9話
「いやー、悪ぃなオヤジ、飯食わせて貰った上に泊めてもらっちまってよぉ」
「そらぁお前が酔っ払ってぶっ倒れやがるからだよドアホ。
幾ら人生で初めて薄まってねぇ酒飲んだからってたったの2杯で潰れやがって…次やらかしたら閉店時間にゃ外に放り出すからな」
「そりゃねぇよ! こんな場所で放り出されてみろ、服どころか命があるかも怪しいぜ。」
「ならうちじゃもう寝ねぇ事だな、ここは宿屋じゃねぇんだよ」
ロイに冗談を言いながら、店主は装飾のついていない金属の指輪を右手に嵌め、腕を軽く振った。
すると壊れた入口を塞いでいた砂の塊がたちどころに崩れ去り、風に乗って街へと消えていく。
この指輪は砂を操る魔道具で性能が大した事ない分とんでもなく安く、孤児すらこれを使って夜風を凌いでいるほどの代物だ。
「そら、宿泊代にドアを直すのを…」
「おはようございまぁす、開いてますかぁ? 」
間延びした声が店主の言葉を遮る。
声の主はゆったりとした歩調で戸口から入り、店主の目の前で立ち止まった。
差し込む朝日が影を作っている為に、表情はおろか顔の細かい部分もわかったものでは無いが、くすんだオレンジの髪の下にあるその頭の中にある考えが店主にとって好ましいものでは無いということが本能的にわかる。
「生憎仕込みがこれからでな…ま、クソ硬ぇパンと干し肉ぐれぇなら金払えば出すがな」
「うーんどちらも食べにくそうですねぇ、私の好みには合わなさそうです。
それに今回は目当ての物が既に決まってますからねぇ」
「それ以外は仕込みが終わってねぇから出せねぇって言ってんだ、言葉の意味くらいちったァてめぇで考えろよ」
店主の罵倒に声の主…ミアは怒るでもなく穏やかな笑いで応える。
「いやぁ、随分とお元気なようで幸いです。
ええ、安心して下さい、我々の目当ては貴方の身柄ですから。
ほら、仕込みが必要なものでは無いでしょう? 」
ズドン! と発砲音が店内に鳴り響いた。
荒事に慣れきった店主の腕が問答よりも先に腰に提げた銃を掴んで引鉄を引いていたのだ。
「速いですねぇ、素晴らしい…いや、元黄金の狩人、当然と言うべきでしょうか。
でもそれ、現役…バルトジール家の幹部だった頃の兵装じゃ無いでしょう? なら私には効きませんよ」
銃弾を防ぐまでもなく弾いて続けた言葉にミアが乗せた感情は冗談や煽りではなく純粋な感心と事実の提示。
敵にも敬意を表する、や事実をありのままに伝える、などと言えば聞こえは良いが、これが示す事はミアが未だ店主を敵として見なしていない、という事に他ならない。
そのような行動をされたが故に、店主の目付きがますます厳しい物へと変わる。
「ケッ、部下だけでなく自分も改造してるって訳だ。
そういう覚悟は嫌いじゃないが、ちょいと他の部分が気に食わねぇんでな、死んで貰うぜ」
「せっかちですねぇ…ま、私も私個人の問題なら今から殺し合っても構わないのですがぁ、生憎私もアラベルタの幹部を拝命した身ですのでねぇ、元とはいえバルトジールの幹部と事を構えるのは少々問題があるんですねぇ。
という訳でぇ、できれば説得に応じて頂きたい所なんですがぁ…その様子じゃちょびーっと難しそうですかねぇ」
「よっくわかってんじゃねぇかよ。
…今ならまだ逃がしてやる、尻尾巻いて逃げな」
「お断りします…ああ、それからちょっとした報告ですが、今この建物を私の部下7人が包囲しています。
降伏する気になってきませんか? 」
「数に頼るか、やっぱ気に食わねぇなお前」
「頼りますとも、それが私の戦い方です」
一触即発、この言葉がまるで今の為に作られたかと思う程に場の空気は張り詰めていた。
