プロローグ
「もっと早く歩け!」
私の背中におぶさり偉そうに命令をする子供。
いや実際に偉いのだろう。だって私は既にその命令に逆らえない。
私の背中から呟くような声が聞こえる。
「腹減ったなぁ」
カプッと私の首筋に牙を突き立てた。
軽い痛みが走るが私の身体は喜びに震えてくる。チュウチュウと血を吸う音が耳をくすぐる。
身体中に快感が走った。腰が砕け、膝をついてしまう。
子供は背中から叱責の声を上げる。
「エルシーはダメだなぁ。そんな事だと血を吸ってやらんぞ。ほら急ぐぞ」
私は快感で力の入らなくなった下半身に力を込めて歩き始める。
どうしてこうなった!?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私はエルシー・ブランバル。
ロード王国のブランバル伯爵家の三女、現在16歳だ。
先日、私は遊ぶ金が欲しくて、歴史ある我がブランバル伯爵の屋敷の蔵で金目の物を探していた。
蔵の奥には石像が鎮座している。その石像の首にペンダントを発見した。私は何の躊躇もなく石像にしてあるペンダントを外してしまった。
その時、ペンダントを外された石像の目が開く。薄暗い暗闇に紅い目が光る。
私はその目に魅入ってしまった。今思うと催眠術をかけられたのだろう。
ふらふらと私は石像に近寄っていく。
石像は口を開き、私の首筋に噛み付いた。
血を吸われている!?
電流のような快感が全身を包む。その瞬間、パラパラと表面の石が崩れていく。中からは銀髪で色白の男の子が現れた。
身長は私の胸の辺り、切長な目と綺麗な鼻筋。色気すら感じる口元。間違いなく美男子だろう。
男の子は急に笑い出す。
「ハハハハハハ! やっと自由になれたぞ! 今度こそ世界征服をしてやる! ハハハハハハ!」
薄暗い蔵の中で笑い声が響き渡る。
もしかしたら私は世界の未来を変えてしまったのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アイヴィー・ハマスベートと名乗った少年はあっという間にブランバル伯爵家の屋敷を乗っ取ってしまった。
紅く光る目が全てを可能にする。強力な催眠術のようだ。
私の父親であるサバル・ブランバル伯爵に遠縁の子と誤認させ、あっさりとブランバル伯爵家の養子になり、後継ぎになってしまった。
何かおかしいと感じる使用人もアイヴィーの紅い目を見ると簡単にアイヴィーを受け入れてしまう。
私が正気を保っている理由は、私がアイヴィーの眷属になっているかららしい。
現在、私の左胸の上には複雑な紋様が浮き上がっている。アイヴィーに血を吸われてアイヴィーの魔力を体内に注入されると眷属となってしまうと説明された。ただし現在のアイヴィーは封印の影響で本来の力には程遠いらしい。
眷属も今の状況では増やす事ができないようだ。
ブランバル伯爵家の後継ぎになったアイヴィーは私より立派な部屋が用意された。
アイヴィーはその部屋で優雅に紅茶を飲んでいる。私はその光景に見惚れてしまっている。
細い指が滑らかに動く。
光に輝く白銀の髪。
何気なく紅茶を飲む姿は既に芸術品だ。
アイヴィーが私を見る。魔力を使わない時は瞳はブルーだ。
「さてエルシー。俺は世界を征服する予定だ。眷属のお前にはしっかりと働いてもらわないといけない」
世界征服!? また言ってる。本気なの?
「まずは俺が封印されている間の世界がどうなっているのかを知りたい。この屋敷の書庫にある歴史書を持ってこい」
「アイヴィーっていつから封印されていたの?」
「お前は主人に対してそんな言葉遣いで許されると思っているのか?」
「あら、アイヴィーは対外的に私の弟になるのだからこの方が自然じゃない」
「なんだ、お前は馬鹿に見えて案外頭が切れるのか? 眷属の筆頭として期待するぞ。今は王国暦何年だ?」
「今年は王国暦503年よ」
「それならちょうど500年封印されていたんだな。俺が封印されたのが王国暦3年だからな」
「もしかしてアイヴィーって建国の話に出てくるヴァンパイアなの?」
「建国の話がどうなっているか知らんが俺が封印される3年前にロード王国が建国されたな。俺の名前は伝わってないのか?」
「恐怖の魔王とだけ伝わっているけど。名前は禁忌として口にしないように法律が制定されているわ」
「俺の名前が禁忌だと! アイヴィー・ハマスベートはお前らの王となる偉大な名前だ! ふざけやがって!」
急に怒り出すアイヴィー。私は怒りが私に向く前に屋敷の書庫に逃げる。
ロード王国の建国史から今までの歴史書を数冊見繕いアイヴィーの部屋に持っていく。
部屋に戻るとアイヴィーの怒りは治まっていて助かった。ホッとした私に無情な通告がされる。
「眷属筆頭のお前には強くなってもらわないといけないからな。今もダンジョンはあるんだろ? 明日からダンジョンに潜るぞ。強くなる為にはダンジョンが一番だからな」