002 なんで一人で行かすかなぁ
2/13更新
「なんで一人で行かすかなぁ」
ワタルは魔族の手当をしながら、あきれてしまう。
「あたしかお姉様のどちらかが行かないとダメなんだから仕方ないじゃない」
こたえたのはさきほどワタルを下僕にした女の子。名前を双葉サラと言う。
ワタルと同じ学校に通っている高校一年生だった。
ワタルと違って学校の成績は優秀。
見た目もおしとやかに見えるし、おまけに姉が生徒会長をしている事もあり、先生の受けも良い。
優等生だ。
今まで話す機会を見つけられなかったから話した事はなかった。見た目通りのおとなしい性格と思っていていろいろ想像していたが、そのイメージが今日すべで崩れた。
妙な事になった。とワタルは思った。
クラスの中にはかかわり合いになりたくない生徒が何人かいて実はサラはその筆頭に位置していた。ただ、何だか気になって自然に目で追いかけたりして、ひそかに気にしていた存在でもあった。
今日、何だか表情が沈んで暗い雰囲気で学園から帰っていく姿を見て、気になって後を付けてみたのだ。そうしたら魔族に襲われている処を目撃してしまった。
「それで、木広さんが一人で発掘場に向かったの? やはり危険じゃん。痛っ」
魔族に指を咬まれた。
「大人しくしててよ」
ペシっと頭を叩いた。
「ねぇ、こいつどうする? 殺しちゃう?」
サラの言葉に魔族はビクッと一度震えて固まる。
ゆっくりとサラの方に向けた顔は、頬がひくついて、顔色が悪い。熱くもないのに汗をかいている。
冷や汗?
普通の魔族は人型であっても、表情まで人間に近いモノはまれらしい。そういう点から、この魔族のこのおびえ方はめずらしい。
「あ、あのう、今なら大サービスで、贄も代償も無しで契約できますけど、」
ワタルは驚いた。人間に下手にでる魔族なんか聞いた事ない。サラにとっては、それは普通らしく、別段驚いていない。
そんなサラの態度に興味を覚えた。
サラが「何を見ている?」と呟きながらワタルの方を見た。
ワタルは何でもないと言う。
「あたしはワタルがいれば十分だ。お前と契約する気はない」
サラは魔族に対して冷たく告げる。
魔族はその場に崩れ落ちた。腕を手当てしているのでワタルはその腕を掴んでいたから片手を上げた状態で宙ぶらりんになる。軽いのでそのままでも平気だが、とても手当てしにくい。
魔族が、キッとこちらをにらみ付けてくる。
「お前のせいだ」
そういって飛びかかってきた。ワタルは頭を叩く。魔族は勢いよく床に叩き付けられた。
やっと治療が終わった。
「あそこまでやられて、よくここまで動けるもんだね。
でもまだ治ったわけではないからね」
そういって床から抱き起こすと、床に叩き付けられて真っ赤になった顔をさすりながら、「はなせ!」と言って暴れる。
「まったく」
腕を爪で引っ掻かれながらも、魔族をベットに寝かせる。念のため他にケガをしていないか診察する。
「触るな」
また暴れかけようとした魔族は不意に硬直した。首筋にサバイバルナイフを当てられている。
「おとなしく、してくれないか?」
サバイバルナイフを持ったサラは冷たくそう言った。
「それとも、死ぬ?」
魔族は体を震わせた。
サラが手に少し力を入れる。
サバイバルナイフに皮膚を軽くきられた魔族は小さな悲鳴をあげる。かすかににじんだ血が皮膚を伝わって流れていく。
「す、すみません」
魔族が完全に固まった。
その隙にワタルは診察を続ける。
その魔族は先ほど野獣の姿から、少女の姿に変わっていた。ワタルにツノを折られたせいで本来の姿でいられなくなったらしい。
魔獣だったのにいきなり少女の姿になってしまいワタルはビックリしてしまった。まさか自分が傷付けた魔族が女の子(?)で年端もいかない少女(あくまで魔獣)の姿になったのを見て、とても放置できずにこうして治療しているのだった。
「なぁワタル、なんでそんなに落ち込んでいるんだ」
心配そうな台詞にくらべて、苦笑は冷淡なサラは、無表情でこちらを見つめている。絶対に心配していない。
「何でもないよ」
「まさか自分が傷つけた魔族が少女だったからショックを受けているなんて事はないわよね?」
サラに見つめられて、ちょっとたじろいだ。
魔族が女の子になった時には気にならなかったが、それから治療をしだしてからサラはだんだん不機嫌になっている気がする。
そして治療を終わる頃には、無表情でほとんど喋らなくなった。
魔族とワタルを交互に見てから、サラが手を動かした。
サク。
「んぎゃあ!」
「あら、ごめぇーあそばせ、間違ってメスが刺さってしまったわ」
サラのサバイバルナイフが魔族に刺さっていた。絶対にワザとだ。
