第四話
「うう…頭痛い…。」
昨日は何があったんだっけ?うまく思い出せない。
とりあえず水か何か飲み物が欲しい。喉が渇いて仕方ない。
そしていつ自分の部屋に戻ってきたかは思い出せないが、とりあえず何か飲み物が欲しいと思い布団から出ようとする。
そして、ふにゅんとした感触で一気に意識が覚醒する。
…ふにゅん?何だ、これこんな上質な抱き枕みたいなのあったか?
焦る思いとは裏腹に頭はとても冷静でこの状態を必死に理解しようとしていた。
そう、その柔らかさには覚えがあったのだ。それもつい昨日味わった感触に酷似していた。
そして恐る恐るパンドラの箱と化したシーツをめくる。
そこにいたのは案の定というか、予想した通りの人物だった。
「なんで俺はケイトさんと同じ布団で寝てるんだ…。」
一度ケイトさんから目を離し、部屋を見渡す。うん、俺の部屋みたいだった。
つまりあれか?昨日の記憶は無いがケイトさんと共に一夜過ごしてしまったということだろうか?
「…いやいやいやいや。流石に不味いでしょ!?しかも、まだぐっすり寝てるし…どうすればいいんだよ、この状況。」
そこでケイトさんも起きたのか寝ぼけた状態で目を擦りながら起き上がる。
「ん…ん~おふぁよ~イツキ~」
その瞳は未だとても眠そうにボーっと空を見ている。
「おはようございます。ケイトさん、この状況について知ってることがありますか?」
「この状況~?何のこと~?」
そしてぐるっと周りを見渡して、だんだん意識が覚醒してくるケイトさん。
朝は弱いらしく、まだ少し寝ぼけている感じが抜けていない。
だがこの状況の異様さには気づいたらしく段々顔が赤くなっている。
「…えっ?あれ、ここってイツキの部屋、よね?私はなんでここにいるのかしら?」
表向きには平静を装っていたいようだが、顔が赤くなりすぎて逆効果である。
ケイトさんは初心だったらしい…俺も人の事言えないけど。
まるで二十…おっとこれ以上はいけない、死ぬ。
「それは俺が聞きたいですよ…ケイトさんが夜に俺の布団に潜り込んできたとかじゃないんですか?」
「そんなこと私はしないわよ!」
「ですよね。知ってますしそんなことしないって分かってます。」
じゃあ誰が、という疑問は残るがとりあえずこのままじゃいけないだろう。
ケイトさんも着替えとか支度とかあるだろうし、ケイトさんにはとりあえず自分の部屋に戻ってもらうとしよう。
「ケイトさん、一度部屋に戻ってから――」
「いや、確かにイツキの事は好きだし、愛おしくも感じているけれど、早く身を固めろってトニーも言ってたけど…でも七つも年下の男の子を襲うなんて…いえ、もし、もしもよ、逆に襲われたとしたら?そしたら、責任を問えばイツキと結婚することになるのかしら?確かに今まで出会ってきた男性とはどこか違うし、イツキならありかもだけど………」
なんか、自分の世界にトリップしてる。すごいぶつぶつ言ってる。
というか、言葉の端々から結婚とか危ない単語が聞こえてくるんですけど?
凄い必死な形相なのも、多分トニーさん辺りが身を固めろとか言って焦らせてたんだろう。
別にケイトさんなら焦らなくてもすぐに結婚できると思うが、まあそれは置いといて早く元に戻ってもらわないと俺が困る。主に俺の精神面でだが。
「あの、ケイトさん。一度――」
「ねえ、イツキ。七つも年上でも責任取ってくれるわよね?」
なんか話遮られた上に、とんでもないことを口走っちゃってくれちゃってるんですけどこの人!
どうするの!?というか、ここまで思い込み激しかったのか!?
俺も一瞬、はい!って、元気に答えるところだったわ!
