022 まだ言ってるし………
「まだ言ってるし………」
タマが半目になってそう言っているのを聞きながらワタルは転送先が多少ずれた事に気づいた。
そこは双葉の屋敷の庭のようだった。
「だいたい転送カプセルってなんなのよ、なんでワタルお兄ちゃんとこんあ狭いカプセルのの中でくっついてないといけないのよ」
暴れるタマをしっかり抱き締めた状態だったので、タマはワタルの胸に顔を密着させて、僅かに上を向いた状態で話している。その度に顎が胸をくすぐるので、こそばゆい。
「はやく私のこと外に出してよ、ってあれ? ここどこ? きゃぁ」
上から何かが落ちてくる気配があったので、ワタルはタマを抱き締めたまま横に飛んだ。
「なぁ、なにすんのよ、ワタルお兄ちゃん。いきなり押し倒さないでよ」
タマを上から押し倒した状態で落ちてきたモノを見て、一瞬ビックリする。思い切り服が破れて下着が露わになっている花蓮だった。
ポカポカ。
「ワタルお兄ちゃん、いいかげん離れなさいよ」
タマがグーで頭を叩いてくる。
「………、なあ、きみはここで何で子供を押し倒しているんだ?」
地面から立ち上がりながら上から落ちてきたのは花蓮だった。ドレスがボロボロになっているがケガはしていないようだった。
「か、花蓮こそ、何があったの?」
「そんなに見つめられると、ちょっと恥ずかしいわ」
自分の露わになった体をとくに手で隠すわけではないので、本当に恥ずかしがっているのが疑問だったが、ワタルは目をそらした。
「べつに見たいのならかまわないけど」
花蓮が近づいてきた。
「ねえ」
いきなり腕を掴まれて引き上げられた。
「うお」
片手で持ち上げられた。
そのスキにタマが横にクルクル転がるようにして自分から逃げていく。
「あなたは誰?」
花蓮がタマにそう尋ねた。
ワタルは花蓮の片手で持ち上げられた状態のまま身動き出来ない。いつの間にかもう一方の花蓮の手には魔剣ミームングが握られていてその切っ先が首に当てられており、ワタルは動きたくても動けなかった。
腕を取られているので丁度、位置的に自分の顔の前に花蓮の胸がある。だからワタルは今、花蓮の胸に顔を埋めているような体制になっていた。
そんな状態で動けないので、ワタルはちょっと困る。
「ねえ、あならは誰?」
「わ、私はワタルお兄ちゃんに無理やり拉致されていたずらされた、ワタルお兄ちゃんの使い間、じゃなかった。………、ワタルお兄ちゃん、私はワタルお兄ちゃんのなんだっけ?」
「妹だ」
「きみは喋らないでいい。今、きみが喋ると思わず魔剣ミームングで刺したくなるから黙っていて」
軽く刺される。
僅かに血が噴き出した。
「妹、なのか? しかしワタルに妹はいたが確か日本にはいなかったはずだが………。なあ、まさか血が繋がっていない近所の知り合いの娘にお兄ちゃんとか呼ばせていたりしているのではない、よね」
「わ、私とワタルお兄ちゃんが血が繋がっているわけ、ないじゃない。ワタルお兄ちゃんと私は赤の他人だもん」
タマがハッキリ断言する。
「きみはどこまで女たらしなんだ?」
体が一回転して地面にたたきつけられた。
花蓮に投げられて仰向けのになって見上げる。頭をまたぐように花蓮がいて、眉間に魔剣ミームングの切っ先が狙っている。
「一度、死んで生まれ変われ」
逆手で持った魔剣ミームングを花蓮が思い切り突き立てる。花蓮の足が邪魔で避ける事ができない。
「お、おい、パンツが見えるぞ」
「わざとだ」
花蓮は冷たくそう言って、ワタルに魔剣ミームングを突き立てる事を止めなかった。
「ダメ!」
タマが花蓮に体当たりした。
体制を崩した花蓮が横に飛ばされたから、ギリギリ魔剣ミームングがワタルをそれた。
「ワタルお兄ちゃんは、死んでしまえばいいんだけどホントに死んでしまうのはダメ」
タマに起こされた。
「私とワタルお兄ちゃんは赤の他人だけどワタルお兄ちゃんは私のお兄ちゃんなの」
花蓮がこちらを無表情で見つめてくる。たぶん、睨んでいるのだろう。そしてきっと怒っているような気がした。
「訳が分からない。きみは説明できるのか?」
魔剣ミームングを突きつけられる。
タマが自分を庇うように目の前に立つが、脇の下をもってタマを抱え上げる。
「な、何するんですか。ワタルお兄ちゃんを守るのが私の役目です。そしてワタルお兄ちゃんをいつかやっつけるのも私の役目です」
そのままジタバタするタマを後ろに引き下がらせる。
「タマはまだ完全な状態ではないから、大人しくしていて。それに花蓮は敵ではないから本気をだしてはダメだよ」
タマがウーとうなり、渋々納得する。
「あれ、でもなんで私はワタルお兄ちゃんのことを守る必要があるの? あれ?」
後ろで混乱しはじめたタマの頭を撫でてから、
「こいつはホントにおれの妹だよ。ちょっと病気で記憶が飛んでいるので、オレの事を時々兄であるとワルれる時があるけれど」
「ホントか?」
魔剣ミームングを上段に構えなおして花蓮が近づいてくる。
「ほ、ほんとだよ。もし疑うならあとで検査してもいいから。それにさっきからタマはおれの事をお兄ちゃんと呼んでいるだろう」
ウソはついていない。
じっと花蓮と目を合わせる。目をそらしたら今度こそ斬り殺されそうな気がした。
「………分かったわ」
剣を下ろした花蓮が近づいてきた。
「その代わり、キスして」
花蓮に抱きつかれて、キスされた。
「ワタルお兄ちゃん!」
後ろからタマが背中に向かって飛んできた。頭によじ登って、頭を押さえられて、思い切りひねられた。
グキ。
ワタルはあまりの激痛にそのまま前のめりになって、花蓮と一緒にその場に倒れる。
押し倒すようになったが、花蓮は自分からワタルの背中に手を廻して離れようとはしなかった。
「ワタルお兄ちゃん、あたしの目の前でイチャイチャしちゃダメ」
タマが背中に馬乗りになってワタルの頭を後ろに反らせてキスをやめさせようとする。しかし花蓮がワタルの体を離さないから頭だけが後ろに引っ張られるだけだ。
首が折れそうなくらい痛かった。
「………ワタルさん、何をしているの?」
少し離れたところに現れた、木広の声がした。
首だけエビ反った状態で見ると、木広と睡蓮がいた。
「最低ですの」
「ワタルさん、あなたって人は………」
睡蓮と木広が呆れたような声でそう言ってきた。
殺気。
ゆっくりとサラが近づいてくる。顔が微笑んでいる。
怖い。
ワタルは自分がいつのまにか、窮地に陥ってしまった事に気付いた。
今度こそ逃げられないと思った。