第7話 逃した魚は大きくても、もともと槽には入らない。
ラリー側のお話です。
一人抜けたあとのラリーたちの活躍はすさまじかった。1週間で、銅級依頼を3つ、銀級依頼を2つ、黄金級を5つもこなしていた。日に2つの黄金級をこなした時などは、冒険者の酒場でお祭り騒ぎが起こった。
しかしそれでも彼らはしばらく止まらなかった。
そろそろ休んでは、などと声をかけようとしたギルド職員は、彼らの鬼気迫る表情に怖気づき、結局送り出してしまった。
ギルド職員が彼らに休息を与えられたのは、ミノタウロスの大襲撃を、たった3人のラリーたちが押さえ込んだときだった。勲章授与のためにと。式に公爵が出るからと。
そしてようやく彼らは止まった。
* * *
「なんとかなっちゃってるな」
「なってますね……」
「なってるのぅ」
ラリー、スミロ、ドボルクの3人は、ギルドの個室にいた。ミノタウロスの大襲撃を抑え込んだことで、この個室の使用権を得ている。確かにここ1週間の働きっぷりは、目を見張る、どころか目をむくレベルだったろう。1日に黄金級の依頼を2つもこなすのは、正直言って自殺行為だ。お祭り騒ぎになるのも分かる。
だが彼らには、それらは全て、遠い出来事に思えた。
美少女になってしまった仲間を追い出して、パーティのバランスが変わった。だからそれを確認するためにも、いくつか依頼をこなしておきたい。というのがメンバーの総意だった。本心はどうだったのだろうか。本当は彼がまだ必要だと確認したかったのか。あるいは、彼がいなくなった心の隙間を、忙殺という形でとりあえず埋めようとしたのか。
結果として、実際に、埋まってしまった。3人での動きが固まった。遺跡探索依頼では、スミロが使い魔による偵察を身に着けた結果、彼ほどではないものの、依頼をこなすには十分なほどの成果を出してしまった。
前線維持はもともとラリーとドボルクでなんとかなっていた。1人抜けたことで、少し隙ができるとは思ったのだが、すぐに埋められた。彼以外が抜けても、たぶんすぐ埋めてしまっただろう。もうそれだけの修練を、ラリーも、ドボルクも、そしてたぶん彼も、積んでしまっていた。
そしてその集大成としての、ミノタウロス戦だった。1体なら、そこまで苦戦する相手ではない。が、大襲撃となれば話は別だ。その巨体の膂力と、耐久力。苦痛をものともしない、狂気に近き戦意。牛頭の巨人は基本的に群れないが、しかし例外は存在する。その例外が起きたなら、3人は試さずにはいられなかった。
そして3人で先行した。
3人で対処した。
できた。
できてしまったのだ。
そして、あのときの個室に、3人は戻っていた。
「なんか、モヤモヤする」
「いいことだとは思うんじゃがのぉ」
「いなくてよかったってわけでもないですし……」
「やっぱり追い出すんじゃなかったかな」
「ううん、でも、ラリーさん、理性飛びかけてました。あと1日いたら、多分……」
「だよなぁ。オレも嫌だよ。同意の上でしたい」
「そういう問題じゃったっけこれ」
「僕もです」
「そういう問題じゃったっけこれ!?」
「そうだよドボルク。これはそういう問題だったんだ」
「そうですよドボルクさん。人は離れると、その人の大切さを知るというじゃないですか」
「ワシか? ワシだけなんか? 正気だったんはワシだけじゃったんか!?」
「違う。ドボルク。そうじゃない。オレたちは確かに正気じゃなかった」
「スムーズにワシを含めるな。お前さんらとは違うんじゃ」
「でも、離れて、こうやって時間が経って、色々とやって、僕たちは正気に戻ったんです」
「スムーズにワシを含めるな! ワシは最初から正気じゃ! お前さんらが狂気を進めとるだけじゃ!」
「もしかしたらあいつもオレたちと同じかもしれない」
「ワシ違うと思う」
「離れた時間だけ、愛は膨れるといいますし」
「虚無でか? 虚無で膨れるんか?」
「まあどちらにしろ、勲章授与が終わったら、一旦、酒の席でも設けようじゃないか。別に仲違いしてパーティ外れたわけじゃないんだから」
「この功績は、彼女のものでもありますし」
「ナチュラルに女扱いしだしたなお主」
「そしてあわよくば酒の席で」
「それはない」
そんなとき、個室のドアがノックされる。
「どうぞ」
「入るぞー」
ラリーが入室を促すと、この支部のギルド長だった。何やら書類を持っている。
「個室に来るとは珍しいな、ギルド長」
「まあ、緊急ではないんだが、お前ら以外に伝える相手もいないことなんでな」
「なんだ?」
「パーティから外れた斥候役がいたじゃないか。彼が、ベッドを血まみれにして、そのまま居なくなったってんで、宿の親父からクレームが……」
ギルド長が言い終わるよりも早く、ラリーとスミロは飛び出していた。
何が起きたのかわからないギルド長に、ドボルクが話しかける。
「ワシも追いかけねばならん。じゃが、たぶんこれ、重大な話じゃないんじゃないかのぅ」
「あ、ああ。呪いを受けた時期的にも、多分」
「そうじゃよなぁ……まあ、勲章授与式をすっぽかすかもしれん。それだけすまんと言っておく」
「アホ2人抱えて大変だなアンタ」
「阿呆ではない」
「ああ、すまん言い過ぎだな」
「ド阿呆じゃわあの2人は!」
ドボルクは、心の底から叫んで、飛び出していった。
あとには、ぽかんとしたギルド長だけが残った。
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