3話
ある部屋に男が居た。
その部屋の壁には緻密な魔法文字が緻密に描かれ、淡い光を放っている事も相まって、部屋に神秘的な雰囲気を纏わせるのに一役買っていた。
しかしながらこの文字はただの装飾ではなく、防護や空調等の機能を多数盛り込まれた物でもある。
これほどの機能性と見かけの美しさを両立できる技師はそうは居なく、またその技術がある技師であろうとも、部屋の大きさや陣の複雑さから見て月単位で他の仕事を捨ててかかりきりにならなくては完成しないであろう物であり、そんな物を壁に当たり前のように彫りつけてあるという事実がこの男の財力の凄まじさを物語っていた。
しかし、その技師の苦労を無にするように、部屋の中には統一感の無い調度品がごちゃごちゃと並び、場所によってはその調度品が折角の陣を覆い隠してしまっている部分もあった。
無論、どれも品自体はとても良い物なのだが、雰囲気どころか文化圏すら違いそうな物品が隣あって置いてあったりするせいで、結果的に酷く散らかった印象を受けるのだ。
男の座っている椅子もその例に漏れない。
背面に見事な龍の透かし彫りの入った木製の椅子なのだが、その相方の机はと言えば豪奢な装飾を施された重厚感のある石製の机なのだ。
万事がこの調子の部屋だが、部屋の主である男は当然ながらその事を一切気にする様子は無い。
ただ先述した椅子に腰かけ、机に積まれた書類を処理し続けている。
「旦那様」
男が書類を置き、ドアへと目を向けた。
「何かあったか? 」
召使いは答えた。
「ミア様がお見えになっています、通してよろしいでしょうか? 」
「通せ」
手短な主人の言葉通り、召使いは1人の白衣を着た痩せた女…ミアを連れてきて、そしてドアを締めて退出した。
「ごきげんいかがですか、当主サマ。
本日もまた素晴らしい快晴でして、私のような不健康な人間には些か…」
「用件を話せ、何があった」
「…愛想が無いですねぇ、そんな様子じゃあ大事な商談なんかも失敗しちゃいますよ」
「私が愛想を良くする人間は私にとって身内では無い人間だけだ。
私はお前を信頼している、だからこそのこの対応だ。
わかったらさっさと来た訳を言え、仕事が溜まる」
ミアは大きなため息をついた後、口角を上げて笑顔を見せた。
「ま、それで騙されてあげましょう。
…で、本題ですが、示威行為に使っていた兵士が1人死にました」
「…む、アレがか。
確かに目的が目的故に引き際を弁えなさそうな人間を使ったが…アレらを向かわせたのは死体漁り共の生活区域だろう?
あのような場所に改造兵を倒せる者が居るとは思えんが」
「そうそう、そこが大問題でして。
使用者が幾ら愚か者でも、彼らに施した改造はこの私の自信作…もっとも、生産性や汎用性に重きを置いてはいましたが、あの出来ならば死体漁りなんかにはいくら束になっても負けやしませんし、それどころか狩人の区域に放ってもちょっとやそっとでは少なくとも死ぬ事は無い、と言い切れる物でした」
「だが、死んだのだろう? 」
「ええ、ですから少し情報を集めさせておりまして…
お、今送られて来ましたね」
ミアはこめかみを軽く叩いて暫く虚空を見つめた後、急に笑い出した。
「…毎度思うが、その連絡方法は傍から見るとかなり不気味だ、もう少し何をしているかわかりやすくした方が良い」
「ご忠告、痛み入ります。
まあそんな事よりもさっきの件、愉快な事態になったようですよ」
楽しげなミアの様子を見て、アラベルタは内心頭を抱えた。
そういう時は大抵彼としてはまったく愉快では無い事態だからである。
「聞かせてくれ」
「ええ、ええ、頼まれずとも。
今回の事件、どうやら下手人は戦闘用魔道外装を纏っていたそうです。
