第三話
「起きて、イツキ!起きなさい!」
「うわっ!何ですか!?」
「何ですか?じゃないわよ…朝の事で落ち込んでると思って一人にしておこうって兄さんと話してたのに、お昼だからって呼びに来たら幸せそうに寝てて…びっくりしたのはこっちよ。」
そうだった。俺は朝にレーナからジョブプレートを渡されて、『天職』が勇者ではないことが分かってもらえたけどレーナを絶望させたんだった。
考えすぎて寝てたんだろうか…?
考えることは昔から苦手だったがこんな大事な時に寝るなんて俺はクズか?クズなのか?
まあ、考えた所で答えなんて出ないし諦めよう。
「すみません。これからの事を考えてたら、いつのまにか寝ちゃってて…。」
「まあ、いいわよ。元気そうでむしろほっとしたわ。お昼食べれるでしょ?すぐ来てね。」
そう言い残して一階の食堂に向かうケイトさん。
これであまり心配かけずにいられただろうか?
寝てたのは確かだし、考え事をすると眠くなるのも本当の事だが女の子にあんな顔をされてチキンハートの俺の心が無事なわけがない。
正直泣きそうだったが、あくまで昨日知り合った人の家でみっともなく泣くことなんてできない。
それに泣きたいのはレーナの方だと俺は思うから、そんな事を俺がするのはお門違いだろう。
そんなことを考えていたら自分の腹の底からぐう~と空腹の合図が送られてきた。
…早くお昼ご飯ごちそうになろう。
食堂にはトニーさんはもういなかった。多分教会で仕事をしているのだろう。
台所では食事を盛り付けるケイトさんの姿があった。
「あ、来たねイツキ。トニーは教会で食べるって言ってたからお昼は戻ってこないよ。」
そう言いながら食事を運んでくるケイトさん。
お昼ご飯は蒸したジャガイモの様なイモを調味料で味付けたシンプルなものだった。
汁物は特になく、イモだけらしい。一昨日まで米を食していた自分からしたら質素なものである。
「分かりました。…少し相談したいことがあるので夜にお時間いただけませんかケイトさん。」
相談したいことというのは今後の俺の事である。勇者じゃないとはっきりと分かった今、俺はここにいるわけにはいないだろうしせいぜい数日中にはこの家から出ていこうと思っている。
そのためには必要な情報が足りてないし、出ていったとしてもどんな場所か分からなければほぼ確実に死ぬか人攫いに会うだろう。
そのために王都での危険な場所をケイトさんから聞いておきたかったのだ。
だが、ケイトさんからの返答は俺の予想に反したものだった。
「その相談が、この家から出てくからこの町の情報を教えてほしいとか馬鹿げた事じゃなければ聞いてあげるわよ?」
「!??」
「…図星だったみたいね。」
「どうして分かったんですか?」
「強いて言うなら…女の勘って所かしら。」
そう言ってニコッと笑うケイトさん。何故だろう太陽の様な笑顔なのにどこか冷たい感じがする。
というかこの部屋寒くない?なんか蒸したイモまで冷めきってるように見えるんだけど…もしかしなくても俺、ケイトさんの地雷踏んだ?
いや、それよりもいくら魔法があると言っても他人の心の中まで分かる魔法なんてあるのだろうか?ありえなくはないが…。
「イツキ、もしかして心を読む魔法で俺の心を読んでるんじゃないか?とか疑ってるでしょ。」
「なんで分かるんですか?正直怖いですよ。」
「怖がらせる気は微塵も無いし、そんな魔法は使ってないよ。まず使えないからね。」
そうにこやかに言い切るケイトさん。その言葉に嘘偽りの類はなさそうである。
じゃあ本当に勘だけで俺の考えてたことを当てたということになる。
それはそれで、とてつもなく怖いのだが…まあそこは目を瞑ろう。
「じゃあなんで?」
「そんな警戒しなくてもいいじゃない。簡単よ。貴方が昔の私と同じ目をしてたからよ。」
同じ目?どういうことだ?
