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4月3日(日曜日)


 4月3日(日曜日)



 「一日だけ考えさせてほしい」

 真理はそう言うと、僕を残して公園を去って行った。

 

 「……考えさせてほしい」

 僕はベットに横になりながら、その言葉の意味を考えていた。

 「考えさせてほしいてことは、OKしてしてくれるかもしれないのか……」

 思えば小5から告白し続けては、振られ続けた10年だった。

 それでも真理は僕を拒絶することなく、休日と朝練の日以外はほぼ毎日会ってくれた。 

 嫌いではないと思う。

 真理は憐れみや情では動かない性格だと思う。その点については間違いない。だから、本当に、心底僕が嫌いなら会ってはくれないと思う。例えそれが幼なじみであったとしても。

 「もしOKしてくれたら、これからどんな顔して会えばいいんだろう」

 いや、明日どんな顔して会いに行けばいいんだろう。

 ふとスマホを見ると大学の後輩の女子からメッセージが入っていた。

 『詫助先輩おひさしぶりです!今年はどうでした?』

 『お久しぶり。一日考えさせてほしいと言われた』

 『えっっ。。。それってもしかしたら?』

 『いや、まだ分からないよ』

 『ですね!でも私はOKしてくれると思いますよ!』

 『ありがとう。そうであることを願ってる』

 『ですね!良い返事をお祈りしてます!!』

 『ありがとう』

 『はい。ではおやすみなさい』

 『うん。おやすみ』

 スマホをベットに置いて僕は考えた。

 果たして武者小路詫助に春はくるのかと。


 結局日曜の夜はあまり寝られず、7時ぎりぎりに家を出た。

 髪をとかす時間もなく、かなりひどい髪型で真理の家を訪れた。

 「おはよう詫助君」

 「おはようございます、おばさん」

 「真理なら、珍しくご飯たべおわってるわよ」

 「そうですか……」

 すると玄関に真理があらわれて、行きましょうと僕に言った。

 「それじゃ行ってきます」

 「行ってきますおばさん」

 「二人とも行ってらっしゃい」

 ふとおばさんの顔を見ると僕に軽くウインクした。

 「?」

 僕はその意味が全く分からず混乱した。

 

 通学中、いつもならおしゃべり(と言うか僕が一方的に)してるのだが、今日は何も話せなかった。電車の中でも。

 結局何も話せぬまま、とうとう校門に着くと

 「放課後、時間ある?」

 と真理が話しかけてきた。恐らく昨日の答えだろうと僕は直感した。

 「うん。何も予定はないよ」

 「そう。じゃあお茶でも飲みながらお話しましょう」

 「分かった」

 「今日は何限まで講義あるの?」

 「5限まである」

 「私も5限まであるわ。終わったら校門で待ち合わせましょ?」

 「分かった」

 「それじゃ、お昼にまた」

 「うん」

 そう言うと真理は校舎に入っていった。

 僕は真理が見えなくなるまで見つめていた。

 

 お昼もろくに話しもできず、とうとう5限の講義が終わってしまった。

 正直に言うと、怖くて怖くて仕方なかった。NOではなくて永遠のNOかもしれない恐怖が頭から離れなかった。そして、一瞬頭に過ぎったのは、真理に好きな人ができたのかもしれないという考えだった。真理は昔から人を寄せ付けない(特に男を)オーラを纏っていたが、もういい大人である。好きな人の一人でもできても全然おかしくない。そんなことを考えながら、待ち合わせ場所である校門にとてつもなく重い鉛のような足取りで僕は向かっていた。

 校門にはすでに真理が立っていた。

 「ごめん、待った?」

 「ううん、今来たところよ」

 まるで恋人同士の会話みたいだったが、いやそんなのこの場面だけを切り取っただけなら、である。

 「それじゃ、行きましょうか」

 「うん」

 どこに行くの?とか聞く余裕すら僕にはなかった。

 そして気づいたら、最寄りの駅に着いていた。

 「こっちよ」

 真理はすたすた歩いていくので、僕はとぼとぼとついて行った。まるで、いやいやながら散歩させられるワンコみたいに。

 カランカラン

 「いらっしゃいませ」

 そこは真理と真理のパパつまり青藤教授のお気に入りの喫茶店だった。

 

 『BLANCA』


 飾り文字で書かれた看板は何かある種の威圧感があった。

 お店に入ると、蝶ネクタイをした老マスターとおぼしき人が愛想良く僕たち二人を迎えてくれた。店内に5組ほどのお客さんがいた。


 「こんばんは、沼田さん」

 「こんばんは、真理さん」

 マスターはちらりと目で店内を眺めてから

 「奥の席空いてますよ」

 「そうですか。ではそこで」

 僕たちは店内の一番奥まった席に案内された。 店内ではクラシックが流れていた。

 「真理さんはいつものでよろしいですか?」

 マスターがお冷やを運んできて言った。

 「はい、いつものでお願いします」

 「かしこまりました。そちらの方は?」

 「ブ、ブレンドで!」

 思わずうわずってしまった。

 「かしこまりました」

 老マスターは軽く会釈をしてカウンターに戻って行った。


 5分ほどすると老マスターが2つのカップをトレイに載せて戻ってきた。

 「お待たせしました。真理さんはアールグレイですね」

 「ありがとうございます」

 「こちらの方はブレンドですね」

 「あ、ありがとうございます」

 老マスターは伝票を裏返しにしてテーブルに載せると、軽く会釈をして

 「ごゆっくりどうぞ」

 と言って戻って行った。

 

 真理はカップにミルクを少し注いでスプーンで軽く混ぜると、スプーンの先をカップの縁につけた。そしてスプーンをソーサーに置くとカップに口をつけた。

 それは毎朝見る光景だった。

 僕はその真理の所作をみる度に、何というか真理の「品」の良さに感心していた。それは両親の教育の賜物なのか自身の自覚に寄るものか分からなかったが、その洗礼された物腰が好きだった。

 真理はカップを置くと

 「まずは最初にあなたに言わなくてはいけないことがあるの」

 と切り出した。

 「……うん」

 僕の心臓は飛び出すばかりに高鳴っていた。

 「ごめんなさい」

 

 あーーー。

 

 『サクラチル』

 

 武者小路詫助にはついに春は訪れなかった。

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