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037 遥香にいわれて来たのは病院の一番奥にある病棟だった


 遥香にいわれて来たのは病院の一番奥にある病棟だった。見た目は他の病棟と変わるところは見あたらない。ただ他の病棟にくらべて少し背が突出している。二十階以上ありそうだった。学園から見ても目立つ病棟だったこともあり色々無責任な噂が囁かれている病棟だった。


「この病棟って一番高くて目立つ割に誰も入ったことがなくて謎だったんだよね。先生達もあまり説明してくれないし。ただ板倉先生はここを肢体安置所とか前に言っていたような気がするけど。ん、どうした? もしかして具合悪くなった。さっきから様子がおかしいし」


「大丈夫です。ゼイゼイ」


 大丈夫じゃないだろう。息切れしているし顔が赤い。それでも遥香に「下ろして」といわれる。遥香が一階ロビーの受付に行き、IDカードを受け取った。


 エレベータで最上階に向かう。二十三階だった。


「・・・・・・・・・警備が厳しい所だね」


 病院のエレベータはベットごと移動する為に通常のモノよりも広かった。片面が鏡になっているがその理由は分からない。鏡に映った自分の姿を見ながら、遥香はワタルに寄りかかるようにして、階数表示器の番号を眺めている。


「そうね。特別な事情のある人たちが入院しているから」


 そう呟いた後は、遥香は無言になる。まじめな顔つきだった。


 二十三階について扉が開き、ふたりはエレベータから出る。ワタルは遥香の事を手で支えている。遥香の歩調に合わせてゆっくり進んで行く。


 この階はほとんどが個室だった。


 やがてある個室の前で遥香が立ち止まった。


「ワタル君にあって欲しい人がいます」


 遥香がIDカードをかざすと解錠する微かな金属音が響いた。ノックをしないでドアを開けて部屋に入っていくので、ワタルも続けて中に入った。


 部屋は通常の病院の大部屋くらいの広さがあった。奥の方に病院でよく見かけるパイプベットがひとつだけ置かれている。始めは誰もいないと思ったが近づいていくとそこに女の子が眠っていた。シーツに隠れている胸のあたりから太いチューブが横の機械に繋がっていた。そのチューブは半透明で中に血液が流れている。それは小振りな洗濯機のような機械で血液循環装置のようだった。


「ワタル君………」


 病院に、それに特別病棟にいるのだから、健康体であるわけがない。それはは分かっていたが想像以上だった。


「あたしの妹の四方です。いまはこんなだけど中等部のエースだったの」


「噂くらいは知っている。確か退魔士としてものすごい才能があったとか、でも、一年くらい、前に、事故に会って死んだって聞いてたけど、生きていたんだ」


「人間としては、もう死んでいます。こんな状態で、誰も四方が生きているとは思わないです」


 ワタルは四方を見た。


 体にかかっているシーツ越しだったが、


 両手がないこと。


 両足がなおこと。


 が分かった。


「内臓器官も全て腐っていて心臓はえぐり取られているんです。肺もその機能をしていない。本来なら生きている事自体が、あり得ない状態なんです。


 遥香がベットに近づいていき、傍らにしゃがみ込む。


 ………。


 ……。


 …。


「死んだ方がましです」


 声が詰まるのを必死に耐えて、遥香が声を小刻みに震えさせながら、ゆっくりと吐き捨てるように呟いた。


「見てください。こんな状態でも四方は意識があるんです」


「えっ!」


 そんな事はあり得ないだろうと、四方を見る。


 驚いたことに目を開けてワタルのことを見つめていた。


 じっと見つめるその瞳には確かな意志があった。ワタルに何かを伝えようとしている瞳は、とても哀しそうだった。


 ワタルは四方に引きつけられるように近づいていく。


 深い闇をたたえたような瞳は、絶望があった。僅かに瞳が揺れる先には、四方の命をつなぎ止めている生命維持装置があった。


「死を望んでいるんじゃないのか?」


 すると、四方の瞳が大きく開かれる。


「そうよ。四方は死にたがっているわ。わたしも出来る事なら死なせてあげたい。でもワタル君、四方は死ぬ事が、できないんです。


 この生命維持装置を止めても四方は死ぬ事が出来ないんです。でも体は朽ちていきます。


 どういう意味なのか分かります?」


 ワタルは四方から目が話せない。魅入られてしまった。


「体はどんどん死んでいくが、意識はずっとあるんです。それがどれだけ苦痛と絶望なのか、私には分からないです。きっと私だったら気が狂うと思います。


 そんな状態で、出来る事は少しでも体が朽ちるのを止める事だけです」


 しかし、それでも体は徐々に朽ちていっているのだろう。あまりにも損傷が激しすぎる。ワタルはどうにか体を反転して視線を切った。


「でも、四方が生きてくれていたことが、今はとてもうれしいです。絶望しなければ、いつかは夢が叶うのだと信じていて良かったです」


 遥香は微かな希望にすがって興奮している。


「鬼姫を倒せば、四方は元に戻るんです」


 今、振り向いたら、自分がどんな表情をしていいのか分からないから、ワタルは遥香の方を向くことができ無かった。


 構わずに遥香が話を続ける。



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