第八話
朝早くから召喚命令を持ってきた騎士には驚いたが、呼ばれている時間帯は昼という事だったのでそれまでは情報収集に徹していたのだが全くと言っていいほど出てこない。
逆にどうしてこれほど悪意の種子が売ってないのかが気になる。
闇市で出回らず、表通りには売られてるなんて変だよなあ…。
うーんと唸るイツキ。
もうお手上げといわんばかりに降参のポーズをとる。
「仕方ない…もうそろそろ時間だし、向かうとするか。」
気乗りはしないが、この国の王からの勅命だ。
無視したら俺は大丈夫かもしれないが、ケイトさんやトニーさんはただじゃ済まないだろう。
仕方ない、仕方ない、とブツブツ繰り返しながら円状闘技場へ歩く。
周囲からの奇怪な者を見る視線は軽く流しながら向かう。
「ここでいいんだっけ?」
《ええ、ここが円状闘技場です。中から複数の魔力の変動と魔獣の魔力を感じます。一応、気を付けておいてください。》
それってもしかしなくても戦うことになるよな?
《もしかしなくても、ではなく、絶対でしょうね。まあ、主は特異な存在ですし、何より私は元々王族に売られる予定でしたのでその分の制裁の意味もあるかもしれません。》
おい、初耳なんだがその話。
《ええ、話せなんて言われておりませんでしたので。》
なんてことしてくれたんだ、お前…。
《だって主の方が私も楽かなって思ったので。》
何が、楽かな?だよ。まあ、今更だな。諦めよう。
ソフィアからの衝撃の事実を聞いて余計億劫になり、足取りが一段と重くなる。
もうサボっちゃダメかな?正直、礼儀とか礼節とか全く分からないから困るんだけど。
そんな感じでやってきた円状闘技場の前では、顔までは覆っていないがそれ以外は鉄の防具で全身を固めたほぼ完全武装の騎士たちが三人で門番をしていた。
え、というかあれに話しかけるの?普通に嫌だ。
心の中で愚痴を言いつつも、諦めたように騎士たちに声をかける決心をする。
「あの~すみません。」
「ん?なんだ、貴様は?」
「王様からの勅命で来たのですけれども、門が閉まっていたのでどうすればいいのか聞きに来ました。」
「……そうか、貴様が…。」
「はい。僕です。」
「一応、名前を確認しておくが…いいな?」
「はい。名前はイツキです。」
「了解した。では入れ。」
そう言って閉ざしている門に首輪をかざす騎士。
数秒の後、閉ざされていた門はゴゴゴゴゴと重々しい音を立てながら開いた。
「ありがとうございます。」
ふん、と鼻を鳴らすと、そっぽを向き追い払うような仕草をしてくる騎士。
愛想悪いなと思ったものの束の間、先ほどの騎士の様子が少しおかしかったため少し〈読心〉を使用してみたが、結局効果はなかった。
やはり、おかしい。…貴族や王族、騎士団長クラスになると持っている情報も国家単位になるため〈抵抗〉を付与した首輪や、腕輪、ティアラなどを付けるのは普通どんな国でも行われている方法だとは知っているが、いくらなんでも一般の騎士にまで供給する余裕はこの国にはないはずだ。
元々、魔術付与には作業工程が主に三つある。
一つ目に、素材となる特殊な素材を必要量採集してくることだ。
この工程が無ければまず魔道具は作れない。ただし、この工程にはこの世界で魔力の元となる空気中に飽和している源素の濃い場所…いわゆる『迷宮』や『源泉』と呼ばれる源素溜まりにある鉱石の源石という鉱石か、もしくは植物の糸である源糸を入手しなければいけない。
だが、基本的にはそういう場所には怪物と呼ばれる特殊変異した動物たちがうようよいるので言わずとも、危険である。
まあ、不可能という訳ではないのだが基本的には戦闘能力の高い『魔人国』のムスペルヘイムや特殊な鉱石が掘れる鉱山のある『亜人国』のアルヴヘイムから輸入するしかないのだ。
そして、トニーさんから聞く限りそんな資金がこの国にあるように思えないのだ。
二つ目に、魔法を重ねがけしなければいけないという事だ。
