20.転生してみよう。
本文の「**************」の前後でシーンが変わります。
最終話になります。
どれだけ寄り添ってみたとしても、彼は根本的に違う存在である。人間のようには生きていないし、その在り方も理解できない。ただ延々と侵食を続けて拡大し、ただ延々と続く暇を持て余すだけの存在だ。彼の性質を端的に表すならば、領域や範囲という概念が近いだろうか。それを人間と比較したところで、共通項などほとんどない。
だが彼は自身が人間へと転生をできないか試していた。軽トラに轢かれた世界とは別の世界を探し、見つけた人間の口に糸を押し込んで彼自身を流し込むと、一瞬で彼が溢れて世界が破裂し、跡形もなく彼に呑まれて消えた。失敗だ。
転生モノ小説では人間に限らないことに気づいてからは、更に悪化した。世界を確認して最初に見つけたモノに詰め込もうと試して、失敗を繰り返す。そうしながら彼自身が拡大を続けているため成功などしようもないが、暇つぶしを楽しむ彼にやめる気はない。
それを認識したのは、追加で確認した転生先候補のどれを試すか選んでいるときだった。転移用に準備して放置していた学校。その中にあるものが移動していることに気づき、無意識にそれを認識しようとしたのだろう。
彼が作った学校に守られて、かろうじて生きているもの。それは彼が初めて振動や熱などではなく、直接確認する人間だった。
それは大部分を死骸とも鉱石とも取れる薄い膜のようなもので覆い、その膜に滲み出た液体を染み込ませていた。液体が濃く滲む箇所からは不揃いでありながら類似性のある構造が伸びている。それらのいくつかで自身を支えているようだが、不可解にもその用途にそぐわない短く丸みを帯びたものが混じる。
のぞいている表面には悍ましくも繊維状の物体が疎らに埋め込まれており、その表面を這っている。表面は朱色とも赤色とも違う赤味と、白色とも黄色ともつかない色を混じり合わせたような名状しがたい色に染まっている。そこには不可解にも、より赤くあるいはより青く染められて拍動する無数の糸が埋め込まれている。
更に忌むべきかな、その表面は如何なる意図を持って彫り込まれているのか、まるで無数の物体が溶け合った痕跡のような軌跡で全体を包み込んでいる。そしてなんとおぞましいことか、丸みを帯びて伸びた箇所に走る同様の軌跡はあろうことか表面を引き裂いており、そこには冒涜的に赤黒い深淵がのぞいているのである。
ああ、なんと奇矯にして醜悪な存在なのか。
しかし、彼が最も恐怖したのはその構造そのものだった。人間という形をしているそれを彼は意図せずともつぶさに観察し、把握してしまった。
なんと悍ましいことか、数限りない大量の類似した小さな構造体が寄り集まって象っているのだ。しかもそれらはあたかも当然であるかの如く、まるで一つの意思に沿っているかのように一斉に蠢き、ただ互いに密着しているだけでありながらしかし決して解れることなのない一体感をもって、全体が一つの個体であるような振る舞いをするのである。
それは多細胞生物という定義で見た人間という存在であり、範囲と定義するほうが真理に近い存在である『彼』とは根底から異なった在りようであった。
そして、それが人間というものであると彼の無意識は瞬時に認識してしまった。
理解など一切及ばない埒外の存在。彼はそのおぞましく忌むべき存在に忌避を覚え、彼の存在全てで拒絶した。
人間というものの存在はあまりにも彼とはかけ離れすぎており、到底受け入れられるようなものではなかったのだ。
そして人間を知った彼という存在そのものが、彼自身によって消し去られた。
**************
『…………うまくいったのか…………』
それは暗い宇宙の片隅で、成功を願っていた。
狭い世界の片隅でひっそりと存在していたそれは、彼という存在が近づいていることを知り絶望した。触れた瞬間に消滅するか、取り込まれてしまうか。だが弾みで世界そのものを消し去ってしまう彼に取り込まれれば、やがて消滅するのは目に見えている。彼がこの世界に気づく前に対策を立てなければならない。
それは自らがある世界を守るため知恵を絞り、彼を退ける方法を見つけた。それの焦燥が伝わった人間たちが紡いだ、転移転生モノ小説である。彼ならば容易く行い、彼という存在が消え去るだろうと思い紹介した。
そして、それは目論見通りに彼が消えたと思い安堵したが、その瞬間に消滅した。人間を知るきっかけとなったそれに対する彼の怒りのためだった。
人間たちは彼が消えたことも知らず、それの安堵も伝わる前に消えたため、今日も転移転生モノ小説を紡いでいる。
キ〇ヤシ「俺たちは世界の消滅を防ぐために、転移転生モノ小説を書かされているんだっ!」
モブ「な、なんだってー!」
信じるか信じないかはあなた次第。
という落ち。
「深淵が見返している人間って、きっとSANチェックの対象になると思うんですよ」
という思い付きだけで他を何も決めずに書いたお話でした。
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