13話
「いやぁ…脅しを受けてるとは思えない態度してますねぇ、怖い怖い」
言葉とは裏腹にミアの顔に浮かぶのは微笑だ。
無論内心には余裕など全くない、彼女の心は目の前の未知の外装、或いは魔道兵への興味と作戦の成功に向けての緊張感で満たされている。
しかしながら会話で自分が最も優位な位置にアーゼムを誘い込もうとしている今、余裕を崩した事で会話を途切れさせ、狙いに気づかれてしまっては大事、そういう訳で彼女はいかにも自分を強大に見せかけて交渉した方が面倒が無いと思わせねばならない。
「ああ、それからこれを、返しておこう」
緊張を他所に普段通りの調子でアーゼムが手に持っていた丸い物体を無造作に投げる。
ゴロゴロと転がってきたそれは金属の球体だった。
いや、概ね球体、とでも言った方が適切だろうか。
なぜならソレにはまるで手で粘土の塊を雑に丸めたかのような溝が大量に刻みつけられていたからである。
「こちらは一体なんです? 」
「貴様の部下だ、良い腕をしていた。
お陰で遅れた、褒めてやると良い」
「うえ、アレが元人間って事かよ…エグいことするな…」
それと同種の兵士に床に転がされながらも同情を隠しきれないロイとは対照的に、ミアの微笑は崩れない。
「これはこれは、素晴らしい力ですねぇ。
もしこれが我々の仲間に振るわれたので無ければ、もっと手放しに賛美できたのですが」
「もしは無い、お前達が攻撃した、私は応じた。
だからそうなった、それだけを理解しろ。
そしてお前達もすぐにそうなる」
破裂するような音。
ミアが紡ごうとした言葉が1つの音になるよりも先に拳がミアの頭を捉え、粉砕する。
それだけでは飽き足らず、殴り抜いた事でミアの体の上を取った腕を一気に振り下ろし、今度は身体の中央を切断した。
それでもまだ形が残っているのを見るや、アーゼムは更に攻撃を加えんと拳を握るが流石に部下達の邪魔が入る。
1人が拘束した3人に腕を変形させた針を突きつけ、残りの6人のうち3人は射撃し、3人は加速用魔道具をありったけ生成して体当たりを敢行した。
無論この程度ではビクともしないアーゼムだが、高速の体当たりによって飛び散った彼らを構成する細胞魔道具は3人分もあれば目隠しには充分、その上で弾幕まで加わるのだから一瞬攻撃対象を見失うのは必然。
その隙を突いてミアは左右に分けられた体を再融合、足の裏から加速用魔道具を吹かして床を滑るように危険域から離脱する。
「ああびっくりした…まったく、要求がなんのと言ってませんでしたっけぇ、人質が殺されても良いんですかぁ? 」
「人質とは殺せん物だ、そして…」
いつの間にか飛び立っていた円盤が囚われていた店主達の下へと辿り着き、以前のように妨害の力場を展開して3人を解放する。
「このように手は打ってある」
「多機能ですねぇ、しかし妨害の魔法陣とは強力な代わりに対抗もしやすい物なんですよぉ? 」
その言葉の通り1度は崩れ落ちた兵士が逆再生でもされているかのように再び元の姿へと戻り、這いずるように動く3人に向かって腕を伸ばす。
動けない父と頼りないロイに代わってレベッカが迎撃するが明らかに動きが鈍く、細かな傷を増やしていく。
「こんなこともあろうかと、拘束中に微細な針で筋繊維に傷をつけておいたんですよぉ。
結果はご覧の通りでぇす、どうです? 大人しく…」
返答代わりにアーゼムは先程と同じように拳を振り上げ、まずは自らにまとわりつく3人の兵士を一気に引き潰した。
「わあ、シンプルな返答ですねぇ」
苦笑いと共に少し後ずさる。
少し引いているような態度とは裏腹に、顔に生成している目以外のセンサーは忙しなく働き、周囲の環境と自分の位置を正確に推し量っていた。
そんな事は知らぬとばかりに再度距離を詰めるアーゼム。
先程と同じような展開を、ここでミアが覆す。
作り出した頑強な盾で彼の一撃を一瞬押しとどめたのだ。
無論この程度はすぐに貫かれて頭部諸共消滅の憂き目に会うのだが、彼女にとってはこの一瞬こそが欲しかった。
仲間によって修復された先程体当たりをしていた兵士、そして後部で射撃を行っていた兵士達が軒並み生きた網と化してアーゼムに組み付く。
これもまた剥がすのは容易だが、先程の盾より余程長い時間アーゼムをその場に押し留めた。
「位置よし、パワー想定内、それじゃあまずは1発いかがです? 」
そう言ってミアは胸の辺りから片刃の剣を引き摺り出した。
濡れたように輝く漆黒の刀身は、あまり勘の鋭くない人物であろうともほぼ間違いなく見抜ける程に異様な雰囲気を放っており、さしものアーゼムも警戒する素振りを見せる。
「遺物、だな? 」
「教える義理はありませんねぇ! 」
そう叫んだミアは持った剣を雑に構えて跳躍し、闇雲に切りかかる。
一閃。
繋がっていた上半身と下半身が叩き割られて泣き別れになる。
…もっとも、割られたのはミアの方なのだが。
剣が自分の体に触れる直前、アーゼムは網から腕だけを力任せに出してカウンター気味に一撃をミアに叩き込んだのだ。
吹っ飛ぶミアと黒い剣を見て難は去ったと判断した彼が自らを覆う網に手をかけ…。
「なっ…! 」
「きゃあっ! 」
直後、信じられない出来事を目の当たりにしたロイが叫び、それに気を取られたレベッカが手痛い一撃を食らう。
しかし、だからと言ってロイの事を責められる人間はこの場には居ないだろう。
彼の目に飛び込んだのは、先程まで無敵だったアーゼムが肩口から胸の半ばまで断ち割られている光景だったのだから。




