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競馬雑文学その4宝探し

作者: 弱者男性

よく子供の頃、夏になると野山に散策にいった。

学校や家庭といった、人間の営みから離れて脚を踏み入れるその場所は、私にとって特別な場所だった。眼には見えない生命の息吹、歩んだ音、形跡、亡骸、鳴き声。生き物がその生命を通わす、神秘に溢れた魔境は当時の私にとってみれば常に興味の対象で、私を勇敢な冒険家にしてくれた。


いつも父親にデパートで買って貰った虫籠と、虫取り網を持って友達と、或いは一人でその神秘の時間に飛び込んだ。とりわけ、一人の時が楽しかった。

それは一見、ただの雑木林であったので、他人から見れば何の変哲もない樹木や草花が密集しているだけの、暑苦しい、青臭い、何の価値もない場所であった。だから友達も、はじめのうちは私と一緒に夢中になって探しものをするのだが、すぐに飽きて別の遊びや、人々の生活に戻っていってしまう。

それが嫌で、いつしか私は一人で、野山の雑木林に脚を踏み入れるようになったのだった。何にも介入されずに、一人その神秘に没入できる時間は何にも変えがたく、刺激的で、狂気的な好奇心に包まれ、私を幸福にしてくれた。あの時間はいつも、あっという間に過ぎていった。


自分だけの時間で私は、いつも“珍しい”昆虫を探していた。簡単に入手可能なカブトムシや、名の知れたクワガタムシへの興味は、早々に入手して、そして薄れた。あの時、私が欲しかったのは、父親に買って貰った昆虫図鑑の中でしか見たことの無い、自分にとって未知の昆虫だった。いわゆる“レアキャラ”というやつである。それは、私だけの独自の、誰にも感知されない、尊く貴重な体験への追求だった。


雑木林に入って、一日中網を振っていれば、大抵の甲虫は手に入るし、トンボや、セミといった昆虫もあっという間に私のコレクションになる。

勿論、そんなありふれた昆虫だって捕獲ができれば、嬉しくないわけではない。私の中にある、哺乳類としての獲得欲、達成感を味あわせてくれる。しかしありふれたそれらの昆虫は、何度も、何匹も捕まえて、籠一杯に持ち帰り、観察し、そして愛玩し、その生命を無碍にした。それでも、あの日の私の好奇心は充ちないのである。


冒険家だったあの日の私は、捕まえた昆虫の名前を、図鑑にチェックしていく。日毎に埋まっていく名前。充ちていく私の好奇心。その中でも、子供用に発行された昆虫図鑑には掲載のない昆虫を見つけると、まるで新種を発見した気持で、興奮した。興奮のあまり、捕獲したそれを虫籠に入れて、クラスの友達に見せた。誰も驚かなかった。“冒険家ではない”子供の眼から見れば、地味で区別のつかないありふれたムシに過ぎなかった。だから、それは私と父親にしか見えない、高貴な宝物だった。


宝探しは漢の性なのだと思う。

漢は何歳になっても、自分の時間の中で宝を探している。それは、誰かに見せびらかすものでもない。ただ、自分自身が追求し、求めたい、まさに夢なのだと思う。

他人から見ればそれは馬鹿げた行為に映る、奇行。一線を超えれば犯罪にもなりうるリスクを抱えて、それでも自己の中に確実にある魂を求めて、私共は生きるのである。


こうして今、競馬新聞を広げて、一人安いファミリーレストランで馬柱を眺めていると思う。文字の羅列。数字の集積。そこに馬がいると、誰が思うのか。そこに、隠れた幾万円の可能性を誰が信じるのか。

私は信じているのである。そこに隠れている真実。誰も持ち得ない未来。

ある筈がないと早々にその夢を諦めて競馬場を後にし、人々のつまらぬ営みに帰ってきた蔑みの視線を背に、今でもあの雑木林の中を彷徨っているのである。

私の手元に握られた馬券は、宝物の山である。今日も私は少年のまま、宝探しをしているのである。今の私にとって、競馬新聞こそが、宝探しの雑木林なのである。

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