第1話 待って待って受け入れられない
「パーティを抜けてくれ」
「いきなりだなおい」
いつもの安宿ではなく、冒険者ギルドの個室に呼び出されたと思ったら、パーティメンバー3人が勢揃いして、俺を待っていて、
リーダーのラリーの開口一番が、これだった。
「なんでも直球勝負だよオレは」
「理由がいるんだよ理由が」
「それに気づけんのが理由なんだ!」
「はぁー!? ドボルク、スミロ、お前らもラリーと同じか!」
「すまん、ワシらも同意見なんじゃ……」
「ぼ、ボクも……ごめんね?」
ドワーフのドボルクも、気弱そうな魔術師のスミロも、申し訳無さそうに顔を伏せる。
「どういうことだよ、実力不足か? そりゃーあの呪いを受けてから、ちょいとミスは増えたかもしれねえ。けど足は引っ張ってねえはずだろ。こないだだってミスリルゴーレムやれたんだし……」
「そうだな。戦闘面で不満はない。体躯からくる不利を有利に変える、その体術には眼を見張るものがあるな。これに関しては、正直驚いたよ。呪いを利点に変えれるとは」
「んじゃなんだ? 斥候能力が衰えたとか? いや、むしろ逆だろ? 小柄になったおかげで、見つかることはほとんどなくなったし。トラップの探知と解除は言うまでもないよな?」
「そうだな。特に縮んだことによる侵入可能領域の増加は、前回のランクアップに大きく影響していたと思う」
「問題ないどころか順調そのものじゃねえか」
「ところが大問題が発生してるんだ」
「なんだ?」
「お前が美少女になってることだよ!!!!!」
なっていた。
膝裏まで届くぐらいの黒髪は、真っ直ぐに伸びていて、日に当たれば、美しく輝く。
体躯は小さく細い。未発達な身体からして、年は15といったところ。
陶磁器のような白い肌だが、不健康そうには見えない。
まつげは素晴らしく長く、眉は切れ長。
欠点があるとするなら、常に怒った表情から来る、きつい目つきぐらい。
そんな美少女に。
遺跡探索中のミスで。
2週間前から。
なっていた。
「それ理由になるのかよ!」
「大いにあるわ! 美少女1人にどれだけの数の男パーティが崩壊してきたか、知らんとは言わせん!」
「男だろ俺は!」
「見た目美少女だろ!」
「中身がだよ!」
「外見が問題なんだよ!」
「呪いかかった当時と真逆なこと言ってんじゃねえよ! 『ないわー、前のむっさいお前の顔がちらついてそんな気分にならねえわー』とか言ってたの誰だよ!」
「前のオレをぶち殺したい……」
凄まじい悔恨の表情を浮かべるラリー。そんなん初めて見るわ。魔剣をミスでかっさらわれたときでさえ、そんな表情してなかったぞお前。
「だいたいお前が悪いんだよ本当に」
「なんだよ。改まって」
「男の感覚でスキンシップして来すぎなんだよ。距離が近いんだよ。嬉しい時に真正面から笑顔でハイタッチしに来るんじゃないよ。酒の席で肩組んでくるんじゃないよ。胸あたってるんだよ。惚れちゃうだろ!」
「ちょっとバケツかしてくれねえ? 吐くわ」
「鏡を見ろお前!」
「人は中身だってこないだ公爵令嬢救ったときに言ってたじゃねえか!」
「お前中身いいやつじゃん……」
「男だっつってんの!」
「体が美少女ならもう問題だいたいないわ」
「ごめん樽貸してくんない? 吐くわ」
「美少女のツラでもどすなよ、またぐらいきり立つだろ」
「変態かよ! 助けてくれスミロ! なんか言ってくれ!」
ラリーが正気を失いつつあるので、魔術師のスミロに助けを求めて顔を向けると、もじもじしている。
なんかこの態度、変なんだよな。前からうつむきがちで、人と話すのはホント苦手そうではあったんだけど、こんなひどくはなかったような……。
「大丈夫かスミロ? なんかここ最近おかしいぜ。調子悪いのか?」
「あ、あの、え、えと、う、う……」
「お前が悪いんだよ……」
「どういうことだよ」
「スミロもオレと同じってことさ……」
「あぁー? んなわけねえだろ。なースミロー」
「ひ、ひぇ!? あ、あうぅ……」
思いっきり近づいて、顔を見ようとすると、目を回して倒れてしまった。
顔が、熱でもあるんじゃないかってぐらい、真っ赤だ。
ああ、分かる。俺も馬鹿じゃない。
「マジか……」
「いいか。ここに居る面子は、全員、お前に惚れる寸前だ。あるいは、手遅れだ」
「嘘だ。ドボルク! あんたドワーフだろ! 美的感覚違うだろ!?」
「正直、髭があったら即告白しておったわ」
「マジで!?」
「ドワーフは女系なんじゃよ。姉や母が権力持っとった上に、ムキムキじゃったから……」
「細マッチョが好みに?」
「まあそういうことじゃ」
「嘘だろ……樽10個用意してくれ」
絶望してきた。
これは、俺でなんとかなる状況じゃない。
「俺が抜けた穴は……鍵開けや罠発見は、スミロの呪文があるのか」
「そうだよ。まあ精度は落ちるし、魔力の問題もあるから、完全ってわけじゃないが」
「前衛は、そもそもラリーとドボルクいりゃーいいんだよな」
「ワシら強かったじゃろ。まーお前さんも似たようなもんじゃが」
「そりゃ嬉しいが……魔術はスミロでいいんだよな……」
やべえ、俺いらねえじゃん。いや、いればすごく役立つという確信はあるが、いなくても割となんとかなる気がする。
「お前がいなくなることは、間違いなくこのパーティにとっては損失だ。先日のランクアップはお前の功績だしな。取り消しもありうる」
「それならさぁ……」
「だがな。お前に惚れてるのが3人いるんだよ。既に」
「そこが受け入れられねえんだよ俺はさぁ……」
「お前の苦悶顔見てるとまたぐらい切り立つんだよ。残ってたら押し倒すぞ。明日にでも」
「うええ……」
実力は評価されている。
欠けることが痛手だとも言われてる。
俺に精一杯気を使って、冗談めかして喋ってるのも分かる。
それでも抜けてほしいとラリーは言う。
「オレもスミロもドボルクも、まだ冒険者をやってたいんだよ……」
ラリーも、スミロも、ドボルクも、夢を持っていて。
その夢が、冒険者を続ける理由になっている。
その夢は俺も同じだが、だからこそ、彼らが冒険者を続けたいと思う気持ちが、分かってしまう。
「だから、頼む。パーティを抜けてくれ……」
俺は、長い長い沈黙の後に、うなずいた。これほど迷ったのは人生初だ。