第6話 病院にて
今回はちょっと分量多め。日常パートです。
よろしくお願いします。
目覚めてからまず、母さんに今どういった状況なのかを説明してもらった。それによると俺は今、福ノ山中央病院という、この町で一番大きいところの三階に入院しているらしい。そして事故にあって手術を受けたが、一週間ずっと意識が戻らず、医者たちは諦めかけていたようだ。
その後、母さんは思い出したように医者を呼んできた。そして白衣に手袋を身に着けた男の医師とナースさんが二人やってきた。その人たちの反応は想像通り。俺を見るなり、「意識が戻るなんて、奇跡としか言いようがない。」とかなり驚いていた。
「本当に一誠君だよね?」
「ええ、そうですけど。」
「どこか具合が悪いところはない?」
「包帯で巻かれてるところは痛いです。」
「何か変わったことはない?」
「いや……。」
「何か違和感はない?」
内容かぶってるんだけど。医師の人とナースさんからこんな質問ばかりされた。
俺は骨折していたが、幸い、もう二週間もすれば完治するだろうと言われた。意識の方も目覚めたてでまともに会話できるレベルだから今は問題なさそう、らしい。
「この調子なら退院までは君のリハビリ次第だけど、早くて二週間、遅くても一か月くらい先の予定で調整するね。」
俺の手術を担当したという、近田先生はそういっていた。四十代くらいの、水色髪で眼鏡をかけていて、どこか聞き覚えのある声。何より近田っていう苗字は……。
「あの、もしかして、近田先生は……。」
「気づいたかい、改めて、奈湯の父親の付可志です。よろしくね。」
近田菜湯ことナユユのお父さんだったのか。穏やかな雰囲気がどことなく似てるな、って思ったんだ。
「本当は仕事に私情を挟まないべきなんだが、私も、君が運ばれたとき一発で一誠君だとわかってね。君の独特のくせ毛、どこから見ても数字の1に見えるそのくせ毛は娘によく聞かされていたから、助けなきゃってなってね。」
ノーデもそうだったけど、皆俺の事、くせ毛で判断してるんだな。
「奈湯ちゃんはトーモ君と一緒に面会にも来てくれたのよ。いい子たちだったわ。」
そばにいた母さんも補足説明した。ノーデが言ってた通り、ってわけか。
「うちの娘も心配していたよ。でも、今晩報告するつもりだ。検査が入るからしばらく面会ができないけど、できるようになったら近いうちに菜湯も友達を連れて面会に来ると思うよ。」
「ありがとうございます。」
「では、今日の一通りの検査は終わったけど、何か質問はあるかい?」
質問、質問……って忘れそうになってた。ノーデのこと。
「あの、俺の頭に何か埋め込む手術とか、しました? 例えば、最新式の人工知能、とか。」
俺は質問した。いまいちそんな手術を受けた実感がなかったから。
「そんな手術、したんですか?」
え、母さんも知らない? 普通聞かされてるはずだよな。
「頭に? 針で何本かは塗ったけど、そんなもの埋め込んでないですよね。」
横にいたナースの女性が先に答えた。どういうことだ?
「埋めたといっても骨折した箇所に補強でプレートを入れたくらいだ。といってもかなり小さいものだし、九山君が言うような人工知能ではないよ。」
近田先生も否定した。ノーデが嘘でもついたっていうのか。
「いや、眠ってるときにそういうやつにあったていうか……。」
「夢でも見ていたんじゃないのかい?」
いや、夢ではあるんだけど。
「でも、ノーデ、そういうやつのおかげで生き返れたっていうか……。面白がったり、強がったり、でも、どこか見透かしてるような女の子で。」
説明しにくいな。というか、本当にノーデっていたのかも、怪しくなってきた。
「ならよかったじゃないか。意識がなかったときに生き返る手助けをしてくれる存在がいたっていうロマン話、私は好きだがね。」
俺の幻想、だったのか。俺はうつむいた。少しとはいえ、俺を理解して、命までかけようとしたあいつは実は存在しない、もう会えることもないかも……。
「Operation code 再始動。」
……!!!
