1.転移の把握を試みよう。
本文の「**************」の前後でシーンが変わります。
また、前後で「彼」が指している対象が異なります。
異世界への転移や転生。そういう小説がたくさんあると聞き、暇つぶしにいくつかを読んでみた。そして多くの人が触発されたように、彼もまた思った。
「転移転生モノをやってみよう」
思い立ったが吉日。行動に移るまで一瞬だった。
遥か彼方の世界にある惑星、その地表で生活している人類というものを探し、その一つへと意識を向ける。転移転生モノ小説でしか知らない人間というものがどんなものか興味を沸き立たせつつ、まずはこちらに連れて来ようと思って建物の屋上にいたものを捕らえることにする。
「あ、潰した?」
極限まで長く伸ばした糸の先で、捕らえたもののイメージが消える。建物などの物体は変動が乏しいためおぼろげに認識できているが、肝心の人間はその形さえ曖昧だ。直に触れているわけでもないため、感触もイメージでしかない。再び人間らしいものへと意識を向けて、潰れたものを見て騒いでいるそれをそっと包み込むようにイメージしてみる。変形した。あちこちから液体が溢れる。液体を振り払うイメージが反射的に浮かび、その周辺を暴風が吹き荒れた。屋上にいたものが吹き飛び、建物が崩れた。中に詰まっていたものも潰れてしまったようだ。
「これでもダメか」
より微細な糸をイメージして、逃げ惑うものの一つを選んで包み込むように巻きつける。それを持ち上げようと思って、うっかり力を込めるイメージが入ったらしい。潰れた。
もう一度チャレンジする。今度は潰さないようにゆっくりと。動かなくなった。そういえば人間は呼吸という動作ができないとダメになるとか書いてあったなと思い出し、一つ勉強になったと考える。捕まえていたものを離し、動きがあるものへと糸を伸ばす。
何度か繰り返してみる。何個もダメにする。難しい。どうやら包み方が悪いようだ。人間に意識を集中してみるが、その姿までは確認できない。だが外側と内側が繋がっている箇所がやたらと動いており、そこが振動を引き起こしているようだとわかった。
「これが口というやつか。なんでこんな変な機能を持っているんだろう?」
傾げる首さえ無い彼は疑問を持ったが、取り寄せて調べれば詳しくわかるだろうと考えた。
包んでいるのが口以外なのか、よくわからない。それでも塞がないようにイメージして糸で包んでみると、なにやら振動しているので呼吸という動作ができているようだと判断する。だが持ち上げようとして、潰したらしい。口だろう箇所から液体が溢れた。力加減が難しい。
口を塞がないようにするのは難しい。最初に試した個体を中心に、その周辺にあるものを一度に糸で絡めとってみる。一つくらいはうまくいくだろう。だがどれも液体が溢れて動かなくなった。どうやら、絡め取るイメージが潰れることを連想していると気づいた。
捕まえる方法は、いったん潰れるイメージが抜けるまで保留したほうがよさそうだ。
伸ばしていたイメージの糸を回収しようとして、崩れた建物の残骸が巻き込まれた。
「ゴミはいらないんだよなぁ」
軽く振りはらい、糸のイメージを確認する。なんだか液体や瓦礫で汚れたような気がして、捨てればいいか、と思い直す。
「ゴミだし、燃やしておくか」
イメージすると糸が火へと変わっていく。建物や瓦礫などが巻き込まれて燃えているが、彼は気付いていない。
「転移転生モノって、結構難しいんだな」
そう呟くと、彼は再び小説に意識を向けた。
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『…………のニュースです。昨日発生したビル倒壊事故の死者は46名、重傷者88名、現在も15名の行方がわかっていません。倒壊に前後して有毒なガスが発生し避難が遅れたという情報もあり、警察と消防が原因究明にあたっています。一部では老朽化した建物が原因とする声もあり…………』
ナースセンターのラジオから流れてくるニュースに、ある人物の姿を彼女は思い浮かべた。有毒なガスにやられたのか、錯乱状態で運び込まれた患者。彼は未だに正気を失ったままだ。
「302号の患者って、この事故の被害者だって?」
「みたいよ。錯乱して化け物が建物を壊したとか騒いでうるさかったから、鎮静剤を打って黙らせるって」
「家族全員が死んだらしいから、仕方ないのかもね。さ、そんなことより仕事しましょうか」
暇を潰すための話題。当事者ではない彼女たちにとって、それはその程度の出来事だった。
「**************」の前半で書かれている「彼」ですが、行動や思考などを文書化するにあたり、便宜的に「彼」表記を用いています。
性別の有無などは作者も知りません。