017 タマがゆっくり目を開けると、すべてが緑だった
タマがゆっくり目を開けると、まわりはすべては緑だった。
ただ緑色だけが視界を覆っている。
緑。
緑。
緑。
そして妙な浮遊感を感じる。
何かに漂っているようだったが確かではない。
皮膚から触覚がまったく感じられない。それどころが五感がほとんど感じ取れないから、自分がどんな状況なのか検知することができなかった。
唯一検知出来たのが視覚だったが、緑一色ではまったく意味がない。
不意に何かが聞こえたような気がした。
『………まだ目覚めるにははやいから、もう少し寝ていて』
頭に直接響いてくる声に注意をむける。
急に眠たくなる。
段々考える事が面倒になり、徐々に思考が滞っていく。
すべてが散漫とし、鈍よりして、鉛を付けて走るように頭を働かせるのに苦労する。いつの間にか緑色一色だった視界も急激に狭まりやがて緑さえも分からなくなった。
何も見えない。
いや、視覚的な刺激をまったく何も感じなくなった。
自分の目が閉じたからかも分からない。
もしも目を潰されたと言われても納得してしまうほど感じ取れる者がない。
タマは闇さえ感じる事ができなかった。
しかしあまり気にならない。とにかく眠い。
眠かった。
『眠っていいから、おれは近くにいる』
思考が停止しかかったタマはその声を感じても、理解する事が出来ない。しかし、その声を感じると、不思議に安心する事ができた。だからタマはそのまま睡魔に身をまかせた。
ふたたびタマは意識を失った。
次に目覚めた時、タマは自分が液体の中に浮かんでいる事を感じる事ができた。液体は緑色をしており、その液体がタマの視界を緑色にしている原因だった。
相変わらず全ての感覚がはっきりしない。それでも辛うじて周りを見ることができた。ただ、体の感覚は殆どないから自分がどのような格好でいるのかが分からない。
視線の位置が妙に低いから座っているか横になっている様だ。
何しろ目の前にいるワタルの膝くらいの視線の高さからワタルを見上げているのだ。普通に立っているならもう少し目線が高くなっていないとおかしい。
しかし、自分がどんな体制でいるのか、ちょっと想像出来なかった。
『心配するな。まだ眠っていて、いいから』
ワタルの声だった。頭の中に直接響いてくる。
タマはワタルの存在を感じて安心した。なぜワタルの存在を感じると安心するのか分からなかったが、何かに守られている様な安心感に満たされていく。
だから再び眠気に襲われても、タマは不安を感じずにゆっくりと目を閉じる事ができた。。
次にタマが目を覚ました時も、やはり緑の液体の中にいた。
ただ違和感があった。
体の感覚がだいぶ復活しているから、自分が立ち上がった状態で緑の液体の中に浮かんでいる事が変わる。皮膚の感覚も戻ってきている。
緑の液体から、ほどよい暖かさを感じた。肺にも入り込んでいるようだが、苦しくない。
目の前には先ほどと同じようにワタルが立っている。ただ、目の前のワタルが妙に大きく見えた。
自分の目線がワタルの腰のあたりにしかなかった。ワタルの背が倍ぐらいに感じた。
ワタルに話しかけようとして声を出そうとしたが、緑の液体の名かでは声を発する事が出来ないようだった。
その代わりに、タマは無意識に手をワタルの方に伸ばした。
透明な壁を手が触れる。
その壁の向こうから、ワタルもまたこちらの手を触るように手を伸ばしてきた。壁を隔てて掌を会わせる。
『もう大丈夫だよ。あと一度眠って目覚めた時にはタマは完全な人間に生まれ変わる事ができているから。さぁ、最後の眠りについてごらん』
………ワタルお兄ちゃん。
?
一体自分は何を思ったのだ?
猛烈な違和感に襲われる。
ワタルお兄ちゃんとは何の事だ?
本当に自分がそう思ったのか?
見るとワタルが満足そうに頷いている様な気がする。何か取り返しのつかない事がおいてしまった気がしてならない。
『ま、とりあえず今はお眠り』
再びワタルの声が頭の中で響くと、緑の液体が泡を吹き出して視界を沢山の白い泡が満たして周りが見えなくなる。
それにつれて急速に睡魔に襲われてします。
タマは透明な壁を何度も叩いてあらがうがビクともしない。
そう言えば、自分の手が妙に小さい事に築いた。まるで小学生低学年の手くらいの大きさだった。
そう言えば………。
自分の目線の高さがいつもに比べて低い理由に思い当たってしまい、タマは呆然とする。認めたくはないが、自分は子供になっていたのだ。
………どういう事? ワタルお兄ちゃん、一体何をしたのよ。
またワタルの事をお兄ちゃん呼ばわりしたので、気分はますます暗くなってしまうが、ワタルがそれに反応したのでとりあえずその件は後回しにする。
『大丈夫だよ。あと一度眠ったら、もう少し大きくなっているから。それで、これ以上起きていると支障がでるかも知れないから、強制的に眠ってもらうけど、許してね』
そうワタルの声が頭の中に響くと同時に強烈な眠けに襲われる。
抵抗することは出来なかった。
………ワタルお兄ちゃんなんて、死ねばいいのに。
ふたたにワタルの事を「ワタルお兄ちゃん」と呼んでしまった事に号泣しながら、タマは蓋民意識を失った。
◇
ワタルはタマが最後の眠りにつくと、タイマーを確認した。
培養液の中の時間経過を強制的に加速させているから、見ている側からタマがどんどん成長していく。
タマは今は小学生くらいだが、中学生くらいまで成長するのに、あと一時間もかからないだろう。
ここに来てから丁度二時間だから、三時間でタマの処置は完了する事になる。そのくらいであれば、屋敷からいなくなった事に、もしかしたらサラも気がつかないかも知れない。
………まあ、サラならきっと気づくんだろうな。
「どう言い訳しよう」
若干何故サラに言い訳をしないといけないのか、自分でも意味不明だったが、とにかくタマが目覚めるまでの間に旨い言い訳をあれこれ考える事に費やしすワタルだった。
しかし、結局うまい言い訳を考えつく事は出来なかった。




