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怪物たちの夜

作者: ハチ

 鈴虫すずむしの声が止み、北風が冬の到来をげる、そんな季節のこと。


 空にはしゅびた茜色の朝焼けが広がっていた。朝焼けを浴び、小麦色に染まった野原の一角では、光沢こうたくを帯びたカプセル状の人工物が異彩いさいを放っていた。


 その中から人型のものが姿を現した。

彼は身長や肢体したいは人間とそう変わらない。

だが、目玉がテニスボール程に大きく、無機質な灰色の肌をしていた。


 彼は淡々《たんたん》と、上司が部下に話すように語りかけた。


「ロボ、ここが、惑星ブルーサファイアで間違いないな」


すると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「ハイ、この国の言葉では”チキュウ”と言うそうデス」


「チキュウ…か、ここは美しい惑星だな、緑が深く、海はどこまでも青い、それに空気が綺麗だ」


「ココハ、先進国の”ニホン”の首都の”トーキョー”だそうデス」


「何だと、この惑星は一つの国に統一された惑星国家じゃないのか?」


「ハイ、チキュウは、ヒャクキュウジュウ、チョット近くの国で構成されているようデス」


「そいつは、えらい非効率なこった」


 彼の惑星は一国だけの多民族国家たみんぞくこっかで構成されていた。

複数の国家構成で利益が分散してしまうのは効率が悪く後進的こうしんてきだと考えられていた。


「だが、これだけ綺麗で多様な惑星なら、ゆっくりと観光してみたいものだ」


「ソウハイカナイ、アナタはこの惑星に遊びに来たわけじゃ、ないデショ」


 確かに、私達の使命はこの国の支配種族の遺伝子いでんし情報を回収することだった。

明日の朝にはここを飛び立たなければ数万光年の惑星周期によって取り残されてしまう。


「ここから都心部への移動はどのくらいだ?」


「オクタマからシンジュクへの移動はアオウメセンで2時間ほどになりマス」


「アオウメセン?それは鉄道か?」


「マスター、アソコにある、プラスチックを拾って貰えマスカ」


 彼は野原に捨てられている空のペットボトルを拾った。

すると、手品の様に、プラスチック製のカードが2枚現れた。


「ハイ、コレがIC乗車カードとクレジットカードになりマス」


「これはなんだ?」


「コノクニではICチップの埋め込みが進んでいないタメ、このようなアナログチックなモノで代用するのデス」


「なるほど」


 私はシンジュクを目指し、足を踏み出した。



 私は新宿の地下にある、とあるバーに現れた。

バーの中は薄暗く、ライトから照らされる、温かみのあるオレンジ光が、大理石だいりせきのカウンターに反射し、神秘的な空間をつくりだしている。

ところどころ、つっぷしている人間たちもいた。


 意外なことに、ここに来るまでの道のりの中で、私の奇奇怪怪ききかいかいな姿を気に掛けるものは、誰一人いなかった。


「コノ都市は、えら多様化たようかが認められているようデスネ」


「どうかな、単に他人に興味がないだけじゃないか」


 この都市はヒトを空気のように扱う、まるでそこに何も存在しない様に。


「これが都市化による希薄化きはくかというやつかな」


 私はバーテンに言った。


「一番有名な飲み物をくれ、水以外でな」


「一番有名な飲み物?あんちゃんおかしな注文をするね」


 バーテンは数秒ほど考えて答えた


「うちで一番のカクテルはマティーニだけど、それでいいのかい?」


「ああ、それを頼む」


「マティーニとは、ジンとベルモットを合わせてオリーブの実を添え、レモンの皮を絞って香りをつけるカクテルの一つだそうデス。」


「何を言っているか、よく分からないが、飲んでみれば分かるだろう」


 どこからともなく聞こえてくる声に、バーテンは驚いた口調で答えた


「こいつは面白い、隠したスマホをスピーカーにでもしてるのかい?」


「スマホ?なんだそれは?」


 バーテンは目を丸くした後、あきれたような、かなわないといった、そんな表情を浮かべた。


「はは、あくまで、怪物になりきろうって訳ですかい、愉快ゆかいな人だ」


 すかさず、ロボが、口を挟む。


「カイブツとは、あやしいもの。特に、力の強い大きなばけもの。比喩ひゆ的に、普通と違って体力あるいは力量の特にすぐれた人物。だそうデス。」


 私はひたいに汗を浮かべ、口に手を当て、小声でささやいた。


「この男、どーやら私がただ者じゃあないことに気づいているようだ。長居は危険だな」


バーテンはカクテルを、私の目の前に差し出した。


「はい、こちらが、マティーニになります。」


 私は、水を少しにごらせたようなそれを、一気に飲み干した。


「お会計をお願いしたい」


 バーテンは戸惑とまどったように答えた


「え、もうですかい?まだ一杯しかだしてないのですが……」


 私はぶっきらぼうに、クレジットカードを差し出し席を立った。

「え?お客様、お会計では?」


「なぁロボ、余計な会話を打ち切って、一刻いっこくも早くこの場を離れたい。こういう時はなんて言えばいいんだ?」


「エッート、チュウショウテキすぎてしぼりこめないのですが、会計時に見栄を張る行為の一つに”釣りはいらねぇ”があるそうデスヨ」


「釣りはいらん」


「そ、そういうことは、クレジットカードでやられても、困りますよ!」


 バーテンは何やらさわぎ立てていたが、私はお構いなしに、そのバーを後にした。



