第9話 戦争準備。あるいは熟達した冒険者を敵に回すということについて。
「で?」
「できんこたーねえな」
クレア・エーデウス公爵令嬢様の館。その客間で、ティリスと俺は頭を突き合わせていた。
これから、ラリーたちのために、ラリーたちがこの街にたどり着く前に、犯人を作り出さなくてはならない。
遠因は俺ら二人にあるとは言え、超難題。
だが、返答の通り、できなくは、ない。
「前の事件から1ヶ月。隣国の組織がこの地で動くとしたら、トップダウンの形式」
「意志決定は少人数ってことね。多くて3人」
「そこを捕まえて尋問説得」
「公爵令嬢様も協力は惜しまないって言ってくれてるし、全掌握も問題なさそう」
「問題はラリーたちをどう誘導するかだ……」
「素直に考えれば、ケーティちゃんが捕まった、と仮定して動いてるよね」
「ちゃんをつけるな」
「そうすると、ちょっとした災害みたいな組織になるけど」
「この組織はそんなに強くない、俺がバックアップせにゃならん」
「演出ってやつねー」
「ぶっちゃけ、ラリーたちを相手に立ち回るんだぞ。仮想敵としてこんなに恐ろしい奴らはいねえ!」
ミスリルゴーレムを正面からぶっ倒し、黄金級依頼を日に2つこなし、更にはミノタウロスの大襲撃を3人で撃破する冒険者パーティだぞ。ちょっとした戦争レベルだ。
例え組織を手中に収めても、勝ち目があるか微妙なところ。
いや待てよ……。
「……ドボルクに協力してもらおう」
「内通者?」
「要るぞ絶対。相手の推測を把握しなきゃならねえ」
「ドボルクさんだけ切り離して、個別で接触?」
「それに関しちゃ手がある。使いたかないが、正式なものでないと、ラリーたちを騙せんからな……」
「じゃ、それまでに組織の掌握、しよっか……憂鬱だわ」
「俺もだよ」
* * *
『ドボルクへ
緊急
3番街の宿『カウンティの翼』にて待つ。
母より』
* * *
「お主なぁ! 母上使うのはあかんじゃろが!」
「しゃーねえじゃん! 一番自然に呼び出せると思ったんだよ!」
宿の個室にすごい勢いでドボルクが入ってきて、第一声がこれだった。
まー悪いとは思ってる。でも一番確実で、怪しまれず、絶対ばれないのがこれだったんだ。
ドボルクの家は上意下達の絶対君主制。そして君主は母。ラリーもスミロも、この事は知っている。
だからこの手紙が疑われることはないと踏んだんだが、まあ虎の尾も踏んでんだよな。
「ワシの心臓が破砕するとこじゃったぞ! いやむしろ今もじゃ! これが知られたらどうなることか……!」
「いやもう知ってるけど」
「お主をこの場で殺さねばならん……!」
怒りに震えつつ、斧を構えだすドボルク。
分かってる。悪かった。でも他に方法がなかったんだよマジで。生半可な手紙じゃラリーが速攻気づくし、精巧でもスミロの裏取りでバレる。正式なものじゃなきゃいけなかったんだ。
で、正式なものってことは、当然ご本人からじゃなきゃいけないわけで……。
ドボルクにはホント悪いと思ってる。
「ままま、落ち着いて? あ、お久しぶりです。ティリスです」
「おお、久しぶりじゃなティリス。だいぶ……べっぴんさんに……なったのぅ?」
「ケーティちゃんが隣りにいるとねー。こんな絶世の美少女いたら、だいたいの女の子は見劣りするよねー」
「ケーティちゃんとは誰じゃ」
「俺」
「お主……」
「本名名乗りたくねえんだよ! 美少女化の噂はあの町で終えておきたいの!」
「しかしまー、ワシも安心したわい。ワシの推測が正しかったようでな」
「ラリーたちはどういう推理を?」
聞くところに寄ると、
・俺がなにかに追われて焦って逃げた。
・ティリスの家でも争った形跡があり、金目のものも奪われていることから、そこで捕まった。
・探知結界をすり抜けるほどの敵。
という仮定で動いているようだ。うわこわ。
「そうすると、今、俺が探知魔術にかからないのは結界内にいるから。ということぐらいは推測されうるわけだ」
「ここまでは、痕跡を追跡するだけじゃったしのぅ。街周辺でぷっつりと途絶えおったから、手練だと思っとるぞ」
「あー、アタシだけ脱出したことにする? ちょっとボロッとした感じを装ってさ。そしたらアタシからも誘導できるし……」