思わず俺の耳元でささやいた人物の顔を見る。
「信じるか信じないかは君次第、またいい夢が見れるといいね。」
その人物は薄ら笑いを浮かべながらそういって、ナースさんと病室を出て行った。その間、俺はただただ驚いていて、何も言えなかったが、これだけはわかる。
あの人は、近田先生は何か知ってる。
似たようなコードをノーデも言っていたし。冷静に考えれば、俺のあのつたない言葉を瞬時に理解して、生き返る手助けをしてくれる奴がいたって理解できたのも違和感あったし。でも何で、俺だけに? ナースさんたちには聞かれちゃまずいことなのかな。
それはそうと、言ってみるか。
「オペレーションコード リブート!」
しーん。
俺の頭の内外関係なく、何も起きない。
「急にどうしたの、一誠。実はまだ、頭の調子悪いの?」
「い、いや、気にしないで母さん。独り言だよ、独り言。」
俺は笑って、怪訝そうに見つめる母さんは何とかごまかしたけどさ、
「もうちょっと教えてくれてもいいじゃんか、近田先生。」
翌日、俺はベッドから起き上がり、右手を動かしたり、簡単な食事が食べれるようになった。といっても病院食は正直おいしくない。母さんの剥いたりんごを食べられたのが救いだ。
そしてこの日、来客もあった。
まず警察。事故のときの様子を聞かれた。人生初の事情聴取ってやつ? 俺は仕方なく事故の日の思い出したくない記憶を全部話した。警察の人は「今度はちゃんと道路を横断するときには注意しないとだめだよ。」と言って、病室を去っていった。
その後、別の警察官立会いのもと、俺を引いた車の人が謝罪に来た。「本当に申し訳ない。」と何回も頭を下げて、謝っていた。それはこっちのセリフなのに、全部俺の不注意のせいなのに。車に乗っていた人が罰金やら、処罰やら受けるらしい。社会って理不尽というか、もし俺が死んでたらその人は人殺しの罪を背負っていかなくちゃいけなかったわけで。申し訳ない気持ちだった。
夕方には母さんと一緒に父さんもきて、久々に家族会議。父さんも顔には出さないけど、声のトーンとか、いつもの落ち着いた感じじゃなかったから、相当気にかけてくれてたんだなって感じた。ただ、手術のことはやはり、傷口を針で塗ったり、骨折した箇所にプレートを入れたりしたってこと以外には知らないようだった。
そして話は、この時期特有の話に。
「ところで一誠。受験、どうする? 父さん的には、やめてほしくないんだけどな。」
「あなた、今一誠は大変なのよ。まだ昨日目が覚めたばかりだし、何より左の方はまだ怪我が治っていないのに。」
父さんや母さんは二人の母校である近芽台中学ってところに俺を行かせたいみたいで、俺はというと、近くの中学が不良の巣窟で有名なところで、そこに行きたくなかったから、あんまり好きではない勉強をしぶしぶやっていた。
「でも、時期が時期だろ。出願するかどうか、決めておかないと。」
「それもそうですけど……。一誠はどうしたいの?」
現実は常に選択を迫ってきて、正直嫌だ。でも、乗りかかった船というか、俺は自分があきらめの悪い性格なのも分かっている。受験すると一度は決めていたわけだし、何より両親にこれ以上迷惑をかけたくもない。その思いから
「俺、頑張ってみるよ。」
と答えてしまった。
こんなこともあって病院での生活は、勉強にリハビリと退屈しなかった。むしろ、充実していたかもしれない。病室のテレビは普段見れないチャンネルも映ったし、いくつか好きな漫画やラノベはこの病院の図書室にあったので読めたし。
俺が目覚めてから5日経てば、杖ありで自力で立てるまでに回復し、だいたい一日の流れが決まってきた。朝起きて味気のない病院食を食べ、医者の検診を受け、リハビリに行って午前は終了。昼を食べて午後は受験勉強、夕方くらいまでやった後、休憩でテレビや漫画を見る。その間面会で会いに来た人と話して、夜は勉強を再開して、寝る。その繰り返しで10日経ち、気づけば10月だ。その間、ノーデに会うどころか、夢の一つも見なかった。
そして10月初めに一般の面会が解禁されたその日、早速俺の友達が面会に来た。トーモとナユユだ。二人は学生服にランドセル姿だから、学校帰りによってくれたみたい。
「良かった、本当に良かった。」
ナユユは俺を見るなり、泣き出した。
「ナユユ、大げさだな。」
「それだけ心配だったんだよ。九山君はだいじな……。」
「だいじな?」
「大事に至らなくてよかったです。」
「俺は信じていたぞ、イッセーが戻ってくると。」
トーモは病院だというのに声が大きい。それだけ嬉しかったのだろう。
「二人とも、心配かけてごめんね。大変な時期なのに。」
「気にするな、俺やナユユは頑張ってるよ。」
「そう、勉強とか順調だよ。塾は、忙しけど頑張ってる。こないだ模試があって私もトーモ君も割といい成績だったし。」
そうか、俺が寝てる間に模試があったのか。そんな時期だった。
トーモとナユユは俺と同じ塾に通ってて、近芽台中学を目指し、受験勉強している仲だ。トーモは違う小学校だけど塾で隣の席になって話したのをきっかけに、ナユユは小学校も塾も同じで、よく会ううちに話すようになって仲良くなった。あの時は俺の方が勉強できたけど、三週間くらい遅れた今では、この二人の方が合格に近いんだろうな。
