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黒絶草   作者: Outsider
第一章 「虚憎」篇
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八十七話「雷命」・後編Ⅱ

かなり久々ですね。前回は1週間で投稿すると言って4か月半経ちましたか。申し訳ない。

更新は遅いですが、今後ともご愛読していただけると幸いです。

では本編をどうぞ。言い訳は後書きでします。



「え……?」


 施設へと帰った杏菜は騒然とした。人気のない施設には静寂が広がり、出ていく直前まであった人の温もりを一切感じ取れることが出来ない。何より“不気味”であり、彼女の中に“恐怖”と呼ばれる感情が少しずつ浮き出ていく。


 何かの気のせいと断じたい気持ちが強くなっていく。でも分かっている、分かっているんだ。“既に出遅れ”な事が起こっていると。


 だが逃げるにも、もう逃げ場所などない。家族も家もない彼女にとって、ここが最後の居場所だった。進むしかない、進むしか選択肢がないんだ。


 恐る恐る踏み出す一歩と共に緊張と焦燥が胸を焦がす。きっと何かの間違いだ。そう思いたいからこそ彼女は歩いていく。人は一向に見つかる気配はなく、スタッフや施設の住人たちはどこを探しても居ない。


 考えたくもない事であるが彼女は考えなければならない、おかしいと。出かける前まではちゃんと施設に “居た”のだと。


 確かに施設を出てから時間は空いた。それでもみんな居なくなるような事はありえなかった。今日は施設での特別な用事などない。いつもと変わらぬ日であるはず。あるのであればここまで動揺はなかったであろう。故に居ない理由は分からない。


 階段前に来た。勘、ただの勘ではあるが間違いない。階段を登った先に“何か”ある。そして、階段へ来て気付いた事がある。


 臭う。異常な臭さが嗅覚を刺激してくる。どこか生々しいと感じるこの臭いは初めてではない、どこか別の場所で最近嗅いだことを彼女は思い出す。そう、きっとそれは……


「―――――――!?」


 一瞬、ほんの一瞬物音がした。物が落ちた音だけではない、それにぶつかった何かが居る。


 心臓の鼓動は速く脈を打ち、動悸を感じた彼女の目は明らかな動揺を露わにしている。まともに正面を見ることが叶わず、キョロキョロと階段上を睨み緊張から来る乱視状態へと陥る。


 『行ってはいけない』。そう心に語り掛ける誰かが居る。警告だ。これ以上、上がってはいけない。二階へ行けば“殺される”。そんな予感が、生物としての本能が杏菜を逃走へと掻き立てる。


 呼吸は荒く息が苦しいが、本能が音を立てる事を拒み浅い呼吸を続ける。とにかく、とにかく逃げなければ。ここから出なければ。他を考える余裕などない。逃げないといけない、でなければ死ぬ。


 自然と足は玄関へと向かう。静かに、ゆっくりと後退っていく。物音を出してはいけない。物音がすれば最後だ、次はない。慎重に、落ち着いて。取り乱してはダメ。僅かな吐息でさえ命取りとなる。焦る気持ちを抑えて出口へと彼女は向かう。もう少しで逃げられる。そんな些細な安堵が招いた結果なのだろうか。“不幸”は起きる。


「きゃっ……!?」


 逃げる事に気を取られた彼女の腕は道中の電話代に接触し、受話器が派手な音を出しながら垂れてしまう。


 全身に悪寒が駆け巡る。落ち着いていた彼女の表情は明らかに動揺している。やってしまった、完全に。


 さっきまで動いていた手足は震えが止まらず、そこから一歩も動く事は叶わなかった。足音が、足音が響いている。ゆっくりと急ぐ気配のない速度で。


 怪物が階段を降りているであろう場面で異変に彼女は気付いた。いや、気付いてしまった。階段を降りてくるもう一つの物体……ではなく液体に。


 血生臭い血液が真っ赤な階段を作り上げ、怪物はさも当然のようにその階段を降りてくる。


 怪物は人の頭を片手に目の先に居る少女を不思議そうに見つめる。理由はそう難しいものではない。動かないからだ。

 

