038 小さい頃に、鬼姫に魔石を無理やり体に埋め込まれたんです
2010年2月7日 見直しました
「小さい頃に、鬼姫に魔石を無理やり体に埋め込まれたんです。そのせいで四方は死なない、いえ、死ねない体になってしまったんです」
「じゃあ、隕石のせいで不死身になったんじゃないんだ」
「はい」
「どうして四方はこんな姿になったの?」
「一年前、中等部で行われたちょっとした催し物で四方は召喚術を披露したの。はじめはかんたんなものを召喚しようとしたらしいのだけれど、周りの人達がどうしても催し物を盛り上げたいからって、鬼姫を召喚するように四方に頼み込んで、それを断ることができずに四方は鬼姫を召喚したんです。
でも、召喚は失敗してしまい、現れた鬼姫に四方は生きながら食べられたんです」
遥香は首から下げていたペンダントを外して。
「出てきなさい」
と言った。するとペンダントから何かが現れる。
「お、鬼姫」
実態のない半透明な状態の女性、つまり鬼姫がそこにいた。目が合うと鬼姫はニヤリと笑って藍郷をしてきた。
「ワタル君、もしかして鬼姫の事を知っているんですか?」
初対面でないことを感じた遥香がそうたずねてくると、ワタルは首を横に振って否定した。
「いや、まったく、なんにも、知りません」
鬼姫(?)がワタルに気づいてニヤリと意地悪く笑う。
「ワタルよ。妾の事を忘れたのか? そんな訳はあるまい。もし本当に忘れていたら妾はちと、さみしいぞ。それから遥香、。先ほどから聞いていれば、ワタルが勘違いするではないか」
鬼姫は遥香に向かって続けて言った。
「何度も言っておろう、こやつは妾の精神だけを召喚したのだ。そんな中途半端な召喚をしたから勝手に暴走しただけじゃ。
妾も責任を多少は感じるけれど攻められるべきは未熟なのに我を召喚しようとして失敗した四方じゃろう。のうワタルも、そう思わぬか」
「いや、全くそう思わない。全部、鬼姫が悪い」
即答した。
「かなしいのう。あまりの冷たさに泣きそうじゃ」
ニヤニヤしながら鬼姫が嘯く。図太い神経をした鬼姫が泣くわけがない。
「そもそも、なんで鬼姫はここにいるんだよ。ゲートの魔族が鬼姫なんじゃないのか?」
まったくよく分からない。
「ゲートの魔族は無論、妾じゃ。ただし体だけだ。精神を四方に召喚されたせいで妾は魔界に帰れないから、その代わりに妾の体が吸い寄せられるようにこちらの世界にやってきたのじゃ。
ゲートなど使わなくてもよいものを、まあ精神が留守にしているのじゃから、安直な方法しか思い付かなかったのじゃろう。ゲートなど閉じれば終わりだというのに」
じゃあ、ゲートには体だけの鬼姫が休眠していると言う事だ。
「そのとおりじゃ。こやつのおかげで、結局、妾は自分の体に戻れなくなり、体はゲート通ってこちら側に来たが、結局ゲート封鎖されて身動きがとれなくなっている。だから妾はこんな中途半端な存在でいるしかないかや」
幽霊のように希薄な存在の鬼姫が半透明になったり、実態に近くなったりしている。ものすごく不完全だった。
「ワタルよ、こやつは妾を倒せば何とかなると思っているが、そんなことをしても無駄じゃといっているのに、聞いてくれん。ワタルからも説得してくれ」
四方の状態を治す生涯に鬼姫はならないようだ。鬼姫を倒す倒さないは関係ない。
ただ遥香としては鬼姫のせいにして、鬼姫を倒す事で四方が元にもどると思っていないと、きっと耐えられなかったんだと思った。
だから鬼姫を倒す事で四方が助かるという根拠のない希望でも必要だったのだ。
「ワタルよ、こやつを救いたいなら魔石を持ってくるのじゃ。遥香にそういっても妾を信用していないから、聞いてもくれん」
「欺されません。魔石に人を救う力があるわけないじゃないですか? もし魔石を持ってきたら、きっと四方の体を乗っ取るつもりなんです」