「すいません、それは出来ません。」
「何で!?やっぱりこんなおばさんは嫌なのね!そしてすぐに捨てるのね!」
「いや、何言ってるんですか…とにかくできませんって、だってトニーさんがそこの扉の隙間から覗いてニヤニヤしてると思いますし。」
「やっぱりイツキはこんなおばさん嫌いな…のよ、ね?………」
ケイトさんの言葉がしりすぼみになっていき、最終的には沈黙してしまった。
扉の前からは不味いなとぼやきつつもすんなりとトニーさんが部屋に入ってきた。
そして、無言で喋っているケイトさん。いや無言で喋ることなんて普通無理なんだが、後ろからオーラが出ているのが見える。それも激しい怒りのオーラである。
それどんなバトル漫画?と聞きたくなるが、ありのままの事実なのだから仕方がない。
そして怒りが最高潮に達したのかトニーさんを睨み付けるケイトさん。
「…き、今日こそ絶対死んでしまえええ!〈彼の敵は爆散せよ!〉」
「おい!?ケイト、お前〈爆発〉の魔法とかイツキがいる前で使ってんじゃ――ぎゃぁあぁぁぁ!」
…そして、トニーさんは爆発した。ケイトさんの魔法によって。
初めて見た魔法は俺の部屋と等価交換で行使されたようだった。
因みに初めて魔法を見た感想は、なんかすごいことが起こってるな、程度のものだった。
「…はっ!イツキ大丈夫!?」
「はい、大丈夫そうです、俺の部屋以外は。」
そして俺の部屋は見るも無残な開放的な空間になってしまったのだ。
あの俺の部屋爆発事件があったあと、〈修繕〉の魔法を部屋に掛けたらしく夜には元に戻っているらしい。
そして、今は食堂でケイトさんとトニーさんに昨日聞けてなかったことを聞いておく。
「あの、やっぱり元の世界には戻れないですかね?」
「ああ、無理だろうな。俺のユニークはこっちに呼び寄せることは出来てもあっちに送ることは出来ないからな。」
やはりそうなる「ろうな。まあ、なんとなくそんな気がしてたからそこまであからさまに落ち込まないがそうなると問題が出てくる。こちらの世界での生活資金である。あくまで今は居候の身であるがそのうちケイトさんも結婚すると思う。そうなったら俺は邪魔になるだろう。そうならなかったとしても、ずっとこのまま住んでいるだけなんて俺の良心の部分が潰れてしまう。
だから、ケイトさんやトニーさんに相談しようと思ったのだがその前にケイトさんがどうしても聞きたいことがあるらしい。
「イツキは本当に『天職』は勇者じゃなかったのね?」
「はい。そうでしたけど…?まさかケイトさん、俺が嘘をついてないか疑っているんですか?」
確かにあの時は俺も口頭でしか説明せず、嘘かと思われても仕方ないが決してそんな事はない。
俺は、何も包み隠さずに真実を伝えた。
「そういうことじゃなくてね、じゃあイツキは『適性職』は何だったの?」
適性職…?ああ、あれの事か。でもあれの横には『天職』って書いてた気がするが…どうも記憶があやふやでうまく思い出せない。
「何だったか覚えてないですね。」
「そう…私の見解を伝えるとね、はっきり言ってイツキは異常だと思うの。魔力量が〈魔人族〉なんかとは比較にならないくらい魔力量が多いと思うのよ。」
そこで、朝の事で反省させられていたトニーさんが急に口を開く。
「確かに俺もそう思うな。いくら何でもあの魔力量は異常だ。歴代最高の魔王…いやそれ以上の魔力量かもしれん。」
トニーさんが正座のままサムズアップしてくる。全然カッコよくない。
突然そんな事を言われても困るのだが…。確かに俺が力んだ時に皆驚いたように目を開いていたがそこまで凄いのだろうか?
「いや、そんなことないですよ。きっと勘違いですって。」
「そんな事はないわよ。絶対異常な部類よ。」
「ああ、俺もそう思う。」
というか、そこまで異常、異常って言われるとなんか本当に異常なんじゃないかと思うからやめてほしい。こう見えて俺は打たれ弱いのだから。
そこで、ケイトさんが一枚の紙を取り出す。それは昨日見た紙によく似ていて…っていうかあれジョブプレート?