「サラ、それ、どう見ても大型ナイフだよ。メスじゃない」
「あら、そう?」
「もうイヤ、おうちに帰るぅ」
魔族が泣いた。
やはり珍しい魔族だ。もしかしたら貴重かも知れない。
「なぁ、やっぱり殺してしまおう」
サバイバルナイフを握り締め直すサラをみて、
「お、お前さ、おれと契約する気ないか?」
慌ててそう言った。このままだとサラに殺されてしまう。
するとますますサラは不機嫌になった。ワタルが魔族を庇ったりする度にサラは不機嫌になる気がする。
「あんたとはヤダ」
「即答かい」
せっかく助けてようとしたのに、空気を読めない魔族だ。
「んじゃ、どうするつもり? サラはおまえのこと殺したがってるよ。それにもう契約しないと魔界に帰れないのだろう?」
「うるさい、ばぁーか」
懲りずにまた引っ掻こうとする。
ぱしっ。
魔族の手を掴んだ。
「シュ!」
ぱしっ。
もう一方の手も掴む。
パチン。
パチン。
パチン。
「や、やめろ」
「まったく」
両腕を脇に挟んで固定して、用意しておいた爪切りで魔族の爪を切る。
「な、何するのさ。は、はなせ。い、痛っ。ご、ごめんなさい。ナイフが刺さってすごく痛いです」
サラがサバイバルナイフで魔族の首を抉っている。魔族は再び大人しくなった。
「ようし、これでもう人を引っかくことはできなくなった」
爪を全部切り終わってから魔族の手を離した。
「ばかぁ」
魔族が泣きながら引っかいてくる。痛くない。
「よしよし。痛っ」
頭を撫でた手を、思い切り囓られた。
「がるぅー」
ケモノ化している。
「なあ、あたしはお姉様を助けに行きたいんけど。そろそろ何とかしてくれないか? 結局こいつはどうするの?」
サバイバルナイフをワタルの方に向けたサラは顔が怖かった。
「あ、悪い。でもこいつは、このままにしておけないだろう」
「仕方ないわね」
ビュン。
「うおっ! な、危ないじゃん」
「ちっ」
サラがサバイバルナイフで魔族に斬りかかったのだ。魔族はギリギリで避けた。
光の反射防止にパウダーコートを施された刃渡り二十センチ近くのそれは、ナイフと言うよりも小太刀に近い。切るというよりも斬るといった感じだった。
魔族は体を震わせた。
「サ、サラ様、一体何をなさいますのですか?」
完全に怯えている。少し言葉がおかしくなっている。
「時間切れ、めんどくさいから、あなた死んでちょうだい」
再びサバイバルナイフを向けられて、魔族は慌ててワタルに助けを求めてくる。
「た、たすけて。な、何でも言う事聞くし、契約もするから!」
魔族といっても今は少女の姿で、涙を流して助けを求めるしかない。それにこの魔族を今の状況にしたのは、ワタルなので助けない訳にはいかなかった。
「サラ、こいつとは、おれが契約する」
「そう? じゃあ早くお姉様を助けに行きましょう」
サバイバルナイフを納めるサラは何となく残念そうだった。
………なぁ、あんたホントに世界平和を目指しているのか?
それを言ったら、きっと自分もあのサバイバルナイフで刺されると思ったから、ワタルは喉まで出かかったその問いを飲み込んだ。
◇◇◇
サラの姉が向かったのは新しく発見された魔石場で、場所は立川市の旧昭和記念公園跡だった。
魔界移転直後、主だった霊地に魔界と行き来できるゲートが数多く出現した。そこから魔族達が蜘蛛の子のようにこちらにやってきたが、不思議な事に魔族はゲートから数百メートル以内から滅多に離れる事がなかった。
記録上ではゲートから一キロ以上離れた魔族はゼロだった。そしてゲートは何の前触れもなく消滅する。
するとそのゲートを通って人間界にきた魔族はゆっくりと結晶化する。
人はその結晶を魔石と呼んだ。
魔石は魔族の力を宿しており、人は魔石を持つとその力を使う事ができた。
もっとも、適正のない人間が大きな力を宿した魔石を身に付けると魔石に体を乗っ取られてしまうので、魔石を使える適正のある者を育成するために日本政府は魔石川学園という中高一貫の教育施設を設立した。
ワタルもサラもその学園の生徒だ。
旧昭和記念公園には以前から大規模なゲートの出現が確認されていたが、つい先ほど消滅したのだった。ゲートが消滅してしばらく観測続けた結果、大半の魔族が結晶化された事が確認されたために、新しい魔石採掘場として政府が正式に認定してその採掘権を本日入札する事になったのだ。
その入札にサラの姉である木広は双葉重工業の代表として一人で向かったのだ。
入札と言っても実際には双葉重工業と魔石川商事の一騎打ちだった。そして戦って勝
った方がゲート近くで結晶化せずに冬眠状態の魔族を封印できれば採掘の権利が与えられるのた。