 表通りは、人々が群れを成していた。

みなみな、急ぎ足で機械的に歩く、飼い犬が主人の元へと急ぐように。

黒色、灰色、こん色、似た形のジャケットに、同じようなボトムス。

まるで軍隊か何かのようだ。


「みんな同じような服装だ」


「スーツというそうですよ、この惑星の正装せいそうだそうデス」


「面白味には欠けるが、我々にとっては好都合だ。」


 私は、例のバーから隠し持ってきたグラスを取り出した。


「コレは、店の客が使用したグラスコップだ、今からこのグラスに付着している遺伝子データを送り、ウィルスを作って貰う」


 彼らの惑星は、どの惑星にも負けない侵略しんりゃく技術があった。彼らは一つの種の遺伝子情報から、その種を対象に絞ったウィルス兵器を作り出すことに長けていたのだ。

彼はグラスの縁辺えんぺんに手をかざし、データを送った。

おそらく、今夜には”侵略許可”の合図が送られてくるだろう。


「コレデ、コノ惑星での任務も終わりデスネ」


「そうだな、明日には我々の惑星から管理ロボットが送りこまれ、この豊かな自然と資源を支配する……」


「だ……ろ……う」


 足がおぼつかない。頭が働かない。体が言うことを聞かない。

まるで、脳細胞が侵食しんしょくされるような、そんな……


「これは……どういうことだ……」


「ドウシマシタ?マスター……マス……タ…………」


 頭の中の声は、真夜中のサイレンのように徐々《じょじょ》に遠くなっていく。

そして途絶とだえた……


「……ン、……ン」


 みょうな叫び声が聞こえてくる。

目を覚ますとそこは、雪崩なだれのような群衆ぐんしゅうの中だった。


「なんだ…これは!この怪物たちは!」


 そこに、今朝調査したはずの人間の姿は跡形あとかたもなく、繃帯ほうたいをグルグルに巻いた生物、おおかみの顔に人間の体を持った生物、緑の肌で腐敗臭ふはいしゅうのする生物、しまいには、皮膚が溶解ようかいし骨がむき出しとなった生物さえいる始末だ。


「これは、いったい、どういうことなんだ!ロボ!ロボ!」


 返事はない。


「応答がない、クソッ、なぜだ!」


「大丈夫……ですか?」


 不意ふいに声をかけられる。


 そこにいたのは、途方とほうもなく巨体きょたいな青色の怪物だった。首にはボルトのようなものが貫通かんつうしてる。


「貴様、ワタ、私を殺すつもりか!」

「殺す?アハハ、何を言ってるんですか!……ン、楽しみましょう」


 その怪物はそう言い残すと、高笑たかわらいをしてその場を去っていった。私の事など、道端みちばた雑草ざっそう程度にも気にもめていないといったようすだ。

この惑星の文明は決して低すぎるというわけではなかった、空母くうぼもあれば、核兵器かくへいきもあった。

それを一夜にしてほろぼすことが出来るなんて、一体、どれほど強大な力なんだ。


「私の存在など、いつでも、ひねつぶすことができると言うことか……」


 私は、情報を整理しようと、今朝の出来事を思い出す。


「ロボとの交信機能がやられている、何か、毒でも盛られたのか…毒!」


 私はあの飲み物を思い出した。


「アレだ……アレを飲んでから、何かがおかしい、よくよく考えると尿にょうのように薄気味悪うすきみわる黄色味きいろみびていた」


 きっと、毒が入ってたに違いない、やつは怪物側のスパイで、我々と同じように侵略の時期を吟味ぎんみしていた。そして、その日が偶然ぐうぜん、今日だったに違いない。


 私は例のバーを目指した。



 ドアを開けると、店の内装ないそうは一転していた。

人型のランプから発せられるオレンジ色の光が店内をうつし出す。

カウンターやテーブル席には多種多様たしゅたような怪物たちがひしめいている。

その中央に、やつがいた。


「やぁ、今朝の人じゃないですか、クレジットカード預かってますよ」


 そう話した、やつの姿は変わっていた。獣の様に鋭利えいりきば蝙蝠こうもりのようなマント状の羽根、無機物むきぶつのように生気がなく青白く染まった肌。

その姿はバケモノそのものだった。


「……ン、特別サービスですよ」


 ヤツが呟いたのは、他の怪物たちが叫ぶのと同じ、異様いような言葉だった。


 私はそのバーを出て走り出した。


「黒幕はアイツだったんだ、アイツが、この怪物の群れを解き放ったんだ」


 怪物たちの喧騒けんそうを抜けると辺りはガランと静かになった。怪物らの侵略はまだ始まったばかりのようだ。


「……ン、……ン」


 通りの向こうからは、例の呪いの言葉が聞こえてくる。


 私は空を見上げた。

左瞼ひだりまぶたを二回、ゆっくりと閉じた。

それは、緊急用に作られた、"侵略中止"の合図だった。

確かに、彼らのウィルスを使った侵略技術は一級品であった。

一方、今回の怪物たちの様に、それぞれが力を持ち、多様性たようせいんだ生態系せいたいけい対抗たいこうする手段は全く持ち合わせていなかった。



 地球を去っていく宇宙船の中で、彼と仲の良い異星人はたずねた。


「その怪物たちは、一体何と言ったんだ?」


彼は、一瞬いっしゅん身震みぶるいをした後、答えた。


「あぁ、口にするのもおぞましい、おそらく呪いの言葉か何かだろう……」


「そいつは怖い」


「確か……」


 彼は一語一語、噛みしめるように、ぽつりとこぼした。


「ハッピーハロウィン」

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