 恐怖を知覚していながら動く気配を少女が見せない事を怪物は理解出来ていない。先ほど殺した人間も同様に動かなかった事もあり、怪物はその理由を確かめるべく少女へと近づく。


「イ、イヤ……」


 その瞳に移る人の頭部が正常を失わせる。よく見慣れた顔、忘れようもない。この施設でお世話になっていたスタッフの顔だ。少し前まで見ていたあの顔は見る影もなく、どす黒い血を垂れ流している。


 ――――――こんな光景を見てしまった彼女は終わりだろう。動ける筈がない。圧倒的な絶望を前に、呑み込める筈のない恐怖に犯された彼女には。


 どうして、どうして自分にばかり。みんな、みんな悪い事なんて一つもしていない。こんな結末を迎える理由わけなんてどこにもないのに。


 怪物ヤツの全身の歯車は不規則に回り、スタッフであった頭部をぐちゃぐちゃに潰していく。


 正気を保てるわけもなく彼女は全てを諦めた。もう死ぬしかないのだと、誰も助けてはくれない。全て……


 彼女に怪物の歯車の腕の降り注ぐ――――――――事はなかった。


「……え?」


 金属音がぶつかる音が目の前から聞こえた。それも一つではなく二つ。彼女は恐る恐る瞼を開き、その瞳に映る出来事に驚愕する。


「間に合ったか……!」


 二人の男がそこには居た。ナイフのような刃物で怪物の腕を防いでいた。追い出した青年と見知らぬ成人男性は同時に刃を振り上げ、もう片腕の拳にエネルギーを込めて腹部へと叩きこむ。


「大丈夫か?立てるか?」


 弘太は手を差し伸べ、彼女を立ち上がらせて膝裏に腕を通し抱き上げる。


「ひぎゃっ……!?」


「ここは任せた!」


 弘太は杏菜を抱き上げたまま、その場を離脱。それを確認することなく柳は怪物と対峙する間もなく、ナイフをくるりと器用に回したと思えば自身も回るように怪物へと迫り、回転終わりと同時に逆手に持ったナイフを殴り刺す。


 その刃は歯車の間を上手く掻い潜り内部へ刺さっているが、歯車自体が回っている為か、想定よりも深く刺さる事はなかった。


「……ハァ!」


 相手が動く前より先にナイフを手放し、腰に身に着けた手榴弾を投げる。怪物は咄嗟に受ける態勢に徹するが起爆などさせていない柳は重心を低く回し蹴りを怪物の足に掛けて倒れさせ、もう一つの起爆済みの手榴弾を投げつけて、そこから両足でジャンプを行いその間に手榴弾は爆発した。最初に投げた手榴弾も誘爆し、大きな爆発へと変わり空中に居た柳はそのまま玄関の外へと投げ出される形で距離を取る事に成功した。


 周囲に遺体があるだろうが気にしている余裕はない、ある筈がない。雅哉が向かった場所には200を超える数の創無が跋扈し、柳の所へメルダーが現れた。


 それへの応戦中にどこからか炎や雷が飛んできた事からヘルシャーが潜んでいる事も考えられる。メルダーがあの場から引いた事で来ているがそれも時間の問題あり、一度にこんな奴等を複数相手にするのは明らかに不利だ。


 そして、弘太の居る支部へメルダーが操る人形数体が送り込まれた件も鑑み、弘太の預かった案件の監視対象が危険である可能性に行き着いたのは簡単だった。


 奴等は殺戮を楽しんでいる。ならば、どんな“回りくどい”方法でも実行するだろう。それだけは戦う内に嫌と言うほど実感させられる。


 メルダーがあそこで引いてそのままとはありえない。俺か弘太のいずれかを狙う、あの少女がこの創無に狙われている事から、弘太が狙われる可能性が高い。ならやるべきことは一つだ。


「……時間稼ぎくらいはな!」












 施設から逃げ、離れた住宅街の路地で弘太は身を忍ばせ杏菜を腕から降ろす。


「ここなら少しの時間を稼げるはずだ」


「……どうして……どうして、分かったの?」


「……あの化物のエネルギーを感知した。それだけだ」


「……」


 ああ、どうしてだろう。分かっている。分かっているのに。それでも“信じられない”感情が湧いてくる。


 仕事だから?


