039 ドクン、胸が激しく鼓動した
ドクン、胸が激しく鼓動した。
そして一瞬、心臓が止まった。
「く、苦しいよ。サラ」
遥香を元の病室まで送り、ひとりで病院からでた途端、ワタルはサラに襲われた。
片手で首の頸動脈を押さえられて、胸を手の指をそろえた掌で強く押し叩かれたのだ。そのまま壁に叩きつけられる。
そして、サラに胸をサバイバルナイフで刺された。
サラはまったく躊躇せずに、いきなり刺してきた。
しかし、この上ないタイミングと絶妙な場所を刺されたからだろうか、心臓が止まったにもかかわらず、ワタルは意識を失わずに済んでいた。ただ、体の自由がきかず、その場から動くことができない。
「少しでも体を動かせば、死ぬわよ」
サラの目が冷たく、つれない。凍えているような表情を見ると、こちらまで薄ら寒くなる。何かあったのだと、思った。
「お願いだ、もしもサラがオレを本気で殺したいなら仕方がないとは思うが、そうでなかったらナイフをどけて、話をしたい」
ナイフが微かに深く刺さる。
さすがに心臓が止まっているから、血液の循環が止まっており、そのために顔がどんどん青くなる。視界も狭まってきた。
「オレはサラとの約束は守るつもりだ」
サラがサバイバルナイフを抜いた。
血は殆ど出ていない。
そして再び心臓が動き出し、体に酸素が行き渡っていった。
サラがサバイバルナイフについた血を指で撫でて、唇に近づけて舐めた。
そして、サバイバルナイフをワタルの頬にあてる。
ゆっくりと頬でサバイバルナイフについた血を拭き取られた。
「おねがいだ、どうやらオレはサラに逆らえないようだ。死ねと言われたら、たぶん死ぬ気がする。だから、めったな事は言わないでほしい」
まだ視界が回復していないが、サラの後ろに、タマが小さくなってオドオドしていた。ワタルは軽く手を上げて大丈夫な事を示すために、笑いかけた。
タマが息をついてホッとした表情を浮かべる。
タマならオレが心臓が止まったくらいで死ぬ事はない、と分かっている筈だ。それなのに心配してくれるなんて。ちょっと嬉しかった。
「あなた、何者なの?」
サバイバルナイフは収められたが、サラの表情はまだ冷たい。
「ワタルお兄ちゃん。ごめんなさい、無理やり喋らされてしまったの」
すまなそうにタマが謝ってきたが、
「大丈夫だ。タマは悪くない」
そう言って安心させてやる。何をどこまでサラに話したのかは分からないが、具体的な事はタマも殆ど理解していないはずだから、それを訊いたサラが理解できるとは思わなかった。
それよりも、病院から出てきたのが致命的だったのかもしれない。
サラの不信感は大きい。
「あなたはどうして死神の巣窟から出てきたんですか? あなたは、双葉重工や魔石川商事のどちらのトップとも関係があることは周知の事実なのに、そのあなたがどうして死神のところからでてくるんですか? ちなみに遥香の事は睡蓮から連絡があって知っています。
言い訳でなく本当の事を言って。知りたいのは一点だけ。
どうして、あたしたちの事を目の敵にしている死神と一緒にいられるんですか? いえ、質問が間違っています。言い直します。
あなたは死神の手先なんですか?」
サラは歯を食いしばっている。つらそうだった。だから正直に答えるしかなかった。
………。
「あたしとお姉様の事を馬鹿にしています? いいですか、もし今回の魔石発掘場を封鎖するなんって事になったら、双葉重工は保たないわ。
ワタルさん、お姉様が自分の体を贄にするなんて無茶な事をする可能性は確かにあるけど、みすみす死神に封印される気はない。
あたしが何とかする。
あなたは遥香でなくあたしを手伝う事。いいわね?」
ワタルとしてはそうしたいが、遥香とも約束をしてしまっている。
………さて、どうするか。
約束は守るためにあるから、遥香との約束を破る事はできない。
ただ、サラは四方の事とか分かっていないが、双葉重工が傾きかかっているのは知っていたから譲れないところなのだろう。
今、ワタルがやれることをやるしかない。もう時間も残っていないからそれにおれにはやることがあるが、それに比べて時間が残っていない。
「頼みがある」