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夜襲<2>

「んなっ!?」


 床が波打つかのように揺れる。たまらず膝をついた。天井が割れて埃がこぼれ落ちる。破砕音がびりびり伝わってくる。


「伏せろ!」


 マイルズが叫ぶまでもない。二人は同時に、飛び込むように床に伏せる。

 けたたましい轟音の連弾とともに、壁と窓がはじけ飛んでいく。本棚が破裂して紙片が吹雪のように舞う。

 降りかかる瓦礫と埃のなかで、カルロスは顔をゆがめた。


「なんすか? 爆弾!?」

「いや――」


 マイルズは干上がる喉をごくりと鳴らす。

 壁は目の前に崩れ、二人の周囲は山のように瓦礫が積み上がっている。邸宅を瓦礫に変えていく騒音のなかで、マイルズは耳に触れる駆動音を聞き分けた。


「魔導外殻だ」


 カルロスは血相を変えてマイルズを見る。

 庭の植え込みを踏みつぶす重たい足音が、壁の残骸を超えて響いた。カルロスが頭を抱える。


「無茶苦茶だ。町中に武装した魔導外殻なんて!」


 そうか、とマイルズは口の中でつぶやいた。

 近隣住宅まで十分な距離のある郊外の高級住宅街。多少の騒ぎが起きた程度で気づかれる心配は少ない。

 それは敵にとっても同じことだ。

 立ち込める埃の煙幕を介して、月下に屹立する魔導外殻の影が見える。瓦礫を見下ろして突撃銃を構える、鎧騎士のようなシルエット。垂れこめる魔力が並みならぬ機体であることを教えてくれる。


「ヘキサドライブ……M10だ」


 マイルズが鈍くうめく。

 敵機はマイルズたちの生体反応を同定しておらず、見失っているらしい。探るように双眸を巡らせている。だが、うかつに身動きでもしたら、たちどころに見咎められてしまうだろう。

 マイルズは皮肉に笑みを浮かべた。


「罠だったとはな。俺も鈍ったもんだ。ルーシーがここまで重要視されているとは思わなかった」


 それにしても、とマイルズは魔導外殻を窺う。

 ルーシーを襲撃した武装犯同様、私物化された特殊部隊が差し向けられている。CTI社の手先だ。

 だが、ここはCTI社と直接的な関係はない。たかだか個人の邸宅だ。


「どういうことなんだ? なぜ雇われ所長に向けられた襲撃に、CTI社が動いて……」


 マイルズは口を閉ざした。


「逆か」


 CTI社が所長を守っているのではない。

 所長がCTI社に守らせたのだ。


「軍を掌握するCTI社は、ゴトウ所長に支配されている……」


 巨大なグループ産業が、ヘキサドライブのためにリスクを冒しすぎていた。それはヘキサドライブに執心する人間がけしかけているからだったらしい。

 しかし、そうだとするとひとつ大きな問題がある。

 ゴトウ所長は、オーダーツーを研究所から排斥した。ルーシーを必要としているようだが、必須だとは考えていない。

 ルーシーを引き込めないならば、排除する可能性は充分にある。


「くそ……! 急がないといけないってことか!」


 焦るマイルズを巨大な機影が見下ろしている。

 濃密な魔力をみなぎらせるM10が、絶望のような暗い銃口を向けて待ち構えていた。


「カルロス。合わせられるか?」


 戦意もむき出しに歯を剥くマイルズに、カルロスは目を伏せて首を振った。


「いいえ。詰みっすね。どう動いても補足されます」


 マイルズは瞠目して隣を見た。憂う美女の相貌が埃にくすんでいる。弱気な発言にマイルズは呆れた。


「おいおいお前、そんな諦めのいいやつだったか?」

「自信ないっすもん。この体になって、立ち回りからは離れてたんで」

「だが、このままだと自慢の体が木っ端みじんだ」

「それは困ります。だから、作戦を変えます」


 言うと、カルロスは無造作に立ち上がった。

 唖然とするマイルズを一瞥し、両手を頭の高さにあげ、銃を投げ落とす。


「降参します」


 庭園に立つM10が、

 銃口を外す。


 瞬間、マイルズは飛び起きた。

 腕のシールを引きちぎり魔術紋を解放する。銃に膨大な魔力を収束させながらM10のコックピットハッチを狙った。引き金に指をかけ、


「やめろオッサン!」

「ぐあっ! カルロス!?」


 カルロスに蹴り飛ばされた。倒れるマイルズにのしかかったカルロスは、銃を踏み、マイルズの首元に足を乗せる。マイルズの上に立ってマウントを取った。

 体の痛みよりも驚愕を顔に表し、マイルズは喉を詰まらせて叫ぶ。


「なにをする……!?」

「人助けですよ。年寄りの冷や水はもうよしましょう。あんたは詰んだ。失敗したんだ」


 反駁はんばくしようとしたマイルズは、M10に銃を向けられていることに気づいた。歯噛みする。

 カルロスは笑う。


「失敗の原因、教えてあげましょうか」

「へえ? この古臭いオッサンにぜひ、ご教授願いたいもんだ」

「それは――」

「信頼する相手を間違えたことだ」


 低い声。

 カルロスではなかった。声は瓦礫の向こうから聞こえてきた。

 マイルズは身体を跳ね起こし、カルロスに抑え込まれる。

 瓦礫の向こうから同じ声。


「よく連れてきた、カルロス。いや、ケリィだったか」

「うふ。お安い御用ですわ、所長」


 カルロスは含み笑いを漏らして顔をあげる。


「所長……所長だと!? そこにいるのか! 裏切ったのか、カルロス!」


 マイルズの叫びに、カルロスは失笑する。憐れむような目で見下ろした。


「違いますよ。俺、言いましたよね?『退屈すぎて、危ない橋を探して渡るところだった』って」


 マイルズは絶句した。

 裏切ったのではない。

 カルロスは、最初から所長側の人間だった。


「大佐に声をかけてもらってうれしかったのは本当ですよ? でも、でもですよ。一回こっきりの冒険より、これからお世話になる仕事のほうを贔屓するのは――普通っすよね?」


 にまりと、カルロスは艶めかしい微笑を浮かべる。

 愕然とするマイルズの耳に、低い声が届く。


「答えてもらおう、マイルズ・スミス」


 岩に染み入るような重低音。

 マイルズに向けて所長の声が放たれた。


「ルーシー・ベルトランはどこだ」


 マイルズは答えの代わりに唾を吐く。

 挑発以上に、浮かんでしまいそうな笑顔を隠すためだった。


(ゴトウ所長は、ルーシーの居場所を知らない!)


 ゴトウの顔は見えないが、唾は確かにゴトウに届いた。

 反応は見せず、彼はおもむろに手を挙げて合図する。


「……連れていけ。脳を直接見るとしよう」


 動こうとしたマイルズの後頭部が、強烈な衝撃に揺れる。

 マイルズの意識は蹴り落とされた。

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