五十六話「接吻」
「俺が自分よがりだと?」
「ええ、私を……頼っても良いのよ」
それはファイの心からの願いであった。今の弘太はもう一人じゃない。自分の行動がどれだけの人々に影響を与えるか、分かっているはずだ。特にここにいるみんなには。
「……気持ちは嬉しい。 けど、俺は自分よがりの戦いなどしていない」
「嘘よ。 前からあなたはそこだけは変わってないわ。 協力しているように見えて弘太は自分だけで何とかしようとしている。 違う?」
――――――確かに。 思えば、誰かと戦っている時も自分で全てをカタを付けようとしていた。柳と……賀霧 雅哉に関しては別問題だ。柳は特別だ。僕の……父親なんだから。
理由が一番不明なのが賀霧 雅哉だ。奴に関しては説明が出来ない。自分でもアイツのことが嫌いだ。アイツも俺のことを嫌っている。実際に殺し合いに発展した。だが何故だ。あったにしろ、なかったにしろ、仕事をする上では気持ち悪いほどに連携が取れている。
寧ろ、あの関係だからこそか。完璧に割り切っての行動が可能なのか。今の自分は誰にも心の奥底を見せていない。零華に一度泣きついた事がある。けれど、それは自分の本音と言えばそうだろう。しかし、現状の不安が募って爆発したことだ。
思い返すほどに誰にも自分の事を話していない。エミルとユーリの事だって。人に話せる内容ではないが……支えてくれる人に教えなければならないのかもしれない。何も知らない事の方が相手にショックを与える。だが、下手に教えても不快な思いをさせるかもしれない。慎重に行かなければ……。
「……ああ。 そうかもしれなかった、すまない……これからは気を付ける」
「それだけ……?」
これ以上の何を言えばいいのか必死に弘太は模索した。一向にその気配は捕まらない。
「……もう、こう言えばいいのよ」
『これからは、みんなの事も頼って戦います。 恋人にもきちんと愛を捧げて、この身は貴方達の自由です』
何を言っているんだ。途中までは分かる、照れくさくも言えるだろう。恋人でんでんからおかしくなっている。個人の介入が発生している……これも彼女なりの冗談なのか?
「早く言って」
杞憂だったようだ。彼女は本気だ。ただ蝶のように舞っている脳の中は混沌と化していた。
「……弘太君! 来て!」
突如、零華が手を握りそのままこのフロアから一緒に出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと……!!!」
「……話は長くなりそうね」
その場にいた北瑞はそう呟いた。白神はやはりと言うかニヤニヤしながら事の顛末を楽しんでいた。穂乃﨑は呆然としながらも情報を整理して、理解していた。眞太郎は……。
「………」
ただ弘太の事を考えていた。少し振り返れば条件が一致する。自分は正解へと辿り着いてしまったのか。
考えたくない。けれど、状況はこれが正解だと言わんばかりだ。連続殺人事件があったと報道された。事件の翌日に弘太は居た。そして、しばらくして見えぬ化物たちと戦う姿を目撃した。偶然で片付けるにはあまりに不自然だ。
――――――時が来たら、この事を弘太に話そう。結果がどちらにしても彼と一度、この事について話さなければならないのは確かだ。彼が……弘太が俺の弟を殺したのかどうか。
「ど、どうした零華!?」
「どうしたもないよ……! 私、弘太君のこと何も知らない……」
二人はそこで沈黙してしまった。お互いの事を意識し始めて、両想いの中で付き合い始めた。俺も彼女の事を全ては知らない。本当に少ししか知らない。
「……弘太君、何時でも良いから何かあったら教えて。 過去の事を話して。 私も弘太君の好きな時で良いから私の事を知りたいなら言って、何でも教えるよ」
「……何でも?」
「何でも、でも良い事と悪い事の区別はちゃんとね」
「うん……」
「「………」」
終止、二人は見つめ合う。それは情熱的だった。ただ見つめ合うだけなら良い、だが二人はお互いを求めていた。それは太陽より熱い、心臓