第6話 呪術講座。あるいは英雄色を好むことについて。
「拷問の出番にならなくて助かりましたわ」
「いやそれ公爵令嬢様が言う台詞じゃないですからねホント」
クレア・エーデウス公爵令嬢とティリスが、部屋から出ながら言う。いや、実際に尋問したのは俺だがな。でも令嬢がいると楽なのは事実。ラリーから聞いたが、魂の色で、嘘をついてるかどうか、騙そうとしているかなどなど、色々分かるそうだ。そしてそれは、拷問の価値を上げる。
「とりあえず依頼してきたやつの性別身長体重は分かったし、あとはティリスが頑張るってとこか」
「呪術かぁー。やだなー。あんま使いたくないのよね、手がかり少ないときに。すんげえ疲れるんだよあれさぁ」
「あらまぁ。ティリス様は呪術もお使いになられるのですか? まあまあ! お若いのに!」
「婆さんイメージあるよな呪術師って」
「誰がババ臭いって?」
「若い方は魔術がお好きですわね。やはりすぐ結果の出るものが好まれるのでしょうか。呪術は長い時間がかかりますし、得られるものも、薄ぼんやりとしたものが多いですし」
「いや、単純に金かかるから」
「なるほど、貴族社会で流行るわけです」
「経費は?」
「わたくしが負担いたしましょう」
「やりぃ! この世代最高の呪術師だからねアタシ。もう大盤振る舞いしちゃうよ。30分だけ待て! あと地下室貸して! あと水! たくさん水! ボス猿ももういらないよね! ちょうだい!」
「はい、執事がご用意いたしますわ」
執事に案内されて、飛ぶように走っていくティリスを見送る。
少しだけ間を空けて、エーデウス公爵令嬢が俺に向き直る。
「……あれは本当なのですか?」
「魂の色見たな? 自信もっと持っていいと思うんだがなぁ」
「なるほど、実力は本物、と」
「ま、あの台詞も、嘘じゃねえけどな。だってあいつと同い年の呪術師、俺、見たことねえし。俺の呪いを初診したのも、お爺ちゃんだったしな」
まー爺ちゃん呪術師はなんも分からなかったから、ティリスに資料せびる羽目になったんだが。結果は芳しくなかったけど。
「それに関してなのですが」
「なんかわかった?」
「魂に変質は見られませんわ。ご安心くださいまし」
「そりゃ嬉しいね」
「ただ……」
「ただ?」
エーデウス公爵令嬢は、俺の顔をじっと見つめる。
「輝きは増しております。わたくしが初めて見たときよりも、ずっと。素晴らしい経験をお積みになったのでしょう」
「あ、ああ」
なんかストレートに褒められると恥ずい。ついそっぽを向いちまう。顔赤くなってねえかなとか思ったが、魂の色を見られてるから、なんにも意味ねえ。
クレア・エーデウス公爵令嬢はクスクス笑っている。くそぅ、いい女になりやがったな。1ヶ月しか経ってねえのに。いや、それは俺も同じだわ。
「呪いのせいじゃないよな?」
「それはどうでしょうか。呪いを環境の変化と捉えれば、それによって磨きがかかる可能性はありますわ」
「やだなぁ、それで強くなるの」
「しかし、盗賊様がこの輝きならば、ラリー様は……うふふ、会うのが楽しみでなりません!」
恋する乙女の瞳。きらきら光って眩しい。ラリーが俺に惚れかけたことは、言わないでおこう……気づかれても、だんまりで通す。
* * *
「はーいティリスちゃんがんばりましたーめっちゃ褒めてぇー」
「わーすごーいティリスさいこー世界一の呪術師ー」
「ありがとー」
駄目だ、疲れ切ってるぞ。
地下室から戻ってきたティリスは、結果を紙にまとめたのを俺達に渡して、椅子に倒れこんだ。30分ってのは、呪術の常識から考えると超スピードだ。どれだけ魔力と素材をぶち込んだのか、検討もつかない。
「位置、ですか」
「占いみたいなもんだからさー、この系統の呪術って。フワッとしたものにならざるを得ないのよ。とはいえアタシは世界最高ですから? 位置ぐらいは完全把握ってわけ。褒めて!」
「確かにここまで正確な位置情報を得られるとは思いませんでした。しかし……」
「3つもあるんだが」
「うるせえー! そこまで絞れただけでも感謝しろ!」
「といいますか、なぜ、3つ?」
「あのですね公爵令嬢様。呪術は結局の所、そのつながりを辿るものなのですよ」
椅子にもたれ、天を仰いだまま、手を何やらフラフラさせて説明するティリス。不敬の極みだな。
「例えば運命。例えば相互感情。例えば血縁。とにかく縁なわけです。つまりは今回みたいな、名前すらもない状態での呪術は不可能なんです普通は。あのボス猿1体まるまる使えたからここまで絞れましたけど、身長体重性別だけですからね条件が。簡単に言えば、合致する人が複数いるんですよ」
「つまりボス猿の知り合いか、被害者か、ともかく繋がりのあるのが、この街に何人かいるわけだ」
「弾けるだけ弾いたんだよこれでも! この時間でここまで絞れるのは世界広しといえども、同年代だったらアタシだけ! 褒めて!」
「はいはいえらーいえらーい」
「わーい」
