結婚前提ではない普通のお付き合いをご所望でした
「結婚を前提にしないお付き合いでお願いします!!」
今……僕は人生で二度目の地獄に叩き落とされていた。
一度目は、初恋の人が突然消えてしまった15歳の春……。
二度目が、結婚を前提とした交際を否定されてしまったまさに今である。
僕は昨日、十数年間想いを募らせていた目の前の女性……名取雪さんに告白した。
彼女は僕の初恋の相手で、繰り返しになるが僕の前から突然姿を消した人でもある。
想いを告げる事もなく僕の初恋は終わってしまったのだ……と思っていた。
それが今年の春、再び出会ってしまった……彼女は高校生の娘を連れて僕の前に再び現れたのだ。
それから3人での生活が始まり、紆余曲折あったものの雪さんが僕の前から消えてしまった理由を知り、僕らはお互いを深く理解できたはずだった。
告白するなら今しかないと思い、打ち明けたのが昨日の話だ。
僕は自分が愛されているのだと……何の疑いなく思い込み、舞い上がってしまっていた事を痛感した。
お互いの年齢を考慮すれば結婚を視野に入れてもおかしくないし、彼女もそれを望んでいるものだと思い込んでしまったのだ。
穴があったら入りたい……そう思いはするものの、残念ながらこのリビングに隠れる様な場所は存在しない。
「り、理由を教えてもらえないだろうか……」
僕は勇気を振り絞り、震える声で問いかけた。
頭の中を『何故』がリフレインしている。
「優君あのね?き、気持ちはすごく嬉しかった。でもね、小春が高校を卒業するまでは、結婚とかは考えられないの……優君の事は大好きだからお付き合いさせて欲しいとは思うけど、今はまだ……結婚とかは抜きにして、ただ普通の恋人として過ごしてみたいの。だ、だめかな……」
そう言って若干瞳を潤ませながら上目遣いで僕を見上げてくる。
好きな人にこんな憂いのある表情を向けられて、お願いを拒否できる男はいないだろう。
雪さんには複雑な事情があり、高校生の娘がいるものの僕が初めての彼氏となる。恋愛初心者の彼女の精一杯の答えに思わず顔を綻ばせてしまう。
『僕が初めての彼氏』という点に疑問を感じたかもしれないが、小春ちゃんは望まれて産まれた子供であり、背景に後ろ暗い事情があるわけでない。彼女らの名誉の為にその点だけはあらかじめ言っておこう。
そしてこれは余談ではあるが、見た目からは想像出来ないが雪さんは世の中で言うところのアラフォーである。
しかしながらその年齢に反し、その見た目はとても若々しく娘の小春ちゃんと並ぶと親娘と言うより、少し歳の離れたお姉さんにしか見えない。
少し他の事に気を取られてしてしまい、すぐに答えなかった事で、気づけば雪さんは不安そうな表情をしていた。
「雪さんがそう言うなら、納得してくれるまで僕は待つよ」
僕は気持ちとは裏腹に賛同を示した。
「良かった……優君、ごめんね。ありがとう……」
彼女は僕の返事を聞くと、パッと花が咲いた様な笑顔を浮かべた。
「結婚は気にしなくていいけど、念の為に確認させてほしい。僕らはこれから恋人って事でいいんだよね?」
「はい、優君がこんなおばさんでも良ければ……ですが……」
「雪さんは素敵な女性だよ、そんな風に自分の事を卑下しないで欲しい……」
すぐさまフォローしたものの背筋を冷たいものが流れた。
先程、アラフォーという単語が脳裏を過ったとは絶対に悟られてはいけない。
「ねぇ、お二人さん?初々しいのはいいのだけど、いつまで続くのそれ……。ママ、私遅刻しそうなんですけど!!」
後ろを振り返れば、そこには腕を組んで少しだけムッとした表情の小春ちゃんが立っていた。
この子が雪さんの娘なのだが、僕の朧げな記憶の中の若かりし頃の雪さんとよく似ていた。
注意してみると、雪さんを少しだけ鋭くした様な目をしていたりするのだが、その強気そうな見た目に反しかなりの甘えん坊なのではないか?と密かに思っている。
「こ、小春、居たの!?あら、いけない…もうこんな時間なのね。急いで朝ご飯の支度をするから優君は支度を先にしちゃって。小春は支度が終わってるなら手伝って!!」
