5.一つにしてみよう。
本文の「**************」の前後でシーンが変わります。
また、前後で「彼」が指している対象が異なります。
もう5回目なんで、そろそろこの説明はいらない気もしてきた。
釣りとは相性が悪いらしく、方法を変えてみたが釣果は上がらなかった。針の使い方も難しく、内側に引っ掛けるだけということがどうしてもできない。
「内側がダメなら、外側でやってみよう」
そう考えた彼が選んだのは、投網という方法だった。これならば糸のイメージを工夫することで融通が利くと思ってのことだ。
今回の手法は単純だ。たくさん人間がいるところに網を投げて、包み込んで持ち帰る。
口が塞がらないように、糸が並んで隙間があるイメージを試す。出来上がった網は不均等なものだったが、回数を重ねれば慣れるだろう。
一度にたくさんの人間を捕らえるために糸の強度も必要だと考えた彼は、強靭な糸の網をイメージした。
人間たちは探すと簡単に確認できる。仕切りを挟んで騒ぎあい、片方の群れが液体を放出している通りを見つけた。これまでで最も多く人間が集っているのを感じ、彼はその多さに驚く。だが同時に、これだけいるなら転移転生が流行るわけだと納得する。取りたい放題だと思ったからだ。
放出される液体で身動きできない群れへと、彼は投網を使った。仕切りの近くに残っていた一団へと狙いを違わず投網がかかり、透けたように通り過ぎる。直後には投網によって裁断された人間と通りが放水による圧力で押し流され、遠巻きにしていた群衆へと押し流された。
引き上げた網が何も捕らえていないことに気づいて、彼は失敗に気づいた。
「丈夫すぎてもダメとか、難しすぎだろー?」
改めて投網を柔らかくて伸縮性のあるイメージで作り直す。人間たちは何やら大騒ぎになっており、群衆同士の衝突が激化していた。間にある仕切りを乗り越えるものもあり、彼はその勢いのある個体を含めて捕らえようと再び網を放る。
仕切りも巻き込んでしまったが、両方の群衆が網にかかったので良しと、彼は網を引き寄せる。しかし、逃げ出さないようにと思ったのがいけなかった。
隙間や出口をなくすために網が縮小していったことに気づいたのは、中身が押し潰されて液体が吹き出してからだった。
「あーもー! 脆すぎるんだよ!」
苛立ち任せに投げ捨てた投網はその後も縮小を続け、やがて群衆の流した液体に呑まれて消えていった。
**************
『…………で起きたデモによる死傷者は累計で4桁になりました。昨日のデモでは死亡者がデモ隊と警察双方に出ており現時点で17人の身元が判明、未だ身元確認が出来ていない死亡者が20人以上となっています。大惨事となった要因について政府は未だ見解を述べておらず…………』
車から流れていたニュースがトンネルに入り途切れる。叔父の車を借りて彼女とドライブをしている彼は、惨事に意識を取られることが増えていたが自覚していない。
彼女が語る話も漫ろにニュースを聞いていたことを詫びて、苦笑を返す。
その様子を見て怒ったふりをする彼女に、彼は愛おしさを感じている。ビル倒壊事故から付き合うようになった彼女とは、もう三ヶ月が過ぎた。
おじさんの軽トラではなくデートは自分の車でしたいと考えているが、未だ就職活動中で居候をしている身だ。遺産はあるが、あまり手をつけたくないという思いもある。
そんな彼に、彼女が笑いながら言った。
「一緒に住まない?」
危うく事故が起きるところだった。
「彼」の投網を書いていて、ゆで卵をスライスするための調理器具というのを思いだしましたが、あれって他の使い道あるのだろうか。