『違う』


 もう誰も信じられないから?


『そうじゃない』


 じゃあ……何が信じられない?


『それは……』


「……もう嫌なの」


 ねぇ、何を言っているの私は。


「もう嫌なの!何もかも…!!」


 彼女は弘太に背を向けて走り出す。これがどれほど愚かな行為かは彼女自身がよく分かっている。分かっているつもりでいる。


 恐怖している。動揺している。錯乱している。それは、それは間違いない。けど、違う。それが理由で逃げている訳ではない。ああ、なんて身勝手なのだろう。私は、私は。


『ただ、ただ一人になりたい。一人になって全てを忘れたい。あの恐ろしい出来事を、家族が殺された事実でさえも。何も受け入れたくない』


「今は離れない方が――――――――――」


 彼女の手を掴もうとした間際、お互いの手の間を擦れ擦れでナイフが通り地面に突き刺さる。


「え……?」


「ッ――――――――!」


 ああ、思い出したくない。嫌でも分かるこの悪趣味げいとう、平静をどれだけ装っていても奥底から湧き上がってくる憤怒と憎悪。その感情をどう表現すれば良いかは分かっている。


「メルダー!!!」


 あの不敵な笑みを浮かべて、人の形をした化け物は住宅の屋根からこちらを見下ろしている。


「お前は……またッ!」


「ああ、“また来たよ”、また―――――――殺しに来たよ」


 その言葉を発した化け物は世界が消えていく。世界の景色が塗り潰され、見知らぬ森の中で少年は突然の出来事に状況理解に努め、少女は身体を震わせながらも必死に精神こころを保とうとした。


「それでは行こうか。今回はちょっとした意趣返しと行こうか」


(意趣返し……?)


 気付けば化け物の手には“バイオリン”が握られていた。バイオリンの弦に弓を当て、演奏を始めた。


 唐突だ。あまりにも唐突すぎる。その真意を探る暇さえ与えられることなく、バイオリンでの演奏を聴くべき“観客”は集まり、その音色に誘われた人形達は演奏の邪魔者である二人を取り囲む。


(――――――!?)


「堕ちろ。幻想の奥底へ」


 意識は徐々に薄れ掛けていく。身体に力が入ることもなく膝を突く。もう何も考えられない。まるで快楽のような感覚に包まれ、弘太は人形たちが自分たちに手を伸ばそうとしたところで意識を落としかける――――――――


「なんで、なんでよ……守るって言ったじゃない……。死にたくない、死にたくない……もう、誰も信用なんて……」


「―――――――!!!」


 意識を落とす寸前で彼の意識は完全に覚醒させた。ここで寝ている場合ではない。例え死が己の運命になるのだとしても、ちゃんと立ち上がって彼女を守らなきゃ。もうあの悲劇だけは繰り返したくない。


(エミル、ユーリ……今は、今だけは力になってくれ……!)


 紫に染まった瞳を持つ少年は立ち上がる。今度こそ自身の立てた誓いを、自らが殺してしまった少年との存在しない筈の約束を守る為に。


(……ふーん。どう出るものか)


 メルダーと人形は手を出すことなく“何かをしでかしてくれる”人間たちの結末を眺める。その“紫に染まった瞳”で。


「……すまない」


「なによ、もうなによ……!どうせ……!どうせ……!」


 黒かった筈の彼女の瞳は紫色に染まっていた。これは先ほどの演奏の影響か。何故攻撃されないのか不思議だが、まずは彼女を落ち着かせなくては。


「落ち着いて、まだ助かる!」


「嘘よ!全部嘘よ……!!あの時……あの時、誰も助けてくれなかった!あんなに叫んだのに!なのに!……なのに!!!」


「……」


 忘却しようにも燃えることのない記憶トラウマ。押し込まれたクローゼットの隙間から見える惨劇。


 肉を潰し、骨を噛み砕く音が聞こえる。腕から歯車に呑み込まれた父親は家族へ逃げるよう促そうとするも、痛みが全てを勝り最後には下半身すらも呑まれ肉片となり辺り一帯に散った。