基本、魔法の重ねがけには負担がかかる。例えをあげるなら、〈連続発動〉と〈火球〉の魔法を重ねがけするとする。この時に必要なMPが〈連続発動〉の一回使用毎に、だいたい15MP程度必要で、〈火球〉で5MP程度使用なのだが、重ねがけの悪い点はここだ。〈連続発動〉で使用され、更に〈火球〉の分もMPが消費される。つまり、圧倒的にMP効率が悪いのだ。俺みたいにMPが化け物並に多くある場合は屁でもないのだが、この世界では魔力特化の魔人族の魔王でさえもせいぜい二万から三万といった所だろう。
実際の所はよくわからないが、つまり基本的にこの世界の住人はMPが少ないのだ。
そんな中で、わざわざ重ねがけする人もいないだろう。〈連続発動〉を一回使用するより〈火球〉を三回発動する方がコスパもいいし手数も増える。だから、この世界の魔術師は重ねがけなんて使わない人が多いのだ。罠などの方法で使用する場合は別だと思うが…。
それでは、同じ魔法を重ねがけするとどうなるかという問題が出てくるが、答えは簡単で威力が強くなる、の一言である。
だが、重ねがけで使用するより中等魔法の方が場合にもよるがコスパもよく効率もいい。
最後の理由が一番大事で、時間がかかりすぎるのだ。
一つの魔術具を作るだけで魔術師が一人と、特殊素材が必要なのに時間もかかるというただ金がかかるだけのアイテムなのだ。
しかも魔術師にはメリットがない。一つ作るごとに銀貨一枚といった報酬なのだが、魔術付与にかかる時間は五、六時間程度。それなら自由労働組合でモンスター討伐でもした方が有意義という事である。
こういう様々なデメリットがあるため魔術具は作られることが稀なのだ。
だが、経済的にも戦力的にもお世辞にも潤っているわけでもないこの国の騎士の末端まで魔術具が渡っている?
特殊な状況にこの国が陥っているか、もしくは…この国の存続をかけた大戦争が起きるかのどちらかだろうな。
《それはどうでしょう?主の〈探知〉には周辺国家の動きは引っかかってないですよ?》
それなら、この国から仕掛けるとしたら?
《あり得るはずがありません。お世辞にもこの国は『最弱の種族』の国ですよ?わざわざ負けにいく理由がありません。》
なら、この国の国王…『魔王』の事を邪魔だと感じている奴が王の傍に居たとしたら?
《ですが方法が…》
おっと、もう中心部に着いたらしい。ソフィア、もし戦闘になったら俺の手伝いしてくれ。
《必要ないと思いますが?》
簡潔に拒否してきたな…いや、もしも俺の知らない物が出てきたときに〈学者〉は必要だろ?
《ああ…そういうことですか。確かに主では脳内演算領域が足りなくて前にオーバーヒートしてましたからね。了解です。》
いちいち俺の失敗履歴を出すな。
《善処します》
因みに、〈学者〉とは俺の『特異』の名前らしい。
効果は、脳内演算処理速度上昇、一度見た魔術、魔法の絶対記憶、その行使。
その他にも能力があるのだが主に使用しているのは記憶と行使の二つだ。
なんとなく、予想はつくけどな…と、億劫になりつつも円状闘技場の中心部へと歩みを進める。
そこで待ち受けていたのは、王ではなくやはりと言っていいのか、どこぞの馬鹿だった。
「やっぱり、お前だったのかよ…。」
心底呆れたような表情を作るイツキに対して、エドワードは勝ち誇った顔をしながらニタニタしている。
「お前とはなんだ!まあいい、今から貴様をたっぷり調教してやる!」
ぐへへ…と下卑た笑みを浮かべる。
イツキは身の毛がよだつ感覚を感じながら、どういった用件なのかを聞く。
「ははは!それはなぁ…これだよ!」
パチンとエドワードが指を鳴らすと、巨大な四角い布を被った立方体が出てきた。
その中から出てきたのは、体長二、三メートルはあるかと思われる火トカゲ(リザード)だった。
「ギャォォォォォォォ!!」
けたましい咆哮と共に口から火球を吐いてくる火トカゲ。
その火球は俺の前で霧散し、熱風だけがイツキの元に届く。
「いいか、こいつはな――」
うるさいデブはほっとくとして、ソフィア?
《はい、主。何か用でしょうか?》
あいつって火トカゲだよな?