「それよりイッセー、お前は受験とかは大丈夫なのかよ。」
「今、遅れを取り戻そうと必死にやってるよ。」
「っていても、暗記カードの横に暗記カード風に〝イセノ〟の技板を束ねたのおいて、しれっとカモフラージュしてる当たり、怪しいがな。」
カモフラージュというか、二人が来る前まで触ってたからな。
「技板ってなんですか?」
「ああ、ナユユは〝イセノ〟詳しくないんだったな。技板っていうのは指遊びの〝イセノ〟で使う板のことで、確かサイズが25×(かける)81ミリ、それぞれ技の絵柄が描かれているんだ。」
「そう、こんな感じのやつ。」
俺は束ねていた技板の一つを指さした。
「ちょうどここに通し穴付いてるだろ。〝イセノ〟をするときに紐やリングに技板を通して腕に巻き付けるんだ。そして、〝イセノ〟をするときにはその技板に対応した技しか使えないってわけだよ。」
「えっ、じゃあその板を持ってないと〝イセノ〟はできないってことですか?」
「正式な勝負だとそうだけど、別に俺たちの遊びくらいだったら、この技使えるとか決めてやるから別に必要じゃないよ。それに技がなくても一応遊べるしね。」
「そうそう、イッセーがもの好きで集めてるだけさ。まあ、数あてだけだとしんどい。」
「それで、九山君は何でその板を病室に?」
「一種のお守りだよ。特にこれは。」
そう、侍が雷をまとって剣を振り下ろしてるこの板、カナデからもらったこの板は特に。
「お守り、ですか。私もそういうものを持ってるんで、近くに置いておきたいって気持ちわかります。」
「まあ、腕がそんなに自由に動かせるってわけじゃないから、〝イセノ〟はできないし、この板を着けるのは先になるかな。」
「なるほど、その板が大切なのはわかった。が、勉強本の隣に漫画や挿絵ばっかりの小説置いてあるのはどうなんだ? こういうのって少しエッチな描写してあるやつだろ。」
トーモはベッドの横の棚を指さして言った。そこは参考書と漫画、ラノベを百均で売ってる仕切りで支えている。
「く、九山君ってそういうの読む人なんですか。し、知りませんでした……。」
「ライトノベルっていうんだぞ。あと、俺が呼んでるのはそういう変なシーン一切ないから。比較的健全な方だから。ナユユも困ってるだろ。」
二人にはあまり言ってなかった俺の趣味がこういうところで暴露されることになるとは。ああ、恥ずかしい。
咳払いして、落ち着く。よし。
「まあ、面白いからトーモやナユユも読んでみるといいよ。この病院の図書室にも置いてあるし。」
「今はなあ。」
「私も、勉強頑張らないといけないから……。」
さりげなく勧めてはみたものの、二人とも渋ってる。
「そうか、今は時期が時期だしな。」
「特にイッセーは体を早く治しつつ、休んだ分勉強もしないとな。」
「そうだな。」
少なくともライトノベルの内容の感想を共有できるのは受験終わってからになりそう。
「でも、三人一緒に、合格できたらいいね。」
ふと、ナユユがつぶやいた。
「そうだね、三人同じ学校で。」
「お前らは小学校もおなじだろ。俺も仲間に加えてほしいぜ。」
トーモは俺とナユユの肩を抱いた。俺はいいが、ナユユは少し怪訝な表情だった。
「ナユユが嫌がってるだろ。」
「あ、すまんすまん。ついノリで抱き着いちゃった。」
「私は大丈夫です。あ、そうそう、渡すものがあって……。」
思い出したように、ナユユはランドセルから連絡袋を取り出した。中に入っていたのは今時珍しい大量の紙の束。
「これ、塾のプリントです。提出の必要はもうないですが、一応……。」
「ありがとう、もらっとく。」
「本当、他の塾とかはタブレット端末使ってるとこも多いのにな。」
「昔ながらの塾だからね、こだわりがあるんだよ。」
そういいながら俺は一応、ナユユから手渡されたプリントの束を受け取った。これだけの量をやり切る自信はないけど。その後、ナユユが恥ずかしそうに聞いてきた。
「私のパパ、どうだった?」
「どうって、やさしい人だよ。ただ、肝心なことは言ってくれないかな。」
あれから、会うたびにノーデのことについて聞いたけど、うまくはぐらかされているし。
「近田菜湯さんに湯田十茂君、そろそろ面会時間終了ですよ。」
看護師さんが二人を呼ぶ。
「九山君、頑張ってくださいね。『困難を乗り越え先に、新しい自分がいるの。』って、私の母もよく言ってました。こんなところで折れる九山君じゃないって私、信じてます。」
「そうそう、新生イッセー爆誕、って感じでいこうぜ。」
「大げさだな。でも、俺頑張るよ。リハビリも、受験も。」
「じゃあまた、いつか会いに来ます。」
「ナユユ、その必要ないかもよ。俺たちが来る前に、退院なんてしてるだろうから。」
「さすがに退院は、後一週間くらいは無理だけど。できるだけ早く、元気になるように頑張るよ。」
俺のその言葉を聞きながら、二人は病室を後にした。
次回は3/5です。
今後もよろしくお願いします。