「うそっ……うそっ……」


 それで終わりではある筈がなかった。すぐ後ろに居た母親も足を掴まれ、そのまま歯車の口へと運ばれて行く。


「あ……んな、早く……」


 ミンチのように潰され、原型も留めぬ恐ろしい肉塊になり果てる。そして、怪物はそんな惨状をまるで笑っているかのように頭を振っていた。


「イヤ……イヤァァァァァァァ!!!!!!誰か!!!誰かっ!!!!!助けてっ!!!!!」


 クローゼットの中でそれを目撃してしまった彼女は気が狂った。しかし、それ以降は表立った症状を見せることなく動かない。いや、動けなくなってしまった。その後、彼女は声も出せずその状態で覗き込んだ隙間から奴と目が合う。


(―――――――!?)


 心臓の心拍数を上げっていく。脳はパニック状態に陥り、真っ白な思考では何も出来やしない。


「アッ……アッ……」


 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるして


イヤだ、イヤだ!


おとうさん、おかあさんごめんなさい。なにもできなくてごめんなさい。


しにたくない、しにたく……


不敵に嗤う怪人が去ったと共に彼女の意識はブラックアウトした。


「誰も助けてくれなかった!あんなに!あんなに……怖かったのに!!!大きく叫んだ!皆聴こえた筈よ!誰も……誰も……来てくれなかった!!!」


「……!」


―――――――――同じだ。


「お父さんも……お母さんも……私の前でッ!!!」


―――――――――ああ、同じだ。同じなんだ。


「誰も……誰も信じられる訳ないじゃない!!!!!」


―――――――――きっと、これは。


「……同じだ」


「同じ……?」


「―――――――ああ。俺も、俺も―――――――俺も目の前で大切な人を殺された!その時に俺は、俺は――――――――僕は何も出来なかった」


「……それが、それが何よ!」


 そうだろうな。他人の経験なんて、気持ちなんて糞食らえだ。でも、それでも。これ以上黙っている訳にはいかない。


「だから、だからこれ以上黙って見ている訳にはいかないんだ……もうあんな思いをするのはたくさんなんだ!だからこうして奴等と戦っている。仕事として、自分の使命として。けど、今はそれ以上に守りたいと思ってここに居る……!」


「――――――――!!」


 雨が、降り始めた。奴が作り出した空間の筈だが――――――――彼は理由を考える事を止めて、ナイフを取り出し人形たちへと走り出した。







___________________________________




「……おい」


 声が聞こえる。聞き覚えのある声だ、何だろう。


「おい、ヴィオ。起きろ!」


「アッ……!?」


 目を覚ましてみればそこは自警団本部、ボスの部屋であった。


 混乱と共に記憶を辿ってみるが自分は家に居た筈だ。


「……ああ」


「どうなんだ?」


「何がだ?」


 知らぬと言った顔の素振りを見せる。その場凌ぎであるが合わせることにした。


「何がじゃない、調子はどうなんだ。 身体からあの石が消えた訳ではないだろう?」


「ああ、それか。 いやな、実はあの日から怪物になって以来、変な……夢?を見るようになった」


「夢?」


 パトリックはティータイムを堪能しながらもヴィオの話の続きを聞いた。それは遠い地での話、ましてや同じ時代に居るのか分からない。だがその夢は実に興味深く我々に関係している事だ。


 戦闘を行う為であろう鎧のような役割を持つ真っ黒な服を着込んだ少年が銃とナイフ、変わった剣を使って戦う夢。それはとても酷いものらしい。


 少年が笑顔を浮かべる様子はなく、ただひたすらに化物と“人”を殺し続ける光景。どこの場所へ行こうとそれを繰り返すばかりだ。我々と同じ次元エネルギーのような黒い靄を刃に纏っては目の前の命を散らし希望を断っていく……同じ能力者なのかもしれない。だが人殺しまで落ちぶれたこの少年と我々が同じとは思えない。しかし、ヴィオは少年の事を嬉しそうに話している。


「何故……そんなに嬉しそうなんだ?」


「え? うーん……いやな、どうにも他人事とは思えないんだよなぁ。 何というか自分と同じものを感じる」


 他人事ではない、かぁ。あの石がヴィオの中に入ってから起こったと聞いた。ならルリーヴが見せていると考えるべきか?


