021 ねえ、花蓮。ホントにワタルさんの事が好きなの?
「ねえ、花蓮。ホントにワタルさんの事が好きなの?」
サラが席を外して、睡蓮がそれを追うようにいなくなり花蓮とふたりきりだった。
食後の紅茶を飲んでいた花蓮の動作が止まる。
花蓮はすぐには答えずに紅茶のカップに口を付けて、紅茶を一口付けてゆっくりカップをもとに戻す。
カチリ。
花蓮がカップを置いた時に小さな音がする。それから一呼吸あり、
「ええ、好きよ」
と言った。
花蓮とは小学生の頃からの知り合いだった。花蓮は無表情、無愛想だから冷淡に見えるが実際にはそんな事は無い。何度も激しくやりあった事があるからこそ、花蓮の内面には熱く激しい想いが秘められている事を知っている。
ワタルの事を好きだと口に出して言うのであれば本当に好きなんだろう。花蓮が妹以外の人間を好きだと言ったのを聞いたのは今日が初めてだった。
「なんでワタルさんなの?」
興味があった。
「木広は自分よりも弱い男を好きになれるか?」
「ムリね」
即答した。自分よりも弱い男を好きになるなんてありえなかった。魅力がなさ過ぎる。
「それが理由よ。ワタルは私がはじめて負けた男の子。好きにならないほうがおかしくない?」
花蓮らしいと言えば納得できる理由だった。
「だったら、もしかして花蓮に勝てば、私のことを好きになってくれたりする?」
「何度も言っていると思うが、私は女性に対して恋愛感情を抱く事はない。いい加減にあきらめてほしいんだけれど」
花蓮にハッキリ否定されてしまう。
じっと見つめられる。
その視線を正面か受け止めると体がゾクゾクする。花蓮に吸い寄せられていく。
「意味なく近づいて来なくて、いいから」
花蓮が素早く立ち上がって、窓の方に移動する。
「そろそろ私の思いを受け入れてくれても、いいんじゃない?」
木広は近づくのを止めた。
「私はワタルに興味があるの。もしも私と仲良くしたいんだったら、ワタルを私にくれない? そうしたら、そうね………。キスくらいはしてあげてもいいわ」
………。
「わたしとキスしたければ、ワタルと縁を切って」
………。
木広が余裕が出てきたからか、窓に背を向けて口を三日月のような細い弓形に変えて腹黒くニヤリと表情を浮かべてくる。口元いがいが無表情のままだったから、普段なら無性にむかつくはずだったが、今はまったく気にならない。
木広の無言を答えに窮したものだと花蓮は受け取ったようだが、それは勘違いだ。
「くくく、ぷははははははは」
木広は大声で笑ってしまった。
「いいわよ、ワタルさんは花蓮に上げるわ。たかだか男ひとりと縁を切るだけで花蓮とキスできるならいくらでも縁をきるわ」
「木広、冗談をいっているのでなく、本気なのか?」
木広はさすがに信用していない花蓮に近づいていきながら、微笑む。そして断言した。
「本気よ。サラちゃんを説得するのに少し手間取るかもしれないけれど、何とかするは」
「………ちょ、ちょっと待って。ワタルがいなくて双葉は大丈夫なのか? どうやって新しい魔石発掘場のゲートの魔族を封印するつもり? その為にワタルがいるんでしょう?」
木広の本気がわかったのだろう、花蓮が目をひとまわりほど見開いて驚いている。
そんな花蓮の驚いた顔を見たのは初めてだった。
なかなか良い表情だった。そんな表情を見れただけでもワタルを手放してもいいと思った。
「ゲートの魔族の封印くらい、私とサラちゃんがいればどうにでもなるわ。だから安心してわたしとキスしなさい」
木広はそう言って飛び掛かった。
「はっ!」
僅かに避けられてしまう。
「木広、あなたの行動が信じられない。ひょっとしてあなたって頭がおかしいの?」
「ひどいな。ただ花蓮の事が好きなだけじゃない」
出入り口は木広の後ろなので、そこから逃げられない。
もし、逃げるとしたら窓しかなかった。
すると予想通り、花蓮が窓を開けてバルコニーに出る。
「バルコニーに出たら時点でもう逃げられないのに、往生際が悪いわね」
口元がだらしなく緩むのを掌で叩いて戻しながら木広もバルコニーに向かった。
◇◇◇
目の前で花蓮がバルコニーから飛び降りた。
「ちょっと」
慌てて上半身をバルコニーから出して下を見る。
二階だし、下はコンクリでなく林だったからケガはしないと思うが、まさか飛び降りるとは思っていなかった。
何しろ、花蓮はドレスを着ていたのだ。
ケガはしないかも知れないが、枝に布地が引っかかれば破れてしまう。折角似合っていたのにもったいない。
見るとやはりドレスが枝に引っかかり破れた端が所々の枝に引っかかっていた。かなり破れているようだった。
「花蓮、ちょっと待っててね。すぐ行くから」
そう叫んで、木広は部屋に戻って廊下に出て一階に向かって掛けて行った。
◇◇◇
「お姉様の声?」
サラはバルコニーから木広と花蓮がいる方を見た。
木広がバルコニーにいて、下を見て何か叫んでいた。見るとドレスの布地が枝に引っかかっていた。
「あれは姉さまのドレスの生地なの」
睡蓮が隣に来てそう呟く。
「すぐに行くの」
「そ、そうだな」
花蓮なのだろう、地面によろよろしている人影があった。
立ち上がっているからケガはしていないようだったが………。
「姉さまの様子がおかしいの。すぐに姉さまのところに案内するの」
「分かった」
サラは睡蓮を案内しながら、花蓮が落ちた所に向かった。