「なんで私が……」
とりあえず、僕は支度をする為に洗面所の方へ歩き始める。
その途中に2人の方を見やれば、雪さんは不服そうな小春ちゃんに近寄ると何やら耳元で囁いていた。
(優君にいいところ見せるチャンスだけどいいの?せっかくお母さんがお膳立てしてあげたのに、そんな可愛くない態度を取るならもう知らないわ)
(もう……分かったわよ。手伝えばいいんでしょ?調子いい事言ってるけど、朝からイチャイチャを見せられる娘の気持ちになってよ。ママばっかり優先生と……ずるい)
何を話しているかは僕には分からないが、とりあえず時間がないので気にはなるものの足を止める事なく洗面台の方へ向かう事にした。
多分僕が聞いてはいけない類の話なんだろうと直感が告げている。直感と言えば聞こえがいいが、実際は小声で話しているから、聞かれたくない話なんだろうと推測しただけではあるのだが。
リビングに戻るとテーブルの上にはいつもの様に、手の込んだ朝食が並べられていた。
既に2人は席についており、何故か雪さんの前にはコーヒーが置かれているのみだった。
「雪さんは食べないのかい?」
疑問に思い、席に着くと直ぐに問いかけた。
「私は今はお腹空いてないから。2人が出かけてからいただくから気にしないで」
気にはなるが、釘を刺されたのでこれ以上の追求するのは野暮だろうと思い話を打ち切る事にする。
「そっか……それならお先に。いただきます」
「あ、優君。実はね?この目玉焼きなんだけど小春がさっき焼いてくれたのよ」
「そうか、小春ちゃんが焼いてくれたのか。ありがとう、では早速いただくよ」
僕はまずは目玉焼きに手を伸ばした。
「うん、美味しいよ」
目玉焼きはしっかり焼かれていた。僕は半熟の方が好きなのだが、それをこの場で言うのは無粋だろう。
「優先生の嘘つき。本当は半熟の方が好きなくせに……」
しっかりバレていた。でも美味しいと思ったのも事実なので、そこだけはきちんと伝えておきたい。
「小春ちゃんが僕の為に作ってくれたのが嬉しくて、美味しいと思ったのは本当だよ」
「(……っ……ばか……)」
小春ちゃんが何か囁いた後、俯いてしまった。
僕はその様子に首を傾げるものの、雪さんがニヤニヤしながら僕を見ているのに気づき、その視線から逃げる様に食事を再開する。
少しだけ気まずい雰囲気が流れたものの、雪さんが話題を振ってきた事によりそれは緩和された。
「そう言えば小春?文化祭がそろそろって言ってなかったかしら?」
「確か今日クラスで出し物を何にするか決めるって言ってたような?」
「もぅ、学生時代の思い出作りと言ったら文化祭は鉄板じゃない。そんなどうでも良さそうな言い方してないでちゃんと楽しむのよ?」
「はいはい、分かりました分かりました」
「もぅ、真面目に話してるのに……」
そう言ってこれ見よがしに溜息を吐く雪さんを無視した小春ちゃんは、これで話は終わりとばかりに食事を再開する。
僕の方が先に出ないといけない事を思い出し、小春ちゃんより遅くならない様、僕もペースを上げて食事を平らげた。
食器をキッチンまで運んだ後、急いで歯を磨く。それが終わるとすぐさま玄関へ向かう。
僕と小春ちゃんの朝食だけを用意して、自分は食べていなかった雪さんは玄関まで見送りに来てくれた。
「では、行ってきます。今日も寄り道しないでなるべく早く帰るから」
「優君、いってらっ……あ、ちょっと待ってね。ネクタイが曲がってる」
そう言って僕のネクタイを整えてくれた。お礼を言おうとした瞬間、頬に柔らかな感触が伝わる。
今の感触はもしかして!?突然の出来事に理解が追いつかない。
「きょ、今日も一日頑張ってね。行ってらっしゃい」
顔を真っ赤にしてぎこちない笑みを浮かべ、そのままリビングに小走りで戻ってしまった。
僕は、柔らかな感触の残る頬に手を当てて、暫くその場に立ち尽くすのだった……。
読んでくださってありがとうございます。前作の様にシリアス多めにはしないつもりで書かせていただこうと考えております。どうぞ宜しくお願い致します。