「―――――――――それにな」


 男は恐ろしいほどに穏やかに語り続ける。


「本当は恐ろしい事なのかもしれない。しかしな、それ以上に希望を感じてるんだ」


 それはこの世界で未だ誰も持てなかった感情。怪物に蹂躙された世界で絶望ではなく希望を手にしたと。


憎しみの炎が消えている訳ではない。むしろ彼はその炎をさらに燃やしている。“誰かを守りたい想い”で燃やしている。炎は少年だけを確実に焼き尽くし怪物を倒す力へと姿を変え、確実に少年を前へと前進させている。


 この戦いが続く限り、多くの憎しみが癒える事はないだろう。だがその憎しみはこの戦いを終わらせる原動力として機能する。


 憎しみでは何も救えない。どこかでそんな言葉を聞いたような気がしなくもない。実際にそうかは分からないが……俺たちの生きてるこの世界はどうやらそれだけでは死ぬらしい。


 あの少年が持つ感情。それはきっと憎しみだけではない、見ていれば分かる。


(俺たちの後に続くなら―――――――――負担ぐらいは減らしてやらないとな。どれだけの数を倒せるやら)


 その思いは続いていく。限りなく遠くまで繋がる誰かの為の戦いは奇跡とも呼べる一筋の光と成り、決して折れることのない柱へと―――――――――


(……またか……)


今度は何だ。いや、どうにもならないのだろうな。こういうのは。

観念したヴィオは何も起こらない事を願いつつも、その身を流れに任せることにした。






___________________________________





 戦いを消そうとしているかのように雨は戦士の呼吸、怪人の歯車の軋む音もまるで聞こえない。剣戟の音だけをその場に残して。


 目の前の悪魔を倒そうと奮闘するもその怪人の持つ力は先ほどより遥かに増しており、現状この刀では全くと言っていい程に歯が立たぬ。


 撤退は許されない。請け負った仕事は必ず果たす。それが私に与えられた使命、今僕だけが遂行できる任務だ。


 襲い来る怪人に戦士は擦れ擦れに攻撃を躱して怪人の身体に蹴りを入れて、自身を後ろへと持っていく。


『Fill in the blanks』


「変―――――――!?」


 背後から迫り来るナイフを防ごうとするも左腕に突き刺さってしまう。


「あー、失敗かぁ」


 ナイフを引き抜いて捨ててはディレイドライバーを腰に巻き付け、ティエレットバイフを挿入しようとするも意外な事にホワイトに制止させられてしまう。


(おい……!)


(“まだ”です。それにディレイブはあくまで必殺の手段。メルダーが相手となると確実に殺せる時でないと許可出来ません。それに現段階では勝てません)


「……あぁ、クソ!!!」


 なんだ? 確実に殺す手段?……ハァ、少しは理解してるさ。ディレイブの速度だけではまだ奴を倒せないと。しかし、“まだ”とは何かしでかすつもりだ?