「これの事、覚えてるかしら?昨日も見てるはずだけど?」
「ジョブプレート、ですよね。覚えてますよ。でも、今そんなものを出して来て…もしかしてまた魔力を流せと?」
「その通りよ。今度は私達にも確認させてほしいの。これ、持ってる人が手を離すとすぐ見えなくなっちゃうから。」
「まあ、いいですけど。」
正直、これはもう見たくなかったが、ケイトさんがそこまで言うならそれくらいは我慢できる。
それに、もう逃げたくないから、自分からも他人からも。
そして、ケイトさんからジョブプレートを受け取る。昨日と同じように魔力を流し込もうとした時だった。
イツキは前回と今回で違ったことがあったのだ。それは、前回よりも自分の体内の魔力を感知できている事だった。
なんだ、これ。体の底からエネルギーが溢れ出してくる。もしかしてこれが魔力ってやつなのか?
それと同時に、俺の頭の中に突然機械質な声が聞こえてきた。
《了解しました。技能『魔力感知』を取得しました。同時に『完全制御』も取得しました。》
!!?
なんだ、今の声。いやそれよりも『魔力感知』ってどういうことだ?
そんな疑問には答えないようで先ほどの機械質の声は鳴りを潜めてしまった。
そして、突然の感知に驚いたのはイツキ自身だった。なにせ先ほどまでは見えて無かった数字がトニーさんとケイトさんの頭の上に浮かんでいたのだ。
トニーさんは五百、ケイトさんは千七百と浮かんでいる。なんだ、これ?わけわからん。
「え?どうしたんですか、その頭の上の数字?」
「どういうこと?それよりもイツキ、早く魔力を流して。」
「数字…いや、まさかな。」
ケイトさんは訳が分からないといった様子だが、トニーさんの方は心当たりがあるらしく、顎を手でさすっていた。ただし、トニーさんは未だに正座のままだが。
兎にも角にも、このままケイトさんをじらすのは良くないしちゃっちゃっと終わらせてしまおう。
そして、先ほど感じた魔力の一部を元の魔力から切り離す感覚で流し込む。
昨日とは違い、ジョブプレートは光り出すことはなかった。
だが、昨日よりも確実に文字が浮かび上がるのが遅い。先ほどの切り離す感覚で行うのは失敗したのだろうか?まあ、切り離すというよりも引き剥がすという感覚の方が強かったが。
なんと表現すればいいだろう…骨付き肉の肉がなかなか離れなくてその肉を引き剥がしているといういかにも不思議な感覚だった。
そして、文字が完全に浮かび上がりそれをケイトさんとトニーさんに見せる。
「ねえ、トニーこれって…。」
「ああ、俺にも見えるぞ、ケイト。こいつは驚いた。」
なんか、当の本人置いてけぼりで会話が進んでいるんだが。
「これで、分かりましたか?俺は嘘なんてついてないって。」
「元々そんなことするなんて思ってないわよ。でもね、イツキ。これだけは言わせて。」
「はい?なんですか?」
「なんであなたは『天職』持ちで、しかもその『天職』が『賢者』だって言わなかったの!?」
何を言ってるのだろうか、ケイトさんは。だってレーナが必要としていたのは『勇者』なのに『賢者』なんていわれても困るだけだろうに。
きっと朝の出来事でまだ混乱してるんだろうな。トニーさんに至っては正座に疲れすぎたのか真っ白になって呆然自失になってるし。
「…なんでやれやれって顔してるのよ。おかしいのはあなただからね。」
「それは心外です。俺は正常だ。」
「それはあっちの世界の話でしょ?こっちじゃ異常なのよ。」
そうなのか、そこまで異常と言われ続けると確かにそうとしか思えなくなってくるな。ていうか普通に傷つく。俺ってここまで打たれ弱かったっけ?花からの罵倒は気にもしなかったのにな。
