018 お、おい。そこを蹴ったら………あーぁ
「お、おい。そこを蹴ったら………あーぁ」
周りのモノを無言で蹴り壊しているタマを止めようとするが、涙目で睨まれてしまうと、ワタルはタマを止める事ができなかった。
「ワタルお兄ちゃんのバカァ」
目覚めると同時に大声でそう叫んだ瞬間からタマは泣いていた。
「なんで、私がワタルお兄ちゃんのことワタルお兄ちゃんなんて呼ばないと行けないのよ。ワタルお兄ちゃん、いったい私に何をしたのよ」
ワタルお兄ちゃんを連発した後、タマが暴れ始めた。
「ワタルお兄ちゃんを殺してあたしも死ぬ」
ワタルをお兄ちゃんと呼ぶのがよほどショックだったのだろう。そう言った後は、なるべく何も喋らずに周りのモノに八つ当たりしている。
「この、この、この!」
「や、やめてくれ。これ以上破壊されたらまずいよ」
しかしタマは壁に設置されているパネルを力任せにはぎ取って、
「てい」
と掛け声と共に投げつけてきた。
「あぶないな」
何とか避けたが、その後にケーブルが飛んできて、それがモロに体にぶつかってしまう。一瞬息ができなくなった。
「ワタルお兄ちゃん、いったい出口はどこにあるのよ。ワタルお兄ちゃん、なんでワタルお兄ちゃんに話しかけるときにいちいちワタルお兄ちゃんで言わないといけないのよ。うぅー。ワタルお兄ちゃん、むかつくー」
端から見ていると面白かったが、そろそろ本気で何とかしないと危険だ。このまま壁をあちこちむしり取られたら、本気で穴が空きかねない。そうなったら、ふたりとも下手をしたら死んでしまう。
「今は刷り込み期間だから、連発しているけど少ししたら収まるから。とにかくこの部屋のものを破壊するのはやめて。出口に案内するから」
「ワタルお兄ちゃん、それホント」
涙目のジト目で睨まれた。
これが妹というモノなのか………。何か妙な感じだが悪くない。
「な、なんで笑うのよ、ワタルお兄ちゃん。もっとワタルお兄ちゃんは反省しなさい」
タマが本気でぶち切れて叫ぶが、凄みがないからつい、まずます笑ってしまう。するとタマがその場にペタリと座り、両手をついて俯いてしまう。
シクシク泣いている。
「わ、私ってこれでも魔界では最強だったのに、なんでこんな冗談みたいな事をやらされないといけないのよ。そ、それともコレが人間になる為の代償なの? それはあまりに酷いよ」
「いや、これは単なるおれの趣味だから」
何かこぶし大の塊が飛んできて、思い切り頭に当たる。
「ワタルお兄ちゃん、私をワタルお兄ちゃんの趣味に付き合わせないでよ。それに、何でこんなに私は小さいの? これって小学生じゃない」
「いや、一応、中学一年生くらいの成長設定しているから見た目は少し小さいけれど、無理をすれば中学生に見れる………かも知れない。あれ、何かミスしたのかな。まあいいか」
「もうやだ。ワタルお兄ちゃんなんかもう知らない!」
真っ赤になってそっぽを向くタマの姿は確かに幼かった。実際のワタルの妹年齢に合わせたはずだが、全体的に幼いからどう見ても中学生には見えない。
ワタルは後ろから近づいてタマの脇の下を掴んで持ち上げる。
「は、離せ!」
両手両足をジタバタさせて抗うがワタルには触れることができない。そのままふたりで隣りの部屋に移動した。
そこは白一面の空間で畳み四十畳くらいある、割と広い空間だった。
中央にカプセルのようなモノがある。
ワタルはそこに近づいて中に入る。
「ワタルお兄ちゃん、離してよ」
「すぐに終わるから、ちょっとは大人しくしていてよ」
ワタルはタマをなだめるが、言うことを聞いてくれない。
「タマ、お願いだから少しの間だけ大人しくして、でないと地球に帰れない」
「地球に帰れない?」
バカにしたようにサラがそう言う。
「何でも良いから、さ、ちょっと黙って体を停止していて」
ワタルはそう言ってタマの横で自分も静かにする。
「何なのよ、これは?」
とりあえず静かにしてくれたタマがいかがわしいモノを見る目をしながら、カプセルの壁をコツコツ叩いて何かを調べている。
「転送機なんだけど、要するにこれを使って元の場所に戻るんだよ」
◇◇◇
「ワタルお兄ちゃん、頭おかしくなった?」
かわいそうな人を見る様な目線を向けられる。そう言えばタマはここに来たときは気を失っていたから、どうやってここに来たのか分からないのだ。それに、もし一瞬で双葉の屋敷から転送されたことに気づいても、まさかここが高度三万六千キロメートル上空(静止軌道高度上)だとは普通は気がつかない。
………まあ、気がつかれても困るけど。
「とにかく、戻りたければもうちょっと大人しくしていて」
そう言いながら頭を船とリンクをして転送の準備を整えていく。その側らでタマが暴れて破壊した機器の状況も確認する。
結構被害が大きい。特にレーザ照準がいかれてしまったのが痛い。
本来であれば自己修復機能で回復するレベルだったが、タマの肉体改造でエネルギーの大半を使ってしまったのでしばらく事故修理機能が働かない為、回復の目処が立たない。
ステルス機能については確認したところ問題が無いことが分かったので少し安心する。
ただあと一度転送機能を使うと、エネルギーが限りなくゼロになるので、しばらく此処には戻ってくる事ができない。
それは始めから分かっていたので仕方がないと諦めている。
それぐらいの代償でタマが安定するのであれば、惜しくなかった。
ぎゃあぎゃあ文句を言っているタマの頭を撫でて、ワタルは転送を開始した。
「ワタルお兄ちゃん、何するのよ!」
「お、お前、そんな事したら転送先が狂うだろう!」
ワタルの手を振り払ったタマの手が、カプセル内部の壁に思いっきり叩きつけられる。
カプセルが揺れる。
「まだ言ってるし………」
その瞬間、ブゥンッとカプセル内部にノイズが奔り、タマが喋っている途中でふたりの姿が消える。
転送が実行されたのだ。
転送自体は成功したようだった。
ふたりが転送した後、カプセルがゆっくりとその場に横倒しに倒れる。そしてあたりが激しい光に包まれた。
光源が回復した中、転送カプセルは横倒しの状態で、白い煙を吐いていた。
それは完全に壊れていた。