《ええ、その認識で間違ってないです。詳細な情報を付け足すならば、正式名称はファイアリザードです。四足歩行のリザードタイプの魔獣で討伐ランクはCからC+といった所です。主なら余裕をもって三千程度なら一瞬で消滅させられます。》
いや、あれを三千とかなんか嫌だな。
見た目はまんまエリマキトカゲのようなのだが、違うとすれば、火を吐くことと体がでかいことくらいだろうか。
「――という事だ!わかったか!?この愚民が!」
「ん?ああ、とてつもなくわかりやすい説明をありがとう。」
「ふはは!そうか!よく理解したか!ならば、貴様はこれから地獄を見るだろう!いけ!」
そう言った後、馬鹿が闘技場の観覧席に移動しそれと同時にそれまで火トカゲを閉じ込めていた檻が壊れる。
その瞬間に火球を一気に五個ほど吐き出してくる火トカゲ。
それを、いとも容易く〈中等障壁〉で霧散させる。
ぎょっとする馬鹿と火トカゲに追い打ちをかける。
「今度はこっちの番だな。」
そうイツキが言った瞬間、〈炎槍〉を記憶領域から取り出し、発動させる。
途端、イツキの頭の上に巨大な炎の槍が浮かび上がり、炎の槍は一直線に火トカゲの方へ向かい貫通。
後には炭化した火トカゲしか残らなかった。
「それで、他に用件はないのか?」
まるで鯉に餌をやった時のようにぱくぱくと口を開閉するエドワード。
だが、数秒そうした後ハッと気づいたように救援を呼び始めた。
「き、貴様ら!今すぐ、『魔亀の甲盾』を持って来い!あるだけ全部だ!」
魔亀の甲盾?なんだ、それ?
《魔亀の甲盾とは、魔獣化した亀の甲羅を素材にしており、その甲羅には特殊効果が付与されています。その効果が〈魔力吸収〉といったものなので魔術師の天敵とされています。》
吸収?吸収した魔力はどうなるんだ?
《魔亀が蓄えるためと考えられますが、道具である盾にはそのような効果は付与されていないので、霧散するという事になります。ちなみに吸収量の方が霧散させるスピードより速いので上限を超えた場合、盾は自然に破壊されます。》
それじゃあほとんど無駄じゃないか。せめて、貯蓄されなきゃ意味がないな。
《大丈夫です。主の魔力量は基本的に化け物なので、気にしなくてもいいですよ。》
それ褒めてないよな。
《もちろん》
俺がソフィアにばっさり切り捨てられた時には相手の準備が整っていた。
ソフィアに出会い、無詠唱を覚えてなければ少々苦戦してたかもしれないな。
イツキを取り囲むように陣形を作る騎士たちその中には苦しげな顔をしている人もいた。
なあ、ソフィア…あの盾の上限量ってどんくらいなの?
《500MPあれば余裕です。》
そうか…盾の数は十となるとリミッター解除は5%くらいか?
《そうですね。その程度で十分だと思います。》
了解。
そうソフィアに告げて、盾を狙う。
だいたい、一つ500MPってことは一つにつき〈炎槍〉一発撃てば余裕で壊れるな。
そして、技能である周辺感知を発動させつつ〈炎槍〉を並列軌道させるために魔術構築していく。
一瞬でイツキの〈炎槍〉の術式構築が完了する。
自身を取り囲んでいる盾に向けて〈炎槍〉を一発ずつ撃ち込んでいくイツキ。
盾の寸前で〈炎槍〉が光の粒子となって消える。
そして、イツキの攻撃が終了した時には全ての盾が音を立てて砕け散った。
残りは盾を失った騎士たちだけである。
「ここら辺で、止めにしないか?」
「…………」
騎士達は頷かない。
仕方ない…か。あちらにも引くことのできない理由があるのだろう。
「そうか、あくまで引く気はないのか…。」
そういい構えをとるイツキと騎士たち。
脳内の記憶領域から、近接戦闘に必要な魔法を選択する。
〈上等強化〉、〈上等防護〉、〈強靭化〉、〈痛覚麻痺〉発動。
発動させた瞬間、一番近くに居た騎士が切りかかってきたためそれを即座に躱しそのまま回し蹴りを後頭部に叩き込む。
そのままの勢いで、鎧の上から殴り飛ばし壁に叩き付ける。
ガチャンと鎧が壁にぶつかりそのまま倒れこむ騎士。
「うわぁぁぁ!!」
喚きながら突撃してくる騎士の連撃を先ほどの騎士から奪っておいた両手剣で受けながら後退しつつ、相手の魔術具の〈抵抗〉を上回る魔力で〈幻惑〉の魔法を強引にかける。