「なんで私なんかの為に……」


「――――――深理……!俺が守る……絶対に、死なせない。だから……!」


「……」


「信じろとは言わない!けど、一度くらい守らせてくれ……!!!」


 もう自分でも何をどうして良いか分からない。でも。


「――――――――お願い、助けて!助けてよ!!もう、死にたくない!!!」


 本当に、本当にここまで守ってくれるのなら。信じても良いのかもしれない。


「……引き受けた!」


 新たな仕事を了承し、刀を引き抜いた少年は青き闘志を纏いながら迷いのなくなったその瞳で斬りかかる。


「余計な事が増えただけだな!」


 断じて違う。ハッキリと言える、これだけは。


「これは……」


 空を切る刀の青の斬撃は何者にも折る事の出来ない、彼の確固たる意志の現れ。それこそは……。


「これは俺の……使命だ!!!」


 その時だ。ディレイドライバーに異変が起こったのは。








「ハッ、ハッハハハハハハハ……!!!!!」


 エネルギー観測値でその様子を窺う白神は高笑いを上げていた。まるでこの出来事を分かっていた。いや、待っていたかのように。


「ようやくだ……! ようやく創無への“真”の対抗策が始まるっ!」


  その言葉が真実であるかように、西幸弘太の、ディレイブ・シギンスの変革が始まる。









「!?」


『データ収集及びのキー解除を確認。 生成を開始します』


 アモリから強制的に排出された予備のティエレットバイフはディレイドライバーの挿入口に刺さり変化していく。


「何が起きた?」


『ディレイブ計画です。 そのティエレットバイフも一緒に使用を』


 「そうか」と弘太は諦めた様子で変化を完了したティエレットバイフを手に取る。色は黄色を基調とし、ギザギザとした形状は雷を想起させる見た目であった。


『Fill in the blanks』


『The thunder beats despair』


 ディレイドライバーの二つの挿入口にティエレットバイフと変化したもう一つのティエレットバイフを挿入、


『There's no turning back』


 クラシックの美しい音色の奥でエレクトリックな電子音声が同時に流れ、周囲には近づけないほどの電流が迸る。


「―――――――――変身」


 アモリから飛び出たマシンディノープは弘太へと向かっていき全身を装着、その身体はみるみる変質し、未知なる姿へと変貌していく。


「何だ、アレは……」


 メルダーの先ほどまでの態度から一変、明らかに驚き動揺している。まるでありえない光景を目の当たりにしたかのような、完全なる想定外に直面したという顔だ。


「これは……?」


 目映く光る稲妻の模様が各所に刻まれ、天使の風貌はそこになく“雷撃”そのものを主張しているような変化を果たしていた。


『ディレイブ・サンダーへの規格変更を完了しました。』


「サンダー……」


「――――――――何だか知らないけど思い通りにはさせないよ?」


 ブラッターへと変身したメルダーは銃剣のトリガーを引きながら、周囲に展開させたナイフたちをディレイブ・サンダーへとぶつけるが、彼が纏う雷は発光したかと思えば全てのナイフを吹き飛ばしてしまう。


 一歩引いて跳躍するがそれはマリヤを使った時と同様に驚くほどに軽快である。比べ物にならないほどの力が後押ししてくれる。雷を再び発生させては右腕に収束、大きな光に包まれた拳はメルダーの瞬時の判断を奪い、その胴体に重い一撃を喰らわせる。


「……!?」


『D-01を展開、D-02と結合開始』


 マシンディノープのフレームがそのまま武器となった大剣は異形の銃と接続、銃部分のグリップを両手で持ったその姿は狩猟者のようだ。トリガーを引くと次元エネルギーを電力へと変換し、大剣と機械の身体から不規則に放出する。眩い雷を帯びた大剣とその身体は周囲の地面を焦がし、何者も寄せ付けることは許さない。


(これは……!)


「調子に乗るなよ……!!」


 周囲の人形たちは割り込む隙がなく雷に葬られ、メルダーの攻撃を大剣が全てを消し去り、その余波のエネルギーがメルダーを拘束する。


(ふざけるな……!!!)


「アタック、フィニッシュ……!」


『FINAL STRIKE』


 戦闘モードへ移行、大剣へと全てのエネルギーが出力され、強力なフラッシュが辺りを照らし巨大な刃を形成。弘太は回るように大剣を動かし、メルダーへと決意の一撃を振り下ろす。


(まずい……!)


 力を振り絞ったメルダーは身代わりの人形を置き、人形が代わりに一撃を貰った一瞬であちらの世界へ帰ってしまった。


「逃げたか……だが」


 女の子を一人守れた。その事実だけが今は重要だった。弘太の気持ちを表したかのように雨は晴れ、森は消え、元の住宅街へと戻っていく。


「……はい」


「……?」


 変身を解いた弘太の手には深理杏菜の手が握られていた。


「本当に……守ったよね」


 涙ぐみながらもどこか安堵の表情をしていた。ああ、本当に守れたのか。


「――――――――付いてきて、うちの組織を紹介するよ。超特急でね、まだ仕事半残ってるし」


「……うん!」


 この時の二人は気付かなかったが、二人から紫の瞳は消えていた。これが何を意味するのかは分からない。けれど、今は。今だけは決して悪い意味ではないだろう。彼はこれからも戦いに身を投じる。どうか幸福でありますように。