背もたれにぐったりしたまま、バンザイするティリス。マジで疲れてんなこいつ。
「しかし方針が定まりませんわね、これでは」
「動機のあるのは残党なんでしょー? じゃーお貴族様コミュニティで、なんか情報入ってないのー?」
「いえ、貴族社会には一人も残しておりません」
「え、なんでなんで。一族郎党皆殺しって、王族以外じゃ無理でしょ? どうやって処理したの」
「言っただろ。根切りにしたって」
「うっそ。マジで?」
「首を切れるもの以外は皆、観測可能な行方不明になっておりました」
「どんな悪事したのよそいつら」
「俺がブチ切れるぐらい。あ、ラリーには秘密な」
「言ってないんかい」
そりゃ言う必要ねえし。宣伝することでもないし。
「つまり観測不可能領域の人間による復讐、ですわね」
「貴族社会におらず、また容疑者との相互関係のない人物」
「一方的な好意?」
「ファンってやつだな」
「ゴルドオル・ファー・オルスフナー元伯爵の娘、ドロシー・オルスフナー元伯爵令嬢でしょう。そのようなファンがいるとすれば」
「故人?」
「処刑された。正式な手続きによってな。そういえば外面は良かったな。中身が暴露されて、取り巻きたちも、波が引くようにいなくなっていたが」
「恋は盲目ですわ」
「方針が定まってきたみたいだし、アタシ寝るわー」
「ここ公爵令嬢の家だぞ、お前。勝手に寝ていいと思ってんのか」
「しらねー。アタシは疲れた! 寝る! おやすみー」
椅子に持たれたまま、寝息を立て始めた。
驚いた。こいつこんな社会不適合だったか? 短時間なら大丈夫なタイプ?
「無理をさせてしまいましたかしら?」
「寝床貸してもらっていい?」
「ええ。盗賊様のご友人なら、とっておきのお部屋をご用意いたしましょう」
「いや、そんな上等なのじゃなくていい。逆に落ち着かねえ」
「過ぎたる謙遜は、失礼に当たりますわ」
「じゃ、お言葉に甘える」
満足したようにエーデウス公爵令嬢がうなずく。ちぇ、貴族様に口では勝てねえわな。
令嬢は執事に部屋の用意を頼むと、机に地図を広げ、先程の3つの位置を書き込む。
「場所はバラバラ。ヒントのない以上、虱潰しが一番楽なのですが」
「復讐単品ならいいけどな」
「背後があると?」
「1ヶ月は早すぎる」
「となると、一人ずつ拉致するわけにも参りませんね」
「静かに素早く徹底的に?」
「お願いできますか?」
「ラリー呼んだ方がいいな。組織が裏に潜むなら、俺個人じゃ取りこぼす」
「まあ! ラリー様をお呼びしてもよろしいのですか!」
「誰かが英雄になるべきだろこれ。矛先が必要」
「まあ根切りにするほどではありませんわね、推測通りなら」
「つまり、漏れるつもりで対策すべし」
「しかしラリー様を英雄にするのは、最高の策です! 素晴らしい! これでわたくしとも釣り合いがとれるというわけですわね! うふふ、災い転じて福と成す、です!」
「じゃ、緊急扱いで出しといて。俺、ラリーが来るまでに下ごしらえしちゃうわ」
「ご一緒なさらないので?」
「このツラで有名になりたくねえ」
「無欲な方」
「いや報酬はもらうよ?」
「ああ! 新しいお名前でしたわね!」
パンパン、と公爵令嬢様が手を叩くと、執事がどこからともなく現れ、冒険者証を手渡してくれた。この人、気配が全然しなくて怖い。前のときも思ったが、全力で気を張ってないと、背後取られそう。
「審査済みですが、実行力を持つのはもう少し先になります」
彼女の言う通り、冒険者証には既に審査済みの印が押してある。個人情報も記入済み。名前は……。
「ケーティ、か」
「元の名前は存じ上げませんので、もしかしたら、しっくり来ないかもしれませんが」
「いや、いいよ。結構本名に似てる。特に訓練しなくても良さそう。助かるわ」
「ランクはまた振り出しですわね。本当は、前のと同じにして差し上げたかったのですが、そこまでの力は、まだわたくしにはございません」
「まだ、ね」
「まだ、ですわね」
エーデウス公爵令嬢は、にっこり笑う。怖い。半年もすればしてみせる、とでも言いたげだ。実際、ありうるかも、と思わせる迫力が、彼女には、ある。怖い。
「んじゃ、行ってくるわ。ティリスが起きる頃には戻るけど、その後はもう戻ってこねえと思う」
「ゆっくりしてくださってもよいのですよ?」
「汚れた手で英雄の住処をベタベタ触りたくねえし」
「あらあら! 嬉しいことをおっしゃってくださいますわね!」
「後始末頼むわ」
「お任せくださいませ。わたくしの成長具合をお見せいたしますわ」
「もう十分見せられてるがな……」
「ああ、それと、ラリー様についてなのですが」
「ん?」
そう言いつつ、振り返ると、指先で額をつつかれ、
「負けませんからね。愛らしいケーティ様?」
クスクスと笑いながら、そう言われた。
くそ、やっぱりバレてたか。俺にその気はねえし、向こうもねえと思うんだがな……。
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