幸いにも〈抵抗〉に使われていた魔力は最低限起動させる程度だったので、簡単にかけれた。
そのまま後退し続け、陣形を組みなおしていた別の騎士に〈幻惑〉の魔法をかけた騎士を押し付ける。
「うわっ!おい!?どうしたんだ!敵はあっちだ!」
「うわぁぁぁ!!」
迷わず切りかかる〈幻惑〉をかけられた騎士。
だけど一人ずつかけていくのは面倒だな…。それにすぐに対処されるし。
案の定、先ほど魔法をかけた騎士はすぐに倒されていた。
一人の方が早いか。
そう思い、一人ずつ近接戦闘で、殴り飛ばしていく。
ドガッという音と共に騎士の腹部へ拳を叩き込む。
面白いくらいに遠くへ吹き飛ぶ騎士を尻目に、次の標的へ拳を叩き込む。
人数が少ないため、簡単に終わると思っていたがさすがは騎士、時間がかかる。
――もういいか。ちゃっちゃと終らせよう。
そう思い、自身の魔力使用上限を10%まで引き上げる。
そして、記憶領域内から〈睡眠〉の魔法を取り出し、標的を残りの騎士たちに着ける。
そのまま、〈抵抗〉できないほどまで効果を底上げしなければならないため、何度も重ねがけする。
何度も何度も何度も
何度も何度も何度も
何度も何度も何度も
そして、重ねがけが完了した瞬間一気に解き放つ。
その瞬間バタバタと意識があった騎士たちは倒れ、この円状闘技場で意識があるのはイツキのみとなった。
「とりあえず、終わったかな?」
イツキも潰れたトマトの様な人間などは見たくなかった。
そのため、強制的に意識を刈り取る手段に出たのだ。
《それにしても、無茶をしましたね。主。》
まあな…生活魔法を無理やり改変して相手に使うとかなかなかの荒業だと俺も思う。
《ええ、いくらこの世界の魔法の自由度が高くても、既存の魔法を無理に改変し、新しい中等魔法を作り出すなんてことは普通できませんからね。》
名づけるとしたら、〈強制睡眠〉ってところか?
《イツキ=ヤマモトは称号を獲得。》
おい。待て、待て、ソフィア。いくら冗談でもそれは笑えないって。
《いえ、今の、私の声ではありません。明らかに男性の声だったじゃないですか。》
という事はもしかして…?
《はい。主のステータスに【称号】の欄に【創作者】という称号が追加されています。》
マジかぁぁぁぁぁ!やっちまった!?
《確実にやっちまった状態です。ですが、ステータス開示さえしなければ大丈夫だと思います。最悪、〈隠蔽〉の魔法を重ねがけすれば大丈夫でしょう。》
まあ…俺、『身体状況(―タス)識別表』持ってないからいいけどさ。
《…証明書は、ステータスの表示されていますよ?》
…すっかり忘れてた。
《もういいです。こちらで対策を考えておきますので、先に相手の対応を行ってください。》
そう言われ、顔を上げると三十代半ば程度のグレーの髪の色がよく似合うおじさんがいた。
「…………これは、どういうことだ?」
腰の刀に手をかけながらイツキに問いかける。
「王様からの呼び出しかと思ったら、この有様ですよ。」
そう言って、いつの間にか失神していたエドワードを指さす。
「……嘘は言っていないようだな。とりあえずこの気絶している者たちを運ぶのを手伝ってくれないか?これでも私の部下なんだ。」
「別に構いませんよ。僕がしてしまったことでもありますし。」
そう言うとふむ、とだけ言い3人の騎士を担ぐ。
俺は〈浮遊〉を発動させ、残りの騎士たちを持ち上げる。
「そういえば、こいつはどうするんですか?」
「こんなのでも一応貴族だ。近くに護衛がいるだろう。着いてこい。」
そう言い放ち、数歩先を歩き始める。
「そういえば、名前を教えてくれませんか?」
「……そういえば名乗ってなかったか。サラディンという。」
え、それだけ?もっと、こう…あるじゃん?自己紹介ってさ。
そんなイツキの困惑もいざ知らず、先を歩き続ける。
それでもイツキは数十人を浮かせながら運ぶ、という離れ業を行っていたため周囲の人から驚かれていたが、なぜか町の人々も見慣れた光景の様だった。
なんで、俺はこの町で化け物扱いされているのだろう…。
そんな感想はソフィアにばっさり切られるため、問いかけはしなかった。
次話投稿少し時間空くかもしれません。