028 さてと、ちょっと用事があるので、私も先に行くわね
「さてと、ちょっと用事があるので、私も先に行くわね」
「どこに行くんだ? もう昼休みは終わるよ」
わざわざ聞かなくてもいいだろうにとサラは思った。
「ワタルお兄ちゃん、デリカシーないわよ。空気を読まないと」
「ああ、トイレか。悪かった」
「違うわよ」
サラはワタルを蹴飛ばした。
「なにすんだよ」
怒って起き上がったワタルが近づいて来ようとする。それを睡蓮に止められる。睡蓮はワタルが自分に近づこうとすると、いつもじゃまをする。
なんかむかつく。
もちろん、ワタルが近いてこないと殴れないからだけど。
「お姉様は採掘場の件で手が空かないから、代わりに会社の雑務をこなさないといけないのよ。今、ちょうどうちの中間決算時期だから、収支報告書とかチェックしないといけないのよ。だから今日は早退するわ」
「株式会社は大変ですの」
「睡蓮とこみたいに非上場だとなかなか海外で信用されないからやりにくいのよ」
魔石川商事は基本的には国内での活動に限定しているから株式化して信用を得なくても問題ない。魔石の発掘に特化しているので株式化する必要はないのだ。
しかし今は魔石川商事の方に勢いがあり、売り上げも倍以上の差をつけられてしまっている。
………それもこれも、お姉様が花蓮に勝たないからだ。
勝てるはずなのに、木広は魔石発掘の権利の入札で、ことごとく花蓮に負けているのだ。木広は花蓮は強いから仕方ないと言うがあきらかにおかしい。
木広の攻撃は効かないのでなく、殆ど当たらないのだ。ありえない。
何度も自分が代わろうといっても、無理といって代わってくれない。
だから今、双葉重工は倒産しそうになっている。
サラは迎えの車に乗り込んで、資料に目を通す。経理のことはそれなりに理解しているので予想よりもかなり悪い経営状態なのを知って気分がめいった。
今回の魔石発掘件を得られなければ、木広やサラがどう頑張ったところで倒産は免れないだろう。
会社で詳しい内容を聴くのが嫌になる。
ただ、株式の値段が妙に高値で推移しているから外部にはそこまで酷い状態だとはまだ知られていない。いっそ今のうちに自分の株を売り払って会社の為に使いたいと考えてしまう。
………まあ、そんなことをしたら一気に暴落して会社が倒産するし、インサイダ取引になってしまうから売れないけど。
双葉重工は木広とサラがそれぞれ株式の25%を持っている。その為、上場しているといっても自分たちの会社のようなもだ。昔はもっと所有していたけれど両親が死んだときに贈与税で国にかなり持って行かれてしまったのだ。その時には株式会社化した祖父を本気で恨んだ。
会社に行くと、意外な事に花蓮がいた。
社長室のソファに座っている。
今から重要会議があるのになぜ花蓮がここに座っているのか分からない。誰がここに通したのかわからないけれど減給ものだ。
「ここに私がいるのは、意外かしら」
「意外だわ。何しに来たの?
というか、これから会議だから帰ってもらえないかしら」
花蓮は無言で立ち上がり、しかし帰るのではなくそのまま木広の椅子、つまり社長しか座れない椅子に座る。
「怒るわよ。ちょっと非常識では?」
花蓮は足を組んで挑発するように胸を反らしている。人差し指だけを伸ばした手をこちらに向けてくる。
「バン」
「何をしたいの?」
花蓮は無表情のままニヤリと笑った。
ゾク。
寒気がした。
目の前の花蓮が突然、今まで知っている花蓮と別人になったようだ。雰囲気が別人だった。
「あなたはと合うのは、初めてかしら?」
目の前の花蓮が面白そうに「ク、クク」と笑う。
何か全身に邪悪さを纏い、腹黒く笑っている花蓮なんてはじめて見た。知らずに数歩後退っていた。
「あなたと取引したいんだけれど」
「取引?」
「あなたが持っている双葉重工の株式の委任状をもらいたいの」
花蓮は椅子から立ち上がってこちらに背を向けて窓の方を向く。
「何を馬鹿な事を言うの。気でも狂ったの」
すると、背中しか見えない花蓮が震えだした。
「どうしたのよ?」
「ク、クク。あなた面白いわ」
振り返った花蓮の瞳は赤く光っている。サラは多少驚いたが、それだけだった。赤い瞳なんて見慣れている。
「それが、花蓮の本来の姿なの?」
「私は正確には花蓮ではない。そうね、ヤドリギと呼びなさい」
「………他の樹木に寄生する草木。つまり花蓮に憑依しているということ?」
花蓮、でなくヤドリギが近づいてくる。
「別に花蓮が誰かに憑依されていても、あたしには関係無いわ。とにかく出て行ってくれないかしら」
すでに随分相手をしている気がする。これでは会議に間に合わない。
「会議は私が中止にしたから時間は十分あるわ」
なぜ花蓮にそんな権限があるのか分からない。
「委任状を渡してくれたら、ワタルさんとタマちゃんの事を黙っていてあげるわ」
「何のこと?」
「あら、じゃあ、あなたは知らなかったの? あのふたり、DNAがほぼ同じらしいわよ」
「それがどうしたのさ。兄妹だから普通でしょう?」
花蓮、でなくヤドリギが馬鹿にした目を向けて、大げさに溜息する。
「双子でも、あり得ないほど一致しているのよ。
ねえ、タマちゃんてホントは何者なの?
ワタルの妹ではないでしょう? まさかクローン技術………、んな事はないか」
「それはワタルに聞いてくれ。正直言うと、私も知らないのよ」
「そうなの? まあいいわ。とにかくあのふたりはおかしいわ。神宮庁に報告したら、きっと面白いことになるわね」
「つまり、あたしは脅されているの?。ワタルとタマの事を黙っていて欲しかったら委任状をよこせと?」
「やっと話が伝わったみたいね。どう?」
「………」
サラは断るつもりで言葉を発しようとしたが、何も言えなかった。
「べつに二十五%の委任状をもっていたとしても、大した事はできないわよ。それにもし譲ってくれたら、魔石川商事の所有している魔石発掘場のひとつをしばらくレンタルさせてあげるわ?」
「何故、委任状が必要なの?」
「それに答える必要は無いわ」
何か思惑があるはずだが、サラには分からなかった。
「少し考えさせてほしい」
「ええ、じゃあ木広が魔族の封印を失敗した後に答えを聞くわ」