「待て待て、俺が他人に魔術をかけるには接触してないといけないんだ。呪術もないから探知結界も張れねえ」
「ワシ1人でラリーたちを制御するんか?」
「どこまでできる?」
「お主らの情報精度による。ケーティも、ラリーたちの能力は知っとるじゃろ」
「これだから手練れの冒険者相手は嫌なんだよ!」
「どゆこと?」
「だいたい勘で情報が偽装かどうか分かる」
「マジで?」
「ラリーなら9割ぐらいかのぅ。ワシらなら、7割弱じゃな」
ティリスは驚いているが、一定以上の冒険者はだいたい似たような能力を持っている。経験則だったり特化した魔術だったり、とにかく瞬時にその真偽を判断する。一瞬のミスで命を落とす仕事を続けていると、結果的にそうなってしまうのだ。
「まー基本的には裏取りするけどな」
「じゃあなんでラリーたちは、勘違いしたままケーティちゃん追ってるの?」
それな。
まあ答えは簡単で……。
「偽装されてないからのぉ……」
「全部本当の情報だろ。ベッドの血も、ぶち破った窓も、ティリスの家の争った形跡も」
「本物は嘘などつかんでも騙せるんじゃよな」
「いやラリーが自分で自分騙してるだけなんだけどね今回」
全くだ。だから憂鬱なんだよな……。
とはいえ如何にラリーたちがどバカな理由で追ってきているとしても、現実としての脅威度は変わらない。戦争レベルの戦いをしなくてはならねえ。
「だから、本気で組織を掌握し、本気でやる」
「裏取りの時間は与えず、本気の策略を連打するわけねー。うわ、つら」
「お前もやるんだからな?」
「じゃあ基礎構造は今までの情報をそのまま流用。公爵令嬢がメインターゲットと」
「ワシらには、公爵令嬢から依頼を出してもらうのが一番じゃな」
「ケーティちゃんが捕まってる理由はどうしよっか」
「なんかもう完全に俺の名前がケーティになってて不思議な気持ち。あとちゃんをつけるな」
「ワシ、思うに、ほっといてもラリーたちが勝手に類推するんじゃないかのぉ」
「じゃ、もしそうなったら、ドボルクさんがケーティちゃんに伝えてね」
「探知魔術対策はどうすんだ?」
「それほど問題にはならないかなー。魔術防御なら、ケーティちゃんも自分でかけられるでしょ。それを皮膚でとどめる形なら、呪文が消え去ることもないんじゃないかな」
「スミロ、呪術も少しかじっておるぞ」
「マジで?」
「いつから?」
「知らんが、お主の髪の毛を数束確保しとった。結構前から積んでおったのじゃろうなぁ」
「え、キモイ。スミロキモイ」
言ってやるな。行方不明になったときの保険としちゃ、結構悪くないんだよ、髪の毛確保するの。魔術結界抜けるし。
問題は俺が提供した覚えがないとこだが。
「呪術対策がいる、か……」
「今から? 探知呪術結界? 移動可能な? 無理無理無理! 公爵令嬢様んとこので我慢してよ!」
「逆も同じだよな。呪術に必要な時間って?」
「んー、方向だけでも十数分。アタシなら数分でいいけど」
「呪術を使用即発見ってわけじゃない……街の近くで使ってるって言ってたな?」
「そうじゃな、それでケーティが捕まっとると判断したんじゃ」
「つまり、2回めさえ防げればいいんだ。その時に結界に入るか張るかすれば……」
「使いそうになったらワシが連絡するのか? すごいバレそうで嫌なんじゃが……」
「他のやつだともっとバレるんだよ!」
「アタシも無理だからね、ラリーたちに気づかれずに監視なんて」
「仕方ないのぅ……母上への言い訳は頼むぞ」
「が、頑張る」
「じゃあ連絡用の魔道具ね」
ティリスは文字の刻まれた小石を渡す。
起動すると、同じ文字が刻まれた者同士が同時に震える魔道具だ。距離が離れても連動して振動するので、俺たちは一定の振動パターンごとに暗号を当てはめることで、遠隔伝達魔道具として使っている。
「暗号は前のでよかったかの」
「ああ、変えてない。ティリスも分かるよな?」
「だいじょぶ。復習する」
「じゃあ、作戦開始するかぁ……」
「組織の掌握は終わっとるのか?」
「ああ、それに関しては大丈夫! 問題なし!」
ティリスが親指を立て、満面の笑顔でそういう。
俺はげんなりだ。あんな掌握の仕方でいいのか……?
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