025 ワタル様に負けたの?
「ワタル様に負けたの?」
ベットで目覚めた睡蓮は体を起こしながらそう言った。
「ひどい負け方だったわね」
ベットの横には木広がいた。椅子に座ってこちらを見ている。
睡蓮は周りを見たが、見慣れない部屋だった。
「ここは私の部屋よ。睡蓮が気を失ったからとりあえず連れてきたのだけれど」
「そうなの。ありがとうなの」
睡蓮はベットから起き上がろうとしたが、目眩がしてよろけてしまい、木広に支えられる。木広の腕の感触がやけに肌を刺激した。
見ると、自分は裸だった。そして木広に抱きしめられている。
かっと顔が火照る。
「いや」
そのまま気が動転して木広から離れようとしたが、体がもつれてベッドに倒れてしまう。
「ずいぶん積極的ね。私は構わないけど」
覆い被さる体制で木広が顔を近づけてくる。
起き抜けで頭がまだきちんと働いていないためか、自制が効かない。
木広が胸に触れてくる。
「心臓の音がはっきり聞こえるわ」
とてもうれしそうな顔をして木広は笑った。
ドキドキした鼓動を沈めることができない。いつもの冷静な自分に戻ることができない。
「まあ、許してあげる」
軽く唇にキスをして木広がベッドから離れる。睡蓮はそんな木広を恨めしそうに睨む。
「睡蓮、あなたやはり素直にしていた方がかわいいわよ。花蓮の真似して表情を押さえるのは止めにしたら」
「よけいなお世話なの」
文句を言うと、人差し指でおでこを軽くはじかれた」
「そんな拗ねたような目で見られると、たまらないわ」
睡蓮はシーツで体を隠す。
「こんなに圧倒的にワタル様に負けたら、昼の話は無理なの」
だんだん頭が回ってきた。
さきほどワタルと戦って分かったが、ワタルなら新しい魔石発掘場のゲートの魔族を封印することはたやすいだろう。であれば木広と交渉する材料がない。
「いや、状況が変わったから、あの話は有効のままで。なにしろワタルはそっちに寝返ったから」
「寝返った?」
花蓮と話をして、ワタルを花蓮に預けることにした。本人にも話をしてある。
「それで、本当にいいの?」
「ああ、サラがまだ渋っているから、いま三人で話をしている。たぶんサラが折れるから、明日の朝でいいからとっとと連れて行っていいわ」
「………でもそれだとちょっと話が違うの」
「ワタルさんを連れ帰って、仲間に引き入れるか、当初通り殺してしまうのかは任せる。いずれにせよ、私も協力するから、連絡してっほしい」
事務的に木広が告げる。
「だったら、わたくしもよいの。でも、本当にいいの」
ワタルほどの戦力を手放して、しかもライバルである魔石川重工側になるのに、木広は何とも思っていない様子だったが、ちょっと理解できない。
「不満そうね。じゃあ説明してあげるけど、ワタルさんはサラちゃんを絶対に傷つけないと確信しているの。だから魔石川重工側になっても驚異にならないのよ。逆に、ワタルは睡蓮にも結局手をあげることもできなかったし、花蓮については殆どなすがままじゃない。そんなヤツがいても計算できないからやっかいなの。だったら、直接魔石川重工が今回の入札から撤退してくれた方が確実なのよ」
「………言っていることは分かったの。でも、サラは納得するの?」
「最後には納得するわよ。私が何を考えているのか分かっているから。それに、もしもワタルが本気で帰ってきたいと言ってきたら私は受け入れるわよ」
「それはずるいの」
木広が意地悪く笑う。
「だったらワタルがこっちに戻りたいと言わないように努力する事ね」
「意地悪なの」
「意地悪だもの」
睡蓮が言い返そうと思ったが止めた。
「とにかくワタル様の事はこちらでどうするのか決めるの。決まったら連絡するの」