第11話 祭りの準備は話が弾む。
「二人きりですわね、ラリー様」
「あ、ああ……」
満面の笑みのクレア・エーデウス公爵令嬢が、オレと二人きりでいる。
この街についてから、あいつ――今はケーティと名乗っているらしい――の痕跡が途絶えた。
途方に暮れかけたところで、クレア・エーデウス公爵令嬢の使いから、館に来てほしいと頼まれ、
そして今、こうして、庭園で二人で居る。
「あの事件以来ですわね……ラリー様」
「げ、元気そうで良かった」
「はい。貴方様に会えると思ったら、それはもう!」
「そ、それは……よかっ、た?」
クレア・エーデウス公爵令嬢はオレの答えに、くすくすと上品に笑う。花がささやくような笑い声。オレはドギマギするばかり。
こういうの苦手なんだよな……女性と二人で、なに話せばいいのか、全く分からん。
そもそもなんで二人きりになったのか……。
ドボルクは、母上からの手紙を受け取って、青い顔して出ていったっきりだし。
スミロも、もうしばらくケーティ探知を続けると言って、部屋にこもってしまった。ただ単に、エーデウス公爵令嬢が苦手なんだと思う。
前に会ったのは1ヶ月前ぐらいだったか。それほど経っていないにも関わらず、すっかり見違えた気がする。
透き通るような白い肌に、貴族特有の金色の髪、青くて大きな瞳。
その青い瞳に、自信に満ちた光が宿っていて、貴族らしい気品が身についている。
なんだか大人になったな……。あの事件は、彼女をたっぷり成長させてくれたらしい。
しかし、ケーティの痕跡途絶と、この呼出が時期的に合致するせいで、いらぬ疑いを抱いてしまう。もしかしたら、なんて疑うのはあまり良くないのだが……。
気づくと、エーデウス公爵令嬢が、ぷっくり頬を膨らませて、オレを見ている。こういう表情をすると、年相応でかわいいんだな、と思ったり。
「ラリー様、わたくしの能力をお忘れですわね?」
「ん? あ、あー、すまん……」
そうだった、魂が見えるんだった……うかつだった。
エーデウス公爵令嬢は、すぐに笑顔に戻り、お気になさらず、と言ってくれた。重ね重ね、恥じ入るばかりだ。
「いえ、良いのです。それに、お呼び出しした理由をお聞きしたくなる頃合いだとは、思いました」
「依頼ならギルドに指名依頼もできると思うんだが……」
「内々でないとならない……依頼というよりは、お願い事、という形なのです」
お願い……? 報酬が出ない……ということはなさそうだ。エーデウス公爵令嬢は、その点で義を失することはないだろう。
「実は、演劇を催す事になりまして」
「オレは演劇も演技もからっきしだ」
「舞台は、この街なのですけれども」
「この街全体を?」
「ラリー様、貴方に主役を張っていただきたいのです」
「ということは、あいつが関わってるんだな」
「ええ、ケーティ様が関わっております。隠し事をするわたくしを、お許しいただけますか?」
オレを覗き込む令嬢の碧い瞳に、いたずらっぽい光がちらりと煌めく。
この子は遊び半分で、こういうことを頼んできたりはしない。
だが真剣な事態でも、遊びを入れられる子だ。
あいつ、なにかやらかしたな……。
「ああ、構わない。それに、あいつも無事なようだし」
「ううーん、一概にそうとも言えないかもしれません」
「……何をやらかしたんだ?」
「そうですね。まず『お願い』なのですが」
「ああ」
「実は命を狙われておりまして」
「また、か?」
「また、です」
「誰が?」
「ひと月ほど前の、ラリー様と初めてお会いした事件なのですが」
「残党?」
「というより、復讐、のようなのです」
あの事件では、多くの貴族が処断された。中には信奉者を持つ者もいたのだろう。
狂信者というのは厄介だ。理屈で動かない。
「なるほど、そのための演劇か……」
「感情には、感情で対処せねばなりません」
組織でなく理想を殺す。思想の感染を防ぐために、別の思想を先に塗り込める。
だから街を舞台にするわけだ。
「できるだけ、派手に行いたく思うのですけれども」
「オレは、演技はできないぞ」
「ケーティ様が、その組織の頭になっているようなのです」
「……なんで?」
「演劇のために、ということなのですが……」
「街を舞台にするとなると……」
「もちろん、ケーティ様も本気で向かってこられることでしょう」
「あいつも演技なんぞできんからな……」
なるほど、あいつらしい作戦だ。あるいは、クレア・エーデウスらしい作戦。
オレに目を付けた時点で、本気でやると決めていたんだろう。
これなら演技なんぞいらない。手加減も、できないんだが。
「そういうわけで、矛先になっていただけますか?」
「オレと、あいつで?」
「適任だと思いますよ?」
「拒否権は、ないんじゃないか?」
「ええ。申し訳ありませんが」
いたずらっぽい笑み。大きな瞳の光が強くなる。
オレも自然に笑みを返す。
駄目だな、仕事の話なら、こんなにも簡単に話せる。これが終わったら、しばらく休暇を取るべきかもしれん。
11話も投稿できております。読者皆様のおかげであります。
これからもご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。




