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第10話 偶像崇拝。あるいは虚実に基づく信仰の強さについて。

「さあ、女神様のご登場よ!」


 銀髪ツインテールの少女が宣言すると、舞台に一人の美少女が現れる。

 群衆のボルテージはぐんとあがり、小さな地下空間を、熱狂した人々の大歓声で満たす。

 その視線は、全て、壇上に現れた一人の美少女に注がれていた。


 その少女の美しく長い黒髪は、灯りに照らされ怪しく輝き。

 陶磁器のように白い肌は、篝火による照明で赤く照らされ、上気したようにも見える。

 それが長いまつげを滴る汗と相まって、彼女をよりいっそう色っぽく見せていた。

 だが、その切れ長の目には、諦観のような、どんよりした光が宿っている。


 なぜかって?

 俺だからだよ。

 この美少女は、俺だ。

 今、こいつらを熱狂させているのは、俺なんだよ……。


 こうなった理由を説明をするには、少々、時を遡らねばならない。


 * * *


「素直に考えたら、外国の犯罪組織が公爵令嬢狙う動機、なかったよね」

「元伯爵令嬢のストーカーが動機面では本星っつーのは、まー分かるけどさぁ……」


 俺とティリスは、エーデウス公爵令嬢とともに、彼女の邸宅の地下にいた。

 目の前には、縛られながらも上機嫌そうな、若い女。

 年のころは二十歳前後。くすんだ銀色の髪はツインテールにまとめられていて、そばかすのある童顔によく似合う。しかし、目がかなりのツリ目で、若干、印象がきつくなっている。


 この女こそが、クレア・エーデウス公爵令嬢の命を狙っていた真犯人。

 ドロシー・オルスフナー元伯爵令嬢のストーカー、コーネリアだった。


「いやでもまさか、ストーカーが、犯罪組織を手玉に取ってるとは思わねえじゃん」

「危なかったわー。幹部3人捕まえたところで違和感覚えてなかったら、完全に取り逃してたよ」

「わたくしも驚きましたわ。まさか、あの"逆転趣味者"をこの目で見られるとは」


 そうだ、こいつは知る人ぞ知る有名人。

 "扇動屋(アジテーター)" "衆愚化装置(デマゴーグ)" "反乱の女神(リベリオン)" "革命の興行師(マッチメーカー)"