「訳が分からないって顔がしてるわね。じゃあ私の昔…って言うほど昔でもないけど昔話をしましょうか。」
実年齢を直接聞いたわけではないから本当にそれほど昔ではないのかもしれないのかは正直分からないが、ケイトさんがそう言うならそうなのだろう。
決して年齢を聞けなかったわけではなく、聞こうとしなかっただけである。
ケイトさんから年齢は聞くなよ?と無言の圧力をかけられたわけではない。俺だって命は惜しい。
そして、ケイトさんの昔話?が始まった。
「まあぶっちゃけちゃうと私、トニーの両親の里子なのよ。」
そして昔話は衝撃の事実から始まった。
「えええ!?里子って…じゃあトニーさんとケイトさんは…?」
「ええ、血がつながってないのよ。それで昔は私はやんちゃばかりしててね。里子になってもお父さんやお母さんの事とか全然信用してなくて、トニーとは喧嘩ばかりしてたな~。しかもその頃のトニーって女でも容赦なかったから一番ひどくて魔法の打ち合いとかになった時があったわね。懐かしい」
そう言って過去に思いを馳せるケイトさん。その顔は本当に昔を思い出しているようだった。
「まあ本当は私も両親が嫌いだったわけじゃなくて愛情とかに慣れて無かっただけなのよ。だから勝手にユニオンに登録して冒険者として活動してたし、危険な依頼もたくさんこなしたわ。こんな風に自暴自棄になっていたのが八歳くらいの時だったかしら?」
「八歳!?ていうか今トニーさんは四十って言ってましたけど、それじゃあケイトさんは…?」
「イツキ?女性に年齢を聞くのはタブーって教えられてこなかったの?」
無言の圧力を受けるが怯まずケイトさんに聞く。
「教えられてきたんですけど…流石にどうしても気になってしまって。」
そこで、やれやれといったように首を横に振るケイトさん。
教えてくれるのだろうかと期待する。
「仕方ないわね…まあ教えても困ることも無いからいいんだけどね。私は今二十四歳よ。」
…いや、若いとは思っていたが二十四?そしたらトニーさんとは何歳差の兄妹なんだ?
「あはは、普通驚くわよね。十六歳差の兄妹なんてね。それに、私は里子だしね。でも、トニーさんって呼ぶと怒るのよ、あの人。そんな他人行儀に呼ぶなってね。だからトニーって呼んでるの。」
「そうだったんですか…ありきたりな感想ですけど、なんか、特殊な兄妹ですね。」
「私にだって自覚はあるわよ。まあ、私の年齢の話は置いといて、昔話に戻りましょうか。」
有無を言わせぬ圧力で俺に問いかけてくるケイトさん。
やはり、この人は訓練すれば威圧で人を殺せるなと再確認させられる。
「はい。お願いします。」
「…なんか釈然としないけど、まあいいわ。それでそんな冒険者を続けて三、四年くらい程度経った位におきた事なんだけど、とある依頼でへましちゃって魔物に追い詰められたのよ。私は魔力切れ、それに武器の一つも残ってない状態でね。そんな時にトニーが駆けつけてきて魔物を一掃してこう言ったのよ『家族に心配かけんな』ってその時に私はやっと愛情を受け入れることが出来た。そして、信用してなかった頃の私の目に似てるのよ。この世界に来てからのイツキは。」
確かにケイトさんの言うことは真実だ。信用してる面もあれば、信用してない部分もあった。
だからこそこの家から出ていこうとしていたし、もう迷惑を掛けたくないとも思った。
だが、俺がいなくなって楽になるのはケイトさんやトニーさんの方だ。俺が危険になるがこの世界に来てまだ二日しか経ってないのにそこまで気に掛ける必要も無いだろう。
俺は求められていた存在じゃないから。
元の世界でもそうだった。ある程度までは皆仲良くいてくれる。だがこっちが本音で話し始めた瞬間全てを否定し、笑いあって気を許しあえる人間なんていなかった。
結局は否定され嘲笑されそして孤独に戻る。なら初めから孤独でいればいい。俺には決して裏切らない本があった。そして最終的に俺は本に依存していった。家族と本さえあれば良かった。
第三者なんていらない。俺には家族がいるのだから。
だが、突然こんな訳の分からない世界に召喚され、勇者だなんだのと言われ結局彼女を失望させた。その時にやはり俺は一人でいいんだと改めて思った。
だが、この人はそれを許してくれないという。一人にはさせないと、そう言ってくれる。
「なんで、ケイトさんは、俺を一人にしないんですか…?」
それは初めからそうだった。朝に起こしに来てくれたり、優しく声をかけてくれた。
不思議だった。まだこの世界に来て二日、たった二日だ。それに異世界から来たというおかしい奴に無償で優しくすることなんてまずない。人は自分とは異なる『モノ』には敏感で、それを排除する生き物だから。だから、この質問は心の底からの疑問だった。
何故この人は俺にこんなに優しくしてくれるのだろうか?
