六十五話「迷揺」
「………」
蜥蜴の怪人は終始、押されながらも黒き道化師の猛攻を受け続けるも耐えた。
「………!」
道化師は両手を地面につき、怪人の足元の地面を瞬く間に自分たちの黒き世界へと繋げ、そこから数多のナイフが怪人へと襲った。
「………!!!」
咄嗟の防御に移るも、耐え切れずに全身を切り刻まれてしまった。
「……クッ!」
後ろからの“蜥蜴の怪人”の爪の攻撃を避ける。体勢を立て直したときには切り殺した筈のシンの死骸は消えていた。
(……またか。 あの人間の子供の仕業か、にしてもさっきの子供にしてもあの“赤ん坊”にしてもこの世界の幼子は他の世界と比べるとおかしい。 他世界は簡単に滅ぼせる低レベルの連中の集まりだった)
だがこの世界はしぶとい。 普段なら長くて二日、短くて一秒もない。 滅ぼす方法は簡単だ。 惑星そのものに次元エネルギーを浴びせればいいのだから。 しかし、それではつまらない。 だから時間を掛けて、殺しを愉悦とし楽しむのだ。
ところがどうだろう、この世界は。たった一匹の裏切り者のせいで千年以上も生存してしまっている。まぁ、そもそも統率されていない我々、創無において裏切りもなにもないのだが。
個の存在を脅かす輩までに成長させてしまったのは裏切り者と言っても差し支えないだろう。さてと、この人類は何と一瞬に滅ぼせる作業を二回も阻止してしまっている。実に愉快だ、今までにない出来事だ。人類にしろ別の生命体にしろ、この事象は非常に低い確率だ。虚無に酷似し、虚無を超えた異常を防いでしまったのだ。これだけ楽しい事が他にあるだろうか?
シンの爪をナイフで防ぎ、その長い足で翻弄しつつもその身体にナイフを突き刺していく。
「……!!」
シンはそのダメージに受けきれずに、煙のように爆散した。
「………」
別個体だとしてもやはり、おかしい。あまりにも弱すぎる。まるで偽物かのようだ。だが確かに実在した。しかし、その実態は掴めない。あの子供の正体も何もかもが不明だ。何故だ?
抱えた疑問を解こうとしても、もうその場においては何も起こらなかった。つまり、これ以上の進展はないと言う事だ。
「……チッ」
メルダーは空間を割り、無懺へと帰って行った。
「……どうも」
弘太は浅く礼をした。
「こちらこそ。 珍しいお客さんだねぇ、眞ちゃん。 あんたの友達かい?」
「う、うん……最近になって出来たんだ。 西幸って言うんだ」
「西幸弘太です。 良い洋服があると伺ったので」
それを聞いたお婆さんは椅子から立ち上がり、並んだ商品から的確に寸分の迷いもなく商品を抜き取り。弘太に無理矢理、渡して試着室に押し込んだ。
「着替えたら出てきて、弘太君~!」
零華は嬉しそうにしている。要もファイも興味津々のようだ。
「眞ちゃん、ちょいと来なさい」
と、奥の部屋へと移動した。
「眞ちゃん、あんなに女の子を連れてどうしたの? あの西幸君って子ととうとう女たらしにでもなったのかい」
「ち、違うよ! も、もう。 すぐそんな事を考えるんだから。 ただの友達だよ」
何度も説明をして何とか理解はしてもらえた。納得はしてもらえてないようだけど。
「………」
手元にはグレーのカーディガンと青のボトムがある。これを着なければならない。確かに圧倒的な私服不足だ。
(ホワイト)
(なんでしょうか、西幸様)
D-06の時計画面は変わらず、脳内のみでの会話だ。
(私服はそんなに必要なのか? 一応、街に出るときは普通の服装だが……)
(私の記録データによれば同じ種類の服を何着も購入し、サイズが変わらない限りに使い回していると記載されています。 他人から見れば不衛生に見えるかもしれませんよ?)
(……否定はしない。 だが僕には何を着ればいいか分からないんだ)
(私は手伝いませんよ)
(お前、僕のサポートじゃなかったか?)