 いくつか通り名はあれど、これらは彼女の表面をなぞるに過ぎない。

 だから本当に彼女を知っている者たちは、こう呼ぶ。

 "逆転趣味者"と。


「数年ぐらい前に聞いたなー。トルタリス伯爵領での反乱の裏にっていうの。絶望的な市民軍を勝たせた立役者って」

「俺もボルポタス=ローレイル戦争んときに聞いた。弱国のボルポタスが勝ったのは、こいつの仕込みじゃねえかっつー」

「王都の宰相と王妃の政争にも関わっていたと、お父様から聞き及んでおります。第三勢力が現れて、民衆を味方につけ、全てをかっさらっていってしまったのです」

「だが、3年前からぱったりと聞かなくなった」

「コーネリア・フュー・シャウベル元公爵令嬢。第3王子の元婚約者。通称"悪役令嬢"」

「ワタシの最後の"逆転劇"だわ……」


 コーネリアが、うっとりした顔で応える。

 ああ、そうとも。こいつは本物の"逆転趣味者"。

 自分が堕ちる側であっても、その逆転劇に魅せられてしまった。

 そして、自分が主役となった劇の終わりと同時に、満足してしまったらしい。


「あー、それ題材の歌劇見たことあるアタシ。王都で何度もやってるやつだよね」

「ワタシも見たわ! すごいわよねアレ。戯画化すると、こうも逆転の純度が増すなんて! 本物には敵わないけど、本物と違った良さがあるわ!」

「なんで自分が堕ちるさまを楽しんで見てんだアンタは」

「終わったことじゃない! ワタシ、過去にはこだわらないわ!」

「今日なんで捕まってるか忘れてんじゃねえかなぁアンタ」

「ではなぜ、ドロシー・オルスフナー元伯爵令嬢に目をつけられたのですか?」


 エーデウス公爵令嬢が問うと、コーネリアは目を輝かせて答えた。


「今のワタシのトレンドは"ギャップ萌え"なの!」

「ぎゃっぷもえ……とはなんでしょう?」

「あー、強面の騎士団長が、甘いパンケーキが大好物とか」

「あるいは悪の大魔王が娘を溺愛してるみたいな?」

「解離性がお好き、と?」

「で、ドロシー・オルスフナー元伯爵令嬢に惚れちゃった、と」

「ワタシ、イチコロだったわね!」

「……聖女の皮を被った魔王、としか形容できませんでしたわ。彼女は」 


 エーデウス公爵令嬢が、顔をしかめながらそう言う。

 ドロシー・オルスフナー元伯爵令嬢の二面性と解離性は凄まじかった。その内実が明らかになるまで、市民の人気は高かった。貴族たちでもそれは同じだった。

 だが、皮が剥がれた瞬間、人々は恐怖した。熱狂していたソレの存在を受け入れられなくなっていた。傾倒していた者たちのうちの幾人かは、人格の維持すら困難になった。

 だから俺とエーデウス公爵令嬢はその影響を抑えるために、関係者の処分にひた走ったのだ。魔王の影響という名の感染を抑えるために、被影響者を消して回った。

 特に魔王側に傾倒した者たちは、手遅れと言ってよかった。あんなモノに触れたら、そうならざるを得ない。少なくとも、触れようなどと思う者たちは、だ。

 正直に言えば、魂の見えるエーデウス公爵令嬢が、一番やばかった。ラリーがついていなければ、俺は彼女を手にかけなきゃならんかった。

 ラリーありがとう!


 で、その粛清から唯一漏れたのが、こいつだ。

 俺の目から逃れられるとは、流石は音に聞こえし"逆転趣味者"、と、感心もしていたんだが……。

 なぜか、捕まってから、ずーっと、俺を熱っぽい目で見てる。

 なんでだ。いや、なんでもなにもない。分かる。分かるが受け付けられない。


「で、今惚れてるのは、ケーティちゃん?」

「そう! ワタシ、この子に一目惚れよ!」


 ティリスとコーネリアのやり取りが全てだ。ああ、くそ、最高だぜ。

 たったそれだけで、今までの復讐準備をぶち捨ててしまえるわけだ。

 分かる。この"逆転趣味者"ならやる。

 しかも最高に都合がいい。"扇動屋"でもある彼女なら、組織の掌握なんぞお茶の子さいさい。味方になると恐ろしく頼もしい上に、今回の仕込みにもピッタリ。

 公爵令嬢様も、嘘はついていないとのお墨付き。

 何もかもが万端に整っている。


 ただ1点。俺に惚れてるというその事実を、俺が受け入れられないということ以外は、だ!


「だって、すごいギャップじゃないあなた! 女神のように美しい少女の中に、ぶっきらぼうなおっさんが入ってるのよ? ワタシ、もう、すごく、ぐっと来てしまったの!」

「やめてくれよ……改めて事実を突きつけられると、なんか、吐きそう」

「でもチャンスじゃん、ケーティちゃん」

「ちゃんをつけるなティリス。チャンスってのは分かる」

「ワタシを利用して、何でもさせていいのよケーティ様!」

「様もつけるんじゃねえ!」


 * * *


 そして今に至る。

 もはやドロシー様ファンクラブはケーティ様ファンクラブとなり、さらに海外からやってきた犯罪組織すらも飲み込んでしまった。

 ここにいる人々は、みんな、俺に熱狂している。

 いや、正確に捉えよう。俺の呪いに熱狂している。美少女の外観に騙され切っている。俺にじゃない。

 うん、これなら耐えられる。


「そんなことないわよケーティちゃん! ワタシはあなたの魅力を最大限に活かしただけ! ずばり、あなたに熱狂してる! 安心していいわ!」

「心を読んでくるんじゃねえよ!」

「特にあなたの目、最高よ! 諦観が光のない瞳として現れて、浮世離れした女神感を演出できてる! あなた才能あるわね!」


 くそっ、楽しそうだなコーネリア。

 ああ、そりゃそうだろうよ、最高に好みのやつを使って、逆転劇を演出できてんだ。

 "逆転趣味者"にゃ最高の展開だ。


「さ、手を降って! こういうときのコツはね、ファンの目を見て、ファン一人一人を認識して、手をふるの! 『私を見た!』っていう感覚が、彼らを、本当の意味で狂わせるの……あなたが彼らを観測することで、彼らは世界に、ようやく実存するのよ!」


 絶対嫌だ。

 だが拒否権はない。

 しかも俺は分かってしまっている。コーネリアの言うことは正しい。俺に狂奔させることで、組織は本当の意味で一つになる。人々の心の中にしかカリスマが存在しないなら、その存在が堕ちることはない。

 "衆愚化装置"とはよく言ったものだ。


 人々の方を見て、手を振ってやると、狂乱が加速していくのが分かった。俺が目を見ると、正気と狂気の境目にあるのが、一気に狂気側に寄る。コーネリアも満足そうにウンウンうなずいている。

 ああ、うん、コーネリアは正しい。

 俺に熱狂してるわ。


 俺は考えるのをやめて、作業に没頭することにした。熱狂の声が遠くに聞こえた。絶望したような目の光が、さぞかし俺を神秘的に魅せてくれることだろう。

 くそっ。

感想等いただけたおかげで、なんとか続けられております。

しかして更新が遅れてしまい誠に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

なんとか更新を早められるよう努力していきたい所存です。

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