「それはね…イツキ、貴方がいつも、泣きそうな顔をしていたからよ。」
そう言って俺の顔を腕で押さえつけて胸元に引き寄せるケイトさん。
俺の頭が豊満なケイトさんの胸にすっぽり埋まる。ケイトさんの方はそれだけでは終わるつもりはなかったらしく、俺の頭を優しく撫でながら赤ちゃんをあやすような声で語りかけてくる。
「不安だったね。急に訳の分からない所に来て、勇者なんて言われて、一国の姫に国を変えてと頼まれて、まだ十七歳なのに親や気の合う人すらいない。そんな中で自分は勇者じゃなくて、結局この後どうなるかなんてわからなくて、いっぱい、いっぱい不安だったよね。ごめんねイツキ。」
そう言って俺の頭を撫で続けるケイトさん。
そうして俺の心の感情をせき止めてたダムは決壊し、みっともなく泣き出してさまった。
「…不安だっだよ。あの朝には、いつものつまらない日常だと、繰り返すだげの一日だと思っでだがら、急にごんな場所に来で、勇者様って言われで強がっで不安を押し殺したけど…怖がっだ。もう、帰れないっでなんどなく分かっでだがら……。」
そう言ってみっともなくケイトさんの胸の中で泣き続ける。
こんな風に号泣することなんて高校に上がってから一度もなかった。その分溜まってた涙が、感情が溢れ出し零れ落ちる。
ああ、みっともない。なんて思いつつこの心地よさに浸っていたいと感じている自分がいる。
そして、泣き止むころにはケイトさんの服は俺の涙やら汁やらでぐちゃぐちゃになり、俺の目の周りが真っ赤に腫れたのは言うまでもない。
「すっきりした?大丈夫だよ。この家から追い出したりなんてしないから。トニーとも話したのよ。今後イツキをどうするかって。私はこのまま世話をするってトニーに話したわ。トニーも『まだ二日しか経ってないが、家の子も同然だ』って息子が出来たみたいに大はしゃぎしてたわ。だからイツキさえよければ、このままこの家に居てくれないかしら?」
そんな風に言われたら信用しないわけにはいかない。
というかケイトさんやトニーさんの事はもうすっかり信用している自分がいた。
だから、俺もはっきりと答えを返す。
「はい。…これからもよろしくお願いしますケイトさん。」
その答えに満足したように、にっこり笑い、着替えたばかりの服に着替えたケイトさんが抱き着いてくる。
「うん!よろしくね、イツキ!それと私の事はケイトおねえちゃんと呼びなさい。」
「いや、それは無理ですケイトさん。」
その後は二人で色々な話をしながら、家事をした。とても楽しかった。
そして強制的にケイト姉さんと呼ばせられた結構な苦行だった。
夜、トニーさんが帰ってきて俺の話をしながら食事中のケイトさんとトニーさんが楽しそうに話していた。
「そうだったのか!良かった!イツキはもう俺の息子同然だ!この世界に来て二日とかそんなのは関係無い。」
「ありがとうございます。トニーさん」
そんな俺の返答にトニーさんはしかめっ面で返す。
「なんだ?その他人行儀な返答は。そんなに俺が嫌いか!ケイトをお姉ちゃんと呼んだんだろう!?俺の事もパパと呼んでいいんだぞ!」
「いや流石にそれは…」
ていうかトニーさんはっちゃけ過ぎじゃないか?まるで酒が入ってるみたいになってるけど。
「そうだよ、トニー。無理言っちゃいけないわよ。ちゃんと自分から言わせないと!」
そう言ってドヤ顔で胸を張るケイトさん。
いや、あなたもほとんど無理やりだったよね?『真っ赤になって可愛い~』とか散々からかってきたよね?
「そう…だね。呼び方は変えないけど、この世界で家族みたいに思えるのは二人だけだよ。」
その俺の言葉は確実に選択を間違えたと言っていいだろう。
何故なら、この一言によって気を良くした二人から満足するまで姉さんやら父さんやら呼ばされたのだから。そして、心を開いた初めての夜の宴は日付が変わるまで行われたのだった。