(あくまで、仕事関係のサポートです。 プライベートは極力、干渉しません。 データを閲覧する程度は協力できます)
何て不便な機械だ。本当に意思を以て、拒絶してくる。白神主任が元の知能だとすると、だいぶ納得できるが。
「………」
とにかく試着を開始した。
(ズボンの向き、逆ですよ)
「………」
彼は無言で履き変えた。
(別に私ですよ? そんなに気にすることですか?)
(……誰でもそうだ)
(そうですか)
―――――――――――。
着替えを終え、身だしなみを整えた弘太は試着室のカーテンを開けた。
「……おぉー! 似合ってるじゃないですか! 先輩!」
「そ、そうか?」
「そうだよ、弘太君!!! とても……素敵だよ」
「……うん」
それを言われると、凄く良い気分だ。大切な人からの言葉がこんなに心を満たしてくれるなんて……今までなかったことだ。こんな気分になれるなら偶にはオシャレに気を遣う事も良い事かもしれない。
「あぁ……貴方にピッタリな服装ですわ」
「凄くカッコいいわよ、弘太」
要とファイにも言われ、さらに彼は気分が高揚した。
(調子に乗りますと、もれなく白神所長に報告して余計な展開に運びますよ)
「………」
目が覚めた訳ではないが、このままホワイトの言う通りになるのもイケない。僕自身からも反論の一つはしないと。
(その言い方はないんじゃないかな? 一々、彼を引き合いに出さないと、冗談の一つも言えないのかい?)
(むっ、それは明らかな挑発ですね。 私は貴方を脅しているわけではありませんし、貴方にとってこれは効果的と判断しただけです。 それに言いますと私は、所長の事をそこまで慕っておりません)
あの男、本当に色んな意味で信用されていないな……しかし、あくまでこういう状況においてだけだ。仕事面ではこれ以上ないぐらいの信用は寄せている。それ以外は皆無だ。
(……なるほど、今のは俺が悪かった)
(いえ、私も挑発めいた発言をしてしまい、申し訳ありません)
お互いが謝ったところで眞太郎とお婆さんが戻って来た。
「お、おお……良いんじゃないか」
「そうか……」
「………」
「………」
微妙な空気が続く。互いの眼は睨みつける様に鋭かった。
(この二人は喧嘩でもしたのかねぇ)
「……はい、はい。 気に入ったなら買っていきな、今回は特別に千円は値引きしとくよ」
金を払い、店を後にした。その直前にお婆さんは眞太郎に耳打ちしていた。
「いいかい、絶対に仲直りするんだよ。 何があったか知らないけど、不仲ってのはよくないよ。 友達なら許せない事も許せるもんだよ。 嫌いな子じゃないんだから」
「……うん、ありがとう。 頑張ってみるよ」
僕も店を出た。ハッキリ言って、まだ分からない。自分の出すべき答えが。彼とどう向き合うべきなのか。仮に弟を殺したとしても、彼のおかれた状況からすると悪意からの殺人ではないのかもしれない。だから、複雑なのだ。確定しないこのキモチ、憎むべきなのか、憎まないのか。でも、弟を、輝典を失った時の悲しむと怒りは忘れてない。あの時はどうにかなりそうだった。突然、目の前からいなくなったと思えば、殺人鬼に殺害されたって聞き、殺された翌日のその街に弘太は居た。最初は冗談半分で犯人か聞いたさ。否定が返って来るのは当たり前だ。しかし、彼の秘密を知れば知るほど浮かんでこなかった真実が浮上する。
それは彼にとって最重要な選択肢だ。一歩、間違えば行きたくもない泥沼へと落ちる。凄惨な結末を迎える可能性だってある。何が正しい……何が自分にとって納得が行き、満足の出来る答えなのか。今、必要なのはこれだ。事と次第によっては本当に殺し合いになるかもしれない。彼がそういう人物ではないのは分かってる。けれど、もしもの懸念も捨てきれていない。
それらを含めて、弘太と慎重に……決着を付けなきゃ。
という事で、外伝の話を少し混ぜました。次回は弘太と眞太郎の心を前進させる回です。相変わらずの不定期ですが、よろしくお願いします。