犯行現場は人通りのしっかりある道路だったそうで、しかも時間帯は真昼間。
案の定大量の人間に目撃されていましたが、逃げる様子も無く元いた飲食店に落ち着き払って戻って行ったそうで。
我々の名が被害者の口から出された時にも、一切の躊躇は見られなかった…というのが聞き込みの結果になります」
「なるほど、計画的な犯行ではなさそうだな。
恐らくは飯を食っていた所を奴に邪魔された、程度の浅い動機だろう。
戦闘後メカニックの下へ行ったわけでもない所を見ると、奴は大した損傷を与える事もできなかったらしい。
相当高い性能を持った外装を着用していたようだな…逃走する気配が無かった事もそれが原因か。
ところで外装で間違いないんだな? 魔道兵だという可能性は? 」
「会話をしていたという証言が出ています。
人格を持ったゴーレムがそんなに沢山居たらたまりませんよ」
「ふむ…お前の魔道技師としての見解はどうだ? 」
「そうですね…」
少し考える素振りをして、ミアは口を開いた。
「先程の当主サマの言葉通り、『ほぼ損傷を与えられずに敗北』という所が気になりますね。
私の設計した新型なら、並の外装程度では倒されませんし、あの辺の人間が無理して購入できる程度の物では倒される可能性はあっても相応の………」
「待て」
当主が口を挟んだ。
「なんです? 」
「あるのか? 倒される可能性」
「ええまあ、相手が少し高めの外装を装着してたりとか魔道兵なら当然負けることもあります」
「…私は先程、死体漁りがいくら集まっても負ける事は無い、と聞いた覚えがあるのだが? 」
「ええまあ、死体漁りは普通の人間ですし。
普通の人間がいくら集まって普通の人間が撃っても危険無い程度の兵器を撃ち込まれても何ともないですよ。
でも外装や魔道兵になると話が違います。
そもそも、私が設計した新世代の改造人間の最大の利点は、希少でない金属を組み合わせた合金製であったり、彼らの体を構成する魔道具を少々非効率でも、従来のパーツとなる多数の異なる魔道具を組んで作るのではなく、全て同一の物にする事で人の関わらない魔道具による生産を容易にし、雇うのが高価な高い技能を持った技師を雇う必要を無くしたり、と強さに対してコストがかかりにくく大量生産がし易い事にあります。
相手が希少素材を使いまくって、高度な技術を持った技師がパーツから手作りしたような生産性の欠けらも無い高機能が売りの物が相手じゃあそりゃもう当然負けますとも」
「そんな話、された事があったか? 」
「ありましたよぉ、まったく当主サマは魔道具関係の事なら何度でも私に聞けば良いと思ってるんですから…。
一々説明する私の手間も考えて下さい」
「む…そんなつもりは無かったが…すまない」
当主に頭を下げさせて満足したのか、ミアは今回の事件の説明へと戻る。
「…まあそれは良いとして、問題は負けた事よりも逃げる事も相手に損害を与える事もできなかった点です。
確かに高級な外装を使えばあの程度の改造兵なら簡単に破壊できますけど、それをダメージを食らわずかつ逃がしもしない、となるとそこまで強力な外装は所詮狩人の狩った魔物の死体の残りを漁るだけの彼らでは購入できるだけの金は貯められません、信用の問題で借りる事もできません。
片方だけならまだしも両方こなしているのは不自然です、なので…」
「待て、片方なら何とかなるのか? 」
「ええ、外装や魔道兵─面倒なのでここから旧型兵器と呼称しますが─旧型兵器は、改造兵─こちらも新型兵器と呼称します─新型兵器に備わっている陣や機構の組み換え機能が当然ながら存在しないので使用用途に合わせた機構の特化が不可欠なので必然的に特化している部分以外の機能は比較的低水準に………この話、前にもしませんでした?
