神くんの独り言
かなり暗くなってしまいました。もう少し明るく書くつもりだったのですが…
思いのほか神くんが真面目でした。
彼女が寝たことを見届けると僕は昔のこと、蓮がまだ小さかった頃に思いをはせた。
蓮は小さいときからとても優しくて聡明な子だった。
忙しくて家にいる時間が極端に少ない両親を困らせまいと小さい体で必死に我慢をしていた。
親も仕事の忙しさから家に帰ってもすぐ寝てしっまたり、またはイライラした様子を蓮に見せていたので蓮は余計に我慢するようになっていた。
蓮が小学生になって間もないころ、家に帰った時に一人は寂しいだろうと両親はハムスターを買ってきた。
蓮はこのハムスターをルルと呼び大事にかわいがった。
2年後に寿命で死んでしまって僕のもとにやってきたときルルは現世にとどまろうとした。
普通、動物の知能では現世に執着することはあまりない。犬やイルカのように知能が高い動物では稀にあるのだがハムスターでは初めてのことだったのでとても驚いた。
ハムスターには言葉がないので詳しいことは分からなかったが、それでもルルからは蓮から離れるのが悲しいこと、そして蓮が大好きだという思いが伝わってきた。
そんな蓮のことが僕は気になって見てみると、ハムスターの死にまるで大切な人が死んだかのような様子で泣きじゃくっていた。
両親はまた買ってあげるからと言っていたが、そうじゃないのルルじゃないとだめなのといっている。
その時はまあ8歳くらいの子ならまだ動物にここまで思い入れをするのは普通だろうとあまり気には留めなかった。
半年ほどたって蓮のことを見るとまたハムスターを飼っていた。
まあそんなものだよな、と思ってみていたら蓮はちーすけとそのハムスターのことを呼んで僕には衝撃が走った。
その声は聞いただけでハムスターに深い愛情と一つの命として敬っていることが感じ取れるようなものだった。
その日から蓮は僕にとって特別な存在になっていった。
日々死んでくる動物(人間を含む)を事務的に処理してきた僕からしたら、ハムスターという普通の人間はちっぽけな命として扱うものを大切に扱う蓮に僕は強く興味をそそられた。
蓮の日々を見ていてすぐに、蓮は人のために自分の心をすり減らしながら生きている子だとわかった。
誰かのためにその人のしてほしことをするのは当たり前、見返りは求めない。
真面目でルールや言われたことを素直に守る。理由はそれは人との約束だから破れば人への裏切りで相手が悲しむから。
常に人の気持ちを考えて自分の感情は二の次、むしろ相手の悲しみや怒りに共感しすぎてつらくなる。
聖人君子のようだと始めは思ったが、しばらくするとただのかわいそうな子だという風に思いなおした。
すべて裏を返せば、
自分のしたいことはない。
ルールや決まりがなければ自分の行動が決められない。
感情すらも自分ものではない。
ということになる。
蓮は本質的には空っぽなのだ。だからハムスターよりも自分の命のほうがちっぽけなものだと思っている。
愛情深く優しい性格、そして我慢をずっとしてきたことが合わさって蓮は反抗をしたり誰かを傷つけるという方法で自分を確立することすらできない。
社会に反抗したり、人を傷つけることで空っぽな自分を埋めてきた子は何人も見てきた。
けれど蓮は身動きが取れない状態になっている。
小さいときに親から愛情をもらえなかったことにより蓮のなかは空っぽになり、そして蓮の性格が彼女の心を傷つける。
また蓮は親にさえも気を使っていた。疲れて帰ってくる両親の愚痴を聞いたり、時には親子喧嘩の仲裁をしたりもしていた。
蓮は幼いころから15歳になるまでそんな状態で生きていた。
その間ハムスターは両親からずっと死ぬたびに買い与えられており、僕のところに来るハムスターは例のごとく蓮のもとに帰りたがり、蓮もまたハムスターが死ぬたびに同じように泣き続けた。
蓮には早くに大人になってしまった部分とずっと子供の部分がちぐはぐに存在している。
そんなある日蓮は学校でいじめを受けるようになった。
始め蓮は子供の戯言と気にも留めなかったがそのうち、子供の純粋なままの蓮が傷つき始めた。
もともと人の気持ちに共感しやすい蓮は向けられる悪意にさえ一切のバリアなく受け止めてしまう。
それでも大人の蓮が相手にするだけ無駄だと言っている。
ある日蓮の子供の部分と大人の部分がうまくすりあわなくなってきた。
そうして蓮はだんだんと学校に行かなくなってついには学校を休学することになった。
当然親は心配して蓮をいろいろな病院に連れまわした。
蓮としっかりと話をする前に起こしたこの行動は悪手にしかならなかった。
もともと蓮と向き合って話したことのない親は蓮のことを何一つとしてわかっていなかった。
親も蓮を大切に思う気持ちから起こしたことというのは重々承知だが僕はこの親を殴りつけたい衝動にかられた。
いままでお前らはなにをしていたのだと。
そしてこれ以上蓮を追い込むなと。
親に心配をかけていることにすら蓮は気をもんでいた。
蓮の心がボロボロになってしばらくたったある日、異世界で錬金術師の少女が魂だけでこの地球に来てしまった。
神々たちは議論をし神の不手際ということもあり体を提供することにしたが、あまりに突然であるために体がないのでしばらくもともとある人の体に入れようということになった。
その適合者に蓮が入っていてこれはチャンスだと思った。
神々たちは健康な人のほうがいいといったが、蓮の魂を異世界に送ることで錬金術師の体を管理させること、そしてそのほうが錬金術師の魂が多くエネルギーを得られる時間が増えるのではないかということ、また健康な人間を異世界に送っては何をするかわからないので蓮が適任だといって説き伏せた。
こうして蓮に正式にかかわることができるようになった。
けれどきっと蓮は僕相手でもきっと強い恐怖と緊張をしてしまうはずだ。だから僕はお調子者のふりをして蓮が緊張したり罪悪感を持つスキなんて与えないようにしよと誓った。
そこまで思って僕はさっきの醜態を思い出す。
蓮の心の状態が安定していたので大丈夫だろうと牛乳を渡してしまった。
引きこもるようになってから蓮は摂食障害を起こしてにおいが薄くて淡泊なものを少量ずつしか食べることができなくなっている。
そんな蓮に僕はあろうことが牛乳を渡したのである。
蓮につらい思いをさせた自分が許せなかった。