に乗せてゆっくりと掌に顎をのせる。そして目を逸らさずに、ニヤリと笑った。意識的にこちらを怒らせるような素振りに少しいらつく。
余裕そうな花蓮のその態度は気に入らない。
「何の事かな? まあいい。それより委任状の件は決心してくれたかな」
「花蓮はうちの状況をどのくらい把握しているの?」
「全く知らないと言うと、嘘つきになる程度の事は知っているぞ」
回答になっていない。それでもほとんど全てを知っているような気がした。
「双葉重工はこのままだとつぶれてしまう。原因は分かっていると思うけど、魔石を発掘できる場所を持っていないからよ。
そしてその原因は魔石川商事が入札ですべて奪っていったから」
「入札でこちらが権利を勝ち取った事については正式にコンペした結果だからサラの言葉を聞くつもりはない」
その通りだったから、サラは言いたいことを飲み込んだ。敗者の恨み言をぶつけ程度のプライドはある。
しかし、くやしいさは残る。
「委任状を渡す用意はあるわ。でも条件として魔石川商事が発掘権利を持っている魔石発掘場のその権利を譲ってほしい」
「ふん、随分都合のいい事を言うではないか。こちらはワタルとタマの事を神宮庁に報告するという手札があるのだぞ」
花蓮にそう言われてサラは、
「ではその手札を無効にしてあげる」
と聞こえないようにつぶやいた。
さあどうする? と期待した目でこちらを見つめてくる花蓮に対して、サラも目をそらさずにじっと見つめ返す。
その距離数メートル。
視線だけで花蓮と会話をする。
花蓮はこちらから折れると思っているようだ。だからサラは、
「ワタルとタマの事だったら、報告しても構わないわ」
と別に大した事でないと思っている様な口調といつもどおりの無表情でそう告げた。
花蓮の目が僅かに見開いたような気がする。
ふたたびにらみ合いになった。
しばらくして先に花蓮が耐えきれなくなった。
「意外な事を言う。ふたりに対する思いはその程度なのか? 神宮庁に報告したら最悪、実験体として調べ尽くされて最後には壊されてしまうかもしれんのに。サラはワタルとタマを見捨てるのか?」
花蓮の言葉に非難するモノを感じて、サラは自分の予想がほぼ正しいと確信した。
「そんなことはない」
だから、自信を持ってそう断言できた。ここからが勝負だ。
サラの言葉に、花蓮は一瞬怪訝そうになる。
「ワタルを見捨てるわけないでしょう。まあタマはそのついでだけれど」
花蓮は目をつぶって何か考えはじめる。
「見捨てるつもりはないが、報告しても良いとはどういう事なのか?」
「簡単なことよ。ワタルに魔石を渡したのは花蓮でしょう?」
ワタルが持っていた魔石について指摘した。
ワタルが持っていた魔石は、以前に木広から聞いたモノとそっくりだった。サラは、木広から花蓮が親の形見として大切にしている魔石があり、それはこぶし大でほぼ完璧な円球をしていたと話しを言いたことがあった。
魔石自体を手に入れることがむずかしいのに、完全な円球の魔石をワタルが手に入れることは普通に考えればあり得ない。つまり花蓮の持っていた親の形見の可能性がいちばん高い。
「親の形見の魔石をあげてもいいくらい、花蓮はワタルの事を大事に想っているんでしょう?」
もっとも黙って持ち出した可能性もあるけれど、それを花蓮が許すとは思えないのでその考えは考慮しないでいいはずだ。
花蓮の表情からは何を考えているのか読み取れないけれど花蓮の無言をみて。自分が言ったことは正しいと感じた。
「つまり、花蓮はワタルとタマの事を神宮庁に報告する気は、はじめからなかったんじゃない?」
花蓮は少し俯いて視線をそらした。うろたえているように見えた。それを隠すためか花蓮が椅子から立ち上がり、近づいてきた。
サラはひるみそうになるのを何とか耐える。
目の前に来た花蓮が机ひとつ隔てた場所にしゃがみ込んだ。そして同じ目線の高さでじっと見つめられる。
「狭山湖の発掘場を5年間提供しよう。それで手を打て」
花蓮がそう提案してきた。
狭山湖の魔石発掘場は確かまだ手つかずの状態のはずだった。
「設備投資は双葉重工がおこなう事。そして5年後はその設備ごと魔石川商事に返却すること。これがこちらで提示できる最大の譲歩だ」
設備投資は痛いが、何とかなるはずだ、とサラは試算した。
「その条件でいいわ」
サラは了承した。