お願いですから前にした話で話の腰を折るのはやめて頂けません? 」
「し、していたか…? 」
釈然としない顔で首を捻る当主にため息を投げかけ、ミアは再び話し始める。
「ええ、そもそも予算を出して頂く段階でこの辺は全部話してます。
元の話続けますよ…そういう訳で、そこまで計画性のある死体漁りが居るかはともかく、色々と節約してコツコツ金を貯めたり、貸した金は返すという信用を何とか作って借りたりすれば、新型に勝てる旧型兵器を借用する程度はまあ可能です。
ですが先述の理由で今回は話が別…となると搭乗者、或いは搭乗者を雇った者が死体漁りでは無い、という事になります」
「…ふむ、そういう事なら先程の希望的観測は捨てねばならん、か」
「希望的観測とは? 」
「これは計画的犯行ではない、という先程の推測だ。
先程の推測は人目の多い場所での犯行だった事を踏まえ、計画的な犯行であればもっと人目につかん場所で犯行を行うだろう、という考えを元に立てた推測。
しかしながら人目の多い場所で行われる犯行、というのが計画的な物だとするのなら、それは1つの意味を持っている」
「つまりその意味とは? 」
「決まっている、妨害だ。
そもそも態々示威行為などをしている理由は、我々が掌握している業種故に本拠であるここでの影響力が弱いからだ。
それ故態々品性の欠片も無い者共を雇い入れ、改造を施して街に放っている。
『逆らえば死あるのみ』という事を共通認識とする事で、我々はようやっとこの街に対する影響力で他の四家と対等になる。
…だが、その兵があっさり正面から負けてしまったらどうだ。
我が一族は以前よりも更に軽く見られ、辛うじて存在していた影響力も完全に霧散する。
もしこの事が目的だとすれば、観衆は多ければ多いほど都合がいい、事件を起こした状況とも辻褄が合う。
もしこれが真実だとするなら、死体漁り共などでは到底手が届かん外装を使用していた事もわかる。
我々が影響力を拡大する事を嫌がるのは間違いなく他の四家のうちのどれか…アレらならばその程度、用意する事は造作もあるまい」
「なるほどぉ…で、背景の推測はここの辺で終わりにして、実際どういう対応します? 」
「…他の四家が関わっているかも知れん、と推測できた所で明確に関与した証拠が無い以上、大して特別な対応はできん、実際にする事は…」
当主は少し悩む素振りを見せてから引き出しを開き、中から出した書類に必要事項を書き込んでミアに見せ、再度口を開いた。
「正規改造兵15人を動員する許可をやる、指揮はニルクに…」
「その指揮、私に取らせて貰えませんか? 」
先程まで普通に話していた当主の顔が一瞬で渋い顔に変わった。
「言うと思ったが…やめろ、お前は天才だがそれは兵器開発の面に於いてだ、戦場に出る為のものでは無い。
お前にはまだまだ働いて貰わねばならんのだ、万一死なれては困る」
「えー…良い発想は他人の作った良い魔道具を見る事で産まれる物なんですけどねぇ…ま、仕方ないですね。
じゃ、これ貰っていきますね」
「待て」
先程の書類を持って退出しようとするミアに当主が後ろから声をかけた。
「な、なんです…? 」
「これも持って行け」
当主は先程の物とは別の書類をミアに向かって投げた。
「はぁ…ってコレ、遺物の使用許可じゃないですか! 良いんですかコレ! ? 」
「…良い、使え。
今回の任務、思ったより厄介になりそうだからな」
「はいはぁい! 頑張っちゃいますよぉ、私! じゃ、また今度! 」
到底雇い主にかける物とは思えない言葉を残しながら元気よく部屋を去っていくミアを眺め、当主は深くため息をついた。
「あの様子、絶対に自ら前線に出る気だ…。
無事で帰ってくると良いが…」
独り言を漏らしたのも束の間、当主は再びミアが来る前と同じように書類と格闘を始めた。