店主の手が銃から離れ、カウンターの下へと伸びて何かを掴む。
対するミアもまた保っていた人の形を崩し、腕を触腕のような形へと変貌させていく。
双方臨戦態勢、数秒後には激突するであろう両者の間に、制止の声が立ち塞がった。
「ちょっ、まっ待てぇ、何おっぱじめようとしてんだよぅ」
「あ? 」
「おや? 」
その声はあまりに力が無く、今まさに激突せんとする2人を止めるなど到底不可能にすら思えるような声ではあったが、全神経を研ぎ澄ませていた2人の注意を向けるには充分な声でもあった。
「えっ、いやその…こっこっち見るなよぉ! 」
「いや、お前が止めたんだろ、見るなとはなんだ」
「いや確かに止めたのは俺だけど…」
声の主であったロイのあまりに情けない様子は先程までの緊張した空気を吹き飛ばしてしまい、最早戦いを始められる雰囲気では無かった。
最初にミアが小さく笑いながら腕を元に戻し、店主もカウンターに伸ばしていた腕を引っこめる。
「おい、言うことがあんならさっさと言え。
俺はヤツに1秒でも早く弾丸を叩き込んでやらなきゃいけねぇんだよ」
「いやその…俺は四家同士のイザコザになんて巻き込まれるのは嫌ってか………ってそうだよ! なんだよバルトジール家の幹部って!
バルトジールと言や西の四家の1つ…それも狩人共の元締めじゃねぇか! そんな大層な人間がなんでこんなとこで酒場なんかやってんだよ! 」
「うだうだ言ってんなよそんな事で。
俺は古巣とはもう関係ねぇ、ヤツと張り合う理由もバルトジールに迷惑かけたくねぇってのより俺が腹立ってるってのが大きいくらいだ。
わかったらさっさとどっか行きな」
「ああ、成程ぉ」
二人の会話を聞いていたミアが口を開いた。
「古巣への迷惑を気にしていた訳ですかぁ。
や、説明不足で本当に申し訳ないと思ってますけどぉ、身柄と言っても私ら別にあなたを人質にバルトジールに何かしようってんじゃないんでぇ、その辺は気にしなくて良いですよぉ」
「嘘つけ、他に俺の身柄なんぞに何があるってんだ…それに俺は単に俺のカンに触った奴をぶち殺すだけで古巣は関係ねぇって言ったよな? 」
「厳密には貴方である事には意味はありませぇん、私の部下を葬った外装だか魔道兵への人質としてどうしても必要ってだけの話ですからぁ。
貴方とバルトジール家の繋がりに触れたのはこちらの情報収集能力を披露しておきたかっただけの事…その上で貴方を選んだのは貴方が依頼者である可能性が状況から見て最も高いと判断した、というだけの事ですのでぇ、どうしても嫌だと言うなら貴方の娘さんやそこの男性を使用しても構いません。
あ、それから勿論人質として使った後はしっかりと解放させていただきますよぉ。
…さてと、先程と比べて条件はかなり良くなったと思われますがぁ、これでも戦いますぅ? 」
「おう、御託連ねてねぇでさっさとお仲間連れてかかって来な」
「理解できませんねぇ…」
想定外の即答を受け、ミアが初めて少しイラついたような声を発した。
「お…俺もさっきので腹が決まったぜ! あんたらがレベッカちゃんに危害加えるかも知んねぇなら、俺だって戦ってやる! 」
完全にヤケになったロイが懐から以前使った魔物用の銃を取り出し、構える。
「だから大人しくしてれば危害を加える気は…はぁ、こういうのには言っても無駄ですかねぇ。
隊員諸君、戦闘態勢に入ってくださぁい」
『『『了解』』』』
気だるげながらも鋭さを帯びた指示が飛び、隊員たちが応答を返す。
今度こそお互いの用意は整い、止められる人間もその場には存在しない、戦いの火蓋は今まさに切って落とされたのだ。