___________________________________




「――――――――!?何だ!?」


 突然の爆発音が街の其処彼処から聞こえてくる。その騒音により目指めたヴィオであるが明らかな異常で事態であることは容易に把握できた。

 席を立つが爆発音の箇所から煙が出ており、僅かだが焦げたような匂いも感じ取れる。


「今すぐ出る。ボス、そっちの隊員も出るんだろ?なら俺たちは分かれて探る。“何かあった時”の為に」


「そうしてくれると頼む」


 何が起きたかは定かでないが、早急に止めなければならない。そんな予感をヴィオの何かが駆り立てる。そうしなければ大変な事に、それも“過去いま”だけはない。もっと遠く、あの夢に見た現在みらいの彼にも影響が及ぶ。だから止めなければ。









___________________________________


 メルダーはヘルシャーに自身に起こった出来事の説明を要求する。極めて荒くキレ気味に。


「ヘルシャー、どういう事だ!?あんなもの、ディレイブ計画では“存在しない”筈だ!?」


「あぁ……分かっている、我々は全てのデータを得た。その上で想定外は起こった。 考えられるのは、アレは人類が用意した本当の切り札である事だ。変身システムはその為のカモフラージュも恐らく兼ねていた。我々を掻い潜って守り抜いた切り札だ。あの様子だとまだ何か仕込んでいる……こちらも対抗しなければならない」


 ――――――――白神と言ったか。あの人間、あんな機能をどうやって隠した? あのデータ内に不審な点は何一つ見受けられなかった。こちらのアクセスにも一切感知されていない。なら何故あの機能が記されていない?


 思考を繰り返していくうちに、やはりと言うべきか当然の帰結へとヘルシャーは至る。


「もしかしてだが……我々の行動は既に人類、正確に言えば白神典幸に気付かれてる可能性がある。その上で意図的に機能を隠したと考えていい」


「奴等もそれなりの策を考えられるようになった……気に入らない。だが、面白い」


 遂にりがいのある展開へと来た。人類がどれだけの兵器を作ろうがこちらは完璧に捻じ伏せる。あぁ、“楽しみ”だ。淡い希望すら打ち砕かれた命が絶望して殺されていく様を見る瞬間が。生きがいを感じる。これこそが創無の存在理由だ。


「ケンプファーはまた他の世界か?」


「時期に来るさ。流石に気も済んでるだろうし」


「そうか……俺も別の世界へと行く」


「で、何人を目途に帰るんだい? 対策くらいは講じる必要があるけど?」


「最低で500だ、出ないと気が済まない」


「そう、なら私も別世界に行く。 我々も新しい風をこちらへ招かなきゃね。それにしてもその傷で行くのかい?」


 「問題ない」そう言ったのもそうだ。能力者の居る世界が稀であり、通常の遊戯であるなら、こちらの一方的な殺戮で終わる。今度もそんな世界を狙う。


「……ここは戦争中みたいだね。それに誰も手を付けていない」


 そこは……君のよく知る世界だ。


 魔法や異能力のない世界、人類は人類同士の闘争に明け暮れる。言うならば、君らの世界そのものだ。創無や能力者の世界なんて架空の存在と同義。全部妄想で片付けられてしまう。だがそんな世界に創無が現れたらどうなると思う?


「ここはどれくらい持つかなぁ?」



投稿が遅れた理由は主にモチベがない、ソシャゲにハマる。それに加えてTRPGにハマりました。しばらく抜け出せそうにありませんが、こちらも引き続きやります。

この作品、外伝もありますが1年くらい放置してるのでこれを機に完結させようかと考えています。残り10話くらいですので今年中には終わらせて、こちらに集中できるようにしたいかと。

執筆してない期間もシナリオや設定は考えているので予定していた展開を変えたりとかしてますね。

今回は展開が駆け足気味だったので余裕ができたら加筆する予定です。

では今回はここまで。次回は出来るだけ早く更新します。では。

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