18.そろそろ人間に飽きてきた。
本文の「**************」の前後でシーンが変わります。
また、前後で「彼」が指している対象が異なります。
作り上げた学校に人間が入ってくる様子がないのを、彼は不思議に思っていた。彼は修学制度など理解しておらず、学校を作れば自動的に学生という人間が集まると考えていた。
そもそも深夜に見知らぬ建物に入り込む人間などほとんどいないのだが、彼には理解できていない。
糸を重ねて型作った学校を他の場所に移動させようと持ち上げ、面倒になって適当に拓けた場所に置いた。隣にも似たような建物があったので、入り込むものがいるかもしれないという考えもあったが、正直なところ彼はどうでも良く思っていた。
結局のところ、彼は人間というものに関して転移転生モノ小説以上のことは何一つ理解をしていないのだ。そして、彼は未だに人間を振動と熱でしか確認できておらず、その姿すら確認していない。彼は人間に対する愛着も、転移転生への執着も失くしつつあった。
「なんか、もう人間とか面倒くさくなったな」
飽きてきたし全部消しちゃうかな、などと思いながら、彼は最後に人間のいる世界をもう一度だけ確認しておこうと考え、糸を伸ばした。
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『…………の廃屋率はおよそ15%に至り、過去最悪を更新しています。この数値は個人の家屋のみで公共施設などの建築物は含まれておらず、病院や学校などの廃墟も含めるとその総数は…………』
義父の家でその死体を確認した彼は、子供と義母を探したが見つけられず、再び軽トラで移動していた。
既に夜深くなっており、妻や子供に凶刃がおよぶのは阻止できないだろうと彼にもわかっていたが、認めたくなかった。
子供ができたら通わせたいと、学校のパンフレットを見ながら笑っていた義母の凶行。メールの内容を考えれば、向かったのは妻のいる病院だろう。
既に妻子が死んでいると思うと、吐き気がこみ上げた。まだ目覚めたばかりで退院はしていないかもしれない。そう願いながら、彼は病院へと向かって軽トラを走らせていた。
暗い坂道を照らすライトが何かに反射して、彼は目を窄める。車を止めて確認すると、車椅子が転がっていた。そのホイールにライトが反射したのだろう。赤黒い液体に塗れており、細い何かがいくつか落ちていた。彼は直感的に、妻の指だと感じた。
周辺の暗がりへと目を向けると、血だまりを這ったような跡を残して、パジャマにセーターのような格好で横たわる人影が見えた。
それは、久しぶりに見た妻の変わり果てた姿だった。
絶望に意識が遠のきそうになり、ハンドルを握りしめる。必死に否定しても、その人影は消えてはくれない。吐き気を抑えきれずに、そのまま軽トラの中を汚す。涙目でそれを見つめ直すと、視界の端で何かが動いた。
義母だ。手に持っているものが血に染まっている。妻を刺し殺した包丁を手にしたまま何かを探しているように彼は思い、子供の姿が見えないことに思い至った。
極限状況のためか、絶望のためか。彼の目には義母の背後に、人影がいるように見えた。
それはおそらく彼の妄想だったのだろう。その人影は彼を見てニタリと笑みを浮かべて、妻を指差して嘲笑った。その人影に彼は心当たりがあった。上司だ。
彼は迷うことなく、ハンドルを切りアクセルを踏む。今度こそ確実に殺してやると思い、その人影をはねた。前面から衝撃が伝わり、人影が道路を転がっていくのを追うようにして轢く。軽トラが乗り上げる感触が尻に伝わる。彼は確実に殺すために、バックしてもう一度その人影を轢いた。乗り上げる感触を確かめて、車を止めた。やりきれない怒りでハンドルを殴りつけたが、全く気は晴れない。壊れたラジオが変わらずうるさかったが、彼は声が聞こえた気がして身を震わせた。
それは赤子の泣き声ではなく、女性の叫びだった。何を言っているのか聞き取れず、彼は軽トラを降りてその姿を探す。
振り返ると、血まみれで倒れていた女性が叫んでいた。車の後輪に潰された、人形にすがりつくようにして。
彼はそれを見て、違うと思った。そんなところにいるはずはない。妻はこんな姿ではない。こんなのは現実ではない。違う。
その女性は彼に掴みかかり、気の触れたように叫んでいた。何を言っているのかわからず、彼は呆然としてその姿を見つめて思う。違う。
「人殺し!」
違う、そうじゃない。殺したのは上司だけだ。違う。
目の前で喚き散らす女性は妻のはずがない。
車の下にいるのが、自分の子供のはずがない。
彼は妻の叫びを否定し続け、その責めから逃れるために否定を続けて。
妻の首を絞めた。
違う、そうじゃない。(タグ回収)
あと2話で完結します。




