第3話 女の子講座。あるいは身体検査。または魔術と呪術について。
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「もうお嫁に行けない……」
「あら、女の子として生きてく気になった?」
「いや、こういうとき、他になんて言えばいいか分かんねえから……」
「笑えばいいと思うよ」
ティリスはカラカラ笑っている。くそっ。でも他になんて言えばいいんだ? 素っ裸にひん剥かれて、隅から隅まで調べ上げられて、デリケートなことを手取り足取りご教授されたら、男でもそう言う。少なくとも、お嫁さん貰えない、ではない。
「しかし見れば見るほど女の子ね。どうなってんの?」
「知らねえよ……っていうかその言い方だと、魔術的にも呪術的にも、ってことか?」
「そーね。姿形の維持に魔力が使われている形跡はないし、今の状態が自然な状態ってところ。回復魔術に似てるかな。効果は一瞬。だけど結果は永続」
「絶望的なこと言うなよ……回復魔術って。元が女の子なわけじゃねえんだよ」
「解呪じゃ無理かもねー。元に戻す、だから時間遡行か、身体変化か……」
「伝説級じゃねえかどちらも。マジでなんとかなんねえの?」
「幻覚は?」
「実はなぁ、呪いがかかってから、外の魔力を使ったりするのがすげえ下手くそになってんだよ」
「なにそれ」
「俺も分かんねえ。手が触れるぐらい近けりゃ、なんでもできるんだが……」
これのせいで、初期は何度かミスをした。火球を飛ばそうと思ったら煙しか出なかったときは、マジで死ぬかと思った。あのときのラリーには感謝してもしきれねえ。そう言えば、その礼を言ったときのラリーの反応もすごかった気がするな。顔真っ赤にして。何だこいつって思ってたが、ああ、いや、深く考えるのはよそう。吐く。
ティリスは早速、初級幻覚の呪文を唱え始めている。彼女なら詠唱を略すこともできるが、今回は実験だ。例外事項を避けたいのだろう。
詠唱が完了すると、幻覚が俺に被せられ、姿形が男のものになる。元に戻ったと言うよりかは、俺に似た男になったって感じだ。背、低いし。
いや、だが男だ。間違いなく男だ。誰が見ても見るだけなら男だ。これで十二分すぎる!
「うわー。男だー。うわー。男っていいなー。見た目が男ってだけでこんなテンション上がるんだ。酒盛りだな今日は。いや、祭りにしよう。男祭りだ」
「いやなんも戻ってないでしょ」
「これでいいんだよこれで。最初から外見しか変わってねえんだ。ち○こないぐらいは我慢しようじゃないか」
「だからさぁ……ん?」
ティリスが訝しむ声を上げる。俺も気づく。幻覚が急速に消えていく。え、早い。明らかに早い。
「え、なんでなんで」
「呪文効果が霧散していく? いや、これ、もしかして」
ティリスがもう一度、幻覚をかぶせる。しかし結果は同じく、短時間で消えていった。
今回は俺も原因が分かる。俺が原因だ。
「俺が主因だな?」
「多分。呪いのせいだと思う」
「現状の俺の魔力は安定してるんだよな……」
「魔力を外に出しづらいって言ってたっけ? 安定してるんじゃなくて、ほぼほぼ固定されてるのかも? くっそー、初見でミスったの久々。ショックだわ」
「気合い入れすぎだろこの呪い。美少女化っつーだけで。もっと笑える程度に抑えろよ!」
「特殊な変身系だと思ったんだけどなぁ……よし、徹底的に調べるか。もいっかい脱げ!」
「嫌だ! またあんなんされるのはご勘弁願いたい!」
「男だろ! 腹くくれ!」
「今は美少女だ!」
「都合いいときだけ美少女になってんじゃないよ! 脱げ! ぬーげー!」
「いーやーだー!」
数分間だけ抵抗した。例え未来が決まっていたとしても、過程が重要だと思ったから。
* * *
「うわー。すごい。天才の所業だわ。感動した」
調査が進むたび、ティリスが感嘆の声を上げる。調べ始めてからずっとこんな感じだ。やつが感嘆の声を上げるたび、俺は絶望ばっか湧いてくる。
「呪文を構成ごと分解するのかな? 魔力を吸収してるわけじゃなさそう。固定してるわけでもない。生きている美少女ってとこに重点を置いた? 変態だなぁ、惚れ惚れしちゃう」