というか、何故そんな疲れた顔をしているのだろうか。
「トニー、ダメよこの子。こっちの常識を教えてあげないと。」
だが、トニーさんは未だ茫然自失の状態である。そんなトニーさんにケイトさんはキレのある回し蹴りをトニーさんに入れた。
おふっ!と言って宙を飛んだ。これは飛行魔法というものだろうか?なら俺は一生飛ばなくていい。
「なんであんたがボケーっとしてるのよ!」
「すまん…だが、この魔力量は魔人国の軍隊一個師団とほぼ同等の量だぞ。」
「そうだけどね、でもあなたは息子に常識すら教えないつもりなのかしら?」
「よし!イツキ、俺に何でも聞けよ!遠慮はいらんぞ!」
息子という単語に過剰反応するトニーさんに先ほどの回し蹴りなどなかったかのように会話するケイトさん。…俺もそのうちこのテンションについていかなきゃいけないのかと憂鬱になってきた。
というか軍隊と同じ魔力量とか意味分からないんだが。なぜ、そんな量を保持しているかも分からない…とりあえず、世の中は不思議がいっぱいということにしておこう。考えすぎると眠くなってくる。
そして、二人から一からみっちりこの世界の常識を教えてもらった。
この世界でも個人の魔力量での歴代最高は三万MPでそう考えると、俺の魔力量の十五万MPというのはおかしい数値なのだとか。因みにMPというのは魔力量の略称で呼びやすいからこう呼んでる人が殆どらしい。更に言うと平均的な一般の人の魔力量は個体差はあるが二百なのだとか、そう考えると俺がどれだけ化け物時見ているのか分かる。
「嘘だ…そんな化け物だなんて…。」
「これで、魔法も何も覚えてないんだから本当に凄いわよね。いくら何でも嫉妬しちゃうわ。」
「その通りだな、それに魔法を使い続ければ上限が上がると言っても元の魔力量がこんなんだとこれ以上どう上がるのかが分からないくらいだ。」
そう、さらに魔力量の上限は魔法を使い続ければ少しづつ上がっていくものだという。
そう考えると最終的には何処まで行くか誰にも予想がつかない。
ケイトさんから例えられたのは、無尽蔵の弾を持つマシンガンらしい。ものすごい不服そうな顔をしたらものすごい勢いで謝ってきた。まあ、そこまで怒ってたわけではないのだが。
とにかく、俺はこの世界ではほぼ無尽蔵の魔力を持つ魔法師になれるという。
だが、魔法を覚えるのも簡単な事ではなく明確なイメージを言葉と共に魔力と合わせて放つことで魔法となる。そこで試しに〈風〉と唱えてみた所、食堂に暴風が吹き荒れ部屋の中がぐちゃぐちゃになった。〈修繕〉の魔法の出番である。
怒っているのか驚いているのか訳の分からないテンションで〈修繕〉の魔法を唱えるケイトさん。そして俺はトニーさんと正座仲間になったのだった。
そこで、ケイトさんはご飯を作りに行った。というか、もう夕方だった。
「丸一日話し込んじゃいましたね…。」
「そうだな…。」
そして食堂の前で俺とトニーさんは二人仲良くケイトさんがご飯を作り終わるまでともに正座で話し合うのであった。
そして夕食時。
「ねえイツキ…私の弟子に、なってみない?」
突然、ケイトさんから誘われた。
「え、何の弟子ですか?家事ですか?」
「いや、夕食前の展開考えたらそんなわけないでしょ…?魔法師として、私の弟子にならないかって誘ってるのよ。」
「流石に少し早すぎませんか?魔力量が多くても完全に使いこなせるとは限らないですし。」
本当は先ほど『完全制御』とか聞こえたがそれは空耳として聞いてない方向でいこう。
そして、夕食が終わるまでケイトとイツキは話し合い弟子になるかならないかを決めていたのだが最終的にイツキがケイトのお願いを断れず次の日から修業という名の苦行が始まったのだった。