エバンビーク侯爵家
気がつくと夏休みが半分過ぎていた。
あと1ヵ月である。今日はエバンビーク侯爵家に嫁いだ長女夫妻が遊びに来る予定だ。
長女のソフィア・エバンビークは妹の私から見ても才色兼備の女性。社交界ではロード王国の宝石と呼ばれる容姿だ。
ソフィア姉さんを前にすると劣等感に潰されそうになる。久しぶりに会う喜びと劣等感を感じなければならない苦しさ。
私は複雑な感情を消化できないまま姉夫妻の到着を待った。
お昼過ぎに姉夫妻はブランバル伯爵家にやってきた。
玄関ホールで二人を家族総出で出迎える。ソフィア姉さんとその夫のザインさんはお父様のサバル・ブランバルに挨拶をする。
ソフィア姉さんが私を見て目を見開く。
「ちょっと見ないうちにエルシーは美人になったわねぇ。ちょっとビックリしたわ」
「お世辞でも嬉しいわ、ソフィア姉さん」
横にいるソフィア姉さんの夫のザインさんも私を褒め称える。
「いや、お世辞ではないよ。エルシーは前より美人になったよ。前も美人だったけどね」
金髪の王子様のような容姿のザインさんに褒められて私は素直に嬉しくなる。
ザインは細身だが鍛え上げられた身体をしている。剣も魔法も一流だ。整った顔と知的な会話で社交界ではファンが多い。
その後、ソフィア姉さんとザインさんはアイヴィーに目を向ける。その目は胡散臭い物を見る目だ。
姉のソフィアがアイヴィーに声をかける。
「あなたがアイヴィーね。遠縁の男の子を養子にしたと聞いたけど、どうしてなのかしら? ブランバル伯爵家は私の子供が産まれたら、その子に家督を継がせるはずだったのに」
お父様がすぐに言葉を挟む。
「アイヴィーは両親を亡くして身寄りがなかったんだよ。それに優秀な子と聞いてね。遠縁だが親戚だ。それに後継ぎの問題はエルシーと結婚させるからブランバル家の血が薄まる訳ではないからな」
お父様の言葉にイマイチ納得がいってない様子のソフィア姉さん。
「まぁ良いわ。その件は追々話し合いましょう」
お父様と姉夫妻は応接室に入っていった。
アイヴィーが私と話したいと言ったのでアイヴィーの部屋でお茶にする事にした。
メイドがお茶を入れてくれて部屋を出て行く。それを待っていたようにすぐに口を開くアイヴィー。
「お前の姉のソフィアが嫁いだエバンビーク侯爵家は歴史が古い家か?」
「エバンビーク侯爵家は王国の建国からある家よ。それがどうしたの?」
「あのザインという男からは嫌な匂いが微かにする。お前の姉のソフィアもだ。家の名前から、もしかしたらと思ったがやはりそうか」
確かエバンビークの初代当主は500年前に恐怖の魔王であるアイヴィーと戦った聖女であるサラ・エバンビークだ。ロード王国の貴族の当主は男性が原則だが、特例で女性の当主が認められたケースだ。
あ、もしかしてアイヴィーの仇の子孫?
「エバンビーク侯爵家はたぶんアイヴィーが戦ったサラ・エバンビークが初代当主よ」
「まさかその名前をまた聞けるとはな。女性が当主になるなんて思わなかったから盲点だったよ。さぁどうしてくれようか」
アイヴィーが冷酷な微笑を浮かべる。
「ちょっと、私の姉に何かするつもり! それは止めて欲しいんだけど」
「残念だが、その望みは却下だ。エバンビーク侯爵家は俺を500年も封印してくれたサラ・エバンビークの子孫だ。お前の姉のソフィアも嫁いだ家が悪かったと思って諦めてくれ」
「いつもみたいに魔眼で催眠術をかければ良いでしょ。あとは放っておいて問題ないと思うわ」
「あいつらには魔眼が効きにくい。何かしら魔法抵抗力を上げる物を摂取している。催眠術をかけてもすぐに解けるな。排除してしまうのが一番安全だ。それに催眠術は頻繁にかけないといけないからな。身近な人なら良いが、そうじゃないと使いにくい」
催眠術が効かない!?
それが逆にソフィア姉さん達の首を絞めるとは。何かアイヴィーを止める方法はないのか。
「だからちょっと待ってよ。アイヴィーは暇つぶしで世界征服をするんでしょ。それなら少しくらいの危険があったほうが楽しくなるんじゃないの?」
私の申し出に逡巡するアイヴィー。
「なるほど、わざと障害を残しておくのも乙なもんかもしれんな。今は雌伏の時期だし、当分ほっとくか」
私は取り敢えずは目の前の危機が去って安心した。アイヴィーが本気になれば明日には王都はメチャクチャになってしまう。
その晩の夕食の食卓は凍りつく空気が流れた。
ソフィア姉さんと夫のザインさんのアイヴィーを見る目が冷たい。アイヴィーは意に介する様子もなく淡々と食事を続けていく。お父様が会話を盛り上げようとするが、なかなか上手くいかない。
意を決したのかザインさんがアイヴィーに声をかける。
「アイヴィーくん、君は何が望みなんだ? 何を企んでいる?」
「何を言っているのか分かりませんね。僕はただロード王国の繁栄とブランバル家の繁栄を望むだけです」
アイヴィーが「俺」じゃなく「僕」って言った。完全に猫をかぶるつもりみたいだ。
ザインさんが会話を続ける。
「アイヴィーくん、君からは何かしらの邪な物を感じるんだよ。本心を聞かせてほしいな」
「そんな事を言われても困ります。僕はただエルシーと結婚してブランバル伯爵家の発展に微力を尽くすだけですから。だいたい僕みたいな子供が何か画策しようとしても何もできませんよ」
「分かった、今日はそういう事にしておこうか。ただし何か悪巧みをするようなら容赦はしない。
エバンビーク侯爵家が一丸となって君を阻む事を肝に命じておきたまえ」
その後の食卓も凍りついていた。