ティリスの腕は、ある意味で一流だ。魔術、医術、呪術、薬学と、いろいろ手を出しちゃったと本人は言っていた。
しかしそれらが組み合わさった、広範な知識と技術が、彼女を唯一無二の存在にしている。解析に関しちゃ、右に出るものはいない。
しかしひん剥いた美少女(俺)を前に、ハァハァいいながら調べ物する姿は、ほぼほぼ変態だ。
「で、結論は」
「あんたにかけられる呪文は、呪いの効果でどんどん分解されて、最終的に効力を失う。ただし身体内部に作用するものは別。ってとこ」
「呪文に対して無敵?」
「分解速度はそんなに早くない。例えば火球が飛んできたら、分解する前にしっかり着弾して、爆発する」
「不利益しかなくねえ?」
「精神操作系とか、長めに時間を取るやつは効かないんじゃないかなぁ。結局外から飛んでくるわけだし」
「あんなん元から効かねえよ。冒険者何年目だと思う?」
「まーつまりは、あんた個人で完結する呪文でない限り、数分程度で霧散する」
「魔力を外に出せないんじゃなくて」
「呪文構成の維持ができない」
「身体強化は?」
「内部で完結するからOK。ただ、他人からは無理ね、効果がかなり減退する。届くまでに呪文が多少、分解されちゃうから」
「それさぁ。俺自身が身体変化の呪文を唱えない限り、元に戻ることはねえって聞こえるんだが」
「分解されることを考慮して、身体変化の呪文を組み上げれば、あるいは」
「身体変化自体が伝説級だぞ」
「まーこの世にはいないわね、そんな使い手」
絶望的だ。呪文の中でも、伝説級と俺が呼んでいるものは、簡単に言えばおとぎ話にしか出て来ないものだ。実在するかもしれないが、その可能性は非常に低いもの。0とは言えない程度の可能性。
そんなもんにすがらなきゃならんのか? 美少女になる程度の呪いで? 信じられねえ……。
いや待て。すがる対象は他にもある。そこに1人。
「ティリス、頼みがあるんだが」
「え、嫌」
「まだなんも言ってねえだろぉ!?」
「ついてきて、でしょ? 元に戻るためには、伝説級のなにかがいる。でも美少女になっちゃったから、前のコネは全部おじゃん。奇跡に頼るよりは、目の前のティリス様」
「神様精霊様ティリス様だよホント」
「嫌」
「そんなー! 頼むよー! お前しかいないんだってホントに!」
「いるでしょ他に知り合い」
「いねえよ女の知り合いなんて! うち全員男だぞ! 男ばっかだからパーティ外れる羽目になってんだよ!」
「だからってアタシ頼る?」
「今、俺の呪いについて一番詳しいの、お前だよ。むしろお前以外の誰を頼れっていうんだ」
「そりゃ、もっといい呪術師とか?」
「信用できねえ」
「アタシが信用できるって?」
「この世で一番信用できるよ」
「嘘くせー」
「頼むよマジで……他に頼れる人いないんだって……お願い……」
すがりついて頼み込む。うわぁ、情けねえ。泣きそうになってきた。ティリスもなんか、呆れたような表情で見下ろしてくるし。
いや、なんか違う意味で呆れとらんかこの表情。
「アンタさぁ、ラリーたちにも似たようなことしてない?」
「え? あ、あー。呪われた時にはしたかも。あと、呪文ミスった時とか」
「よくもまぁ2週間も耐えたなあいつら。鉄だわ鉄」
「そんなしみじみ言わなくていいだろ、悪かったとは思ってるって……」
「なんも反省してねえなアンタ」
「うぅ……」
「分かったよ」
「え?」
「アタシがついていこう。一人にするとやばいってことだけはよーくわかった。今ので」
「ありがとうティリス! 恩に着るぜ!」
ガバッと抱き着く。うわー、泣きそう。今度は感動で。こんないいやつだとは思ってなかった。正直、なんぼか握らせなきゃならんかもと思ってた。
ティリスは子供をあやすように、俺の背をポンポンと叩きつつ、遠くを見てなにやらぼやいていた。俺には良く聞こえなかった。まあ愚痴でもこぼしてるんだろう。たぶん。
―――
「訂正するわ、ラリー。あんたの精神力はオリハルコンだわ。こんなんと2週間とか、普通、無理だわな……」
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