「それはないと思うよ」
「そうだ、ワタルの言う通りだ。
遥香よ、いつも言っているが、さすがに、もう四方の体がもたぬ。だから魔石を入手するのだ。そうすれば、妾がこやつと一体化することで助ける事ができる」
「それって、遥香が危惧している事なのでは?」
「しょせん、数十年のことだから、妾にとっては一瞬のことじゃ。
こやつと一体化すると元々の人格が影響受けることを気にしているなら、心配いらぬ。
妾もそれは望まぬゆえ、奥底に沈んで人格が混ざらないように、片隅でなるべく眠っていよう。
それでどうかや」
「それでいいのか? それだと鬼姫にメリットはないのでは?」
「妾は、もう、人を殺めぬと決めておる。いままでの、せめてもの償いじゃ」
「ねえ、ちょっといいかな」
遥香が口を挟む。
「さっきは否定したけど、ワタル君と鬼姫は知り合いみたいね。もしもグルだったら許さないわよ」
「たぶん、鬼姫はホントの事を言っていると思う」
鬼姫が言っていることは理解できる。
四方の体から、鬼姫の力を感じなかった。魔力自体を検知することがワタルは出来なかったが力を観測する事はできるが、少なくても四方に対して鬼姫は何も力を使っていない。だから鬼姫を倒しても、何も変わらない。
「ワタル君は鬼姫の言う事を信じるんですか?
私は信じられません。四方に鬼姫が憑依したら、エクソシストしないと四方が乗っ取られるに決まっています。片隅で眠るなんて事、どう考えても信じられないです。
鬼姫は魔族なんですよ?
悪魔と同じじゃないですか?
神の敵をどうして信じられるというの?
………と言っても、聞いてくれないよね。ワタル君もそっち側の人だもの」
そういう問題ではなく、事実なのだが。
遥香はいままで鬼姫を倒す事で自分を支えてきたのだから、何を言っても聞いてくれない気がする。しかし、遥香の言う通りにしてたら、四方はどんどん悪くなっていくだろう。
だから、遥香の言う事は従うことができない。
「まずは鬼姫の提案に乗るべきだと思う。少なくとも鬼姫を倒しても、何も変わらない」
しかし遥香の心には伝わらない。
殺気。
とっさにドアまで飛びずさろうとする体をその場に止める。憎しみを込めた目をして遥香は鬼姫とワタルを睨んでいる。
遥香はいつのまにか後ろに回した右手に大鎌を掴んでいた。
「もしも、邪魔をするなら、ここで始末します」
「よせ」
「よしません」
「とにかく頼んだぞ」
鬼姫はそう言って姿を消した。
ワタルはその場に両膝をついて、頭を下げる。
「お願いだ協力してくれ。オレも四方を助けたい。
その気持ちは遥香と同じつもりだ」
遥香が大鎌を振り抜いたら避けられない。
その状態でワタルは目をつぶった。こちらの本気を見せないと遥香は折れないと思った。
しばらくの間のあと、遥香の殺気が薄れ、
「………分かったです。まさか腐れ女たらしのワタル君に諭されるとは思わなかったです。
一応、検討はします。
でも、ゲートを封印するのは決定事項だから、それに協力してくれたら魔石を試すだけは試してみます。それが妥協点です。ワタル君もそれでいいです?」
まずは鬼姫を倒すのが先って所は譲れないみたいだが、今はそれで我慢するしかない。鬼姫の事は、鬼姫自身でなんとかしてもらうしかない。だから、
「わかった。そのかわり、オレと遥香はそれまでパートナーなんだから、ひとの事を変態とかいわないで、もう少し普通に接してくれ。そうしないと、少し凹む」
「分かりました。例え変態鬼畜野郎でも、万が一更正する可能性がゼロではないのですから、これから私が教育してあげます。そうすれば少しはまともになるでしょう」
ドクン。
「でもね、妹に手を出したら、問答無用で殺しちゃいますから、気を付けてください。いいですね?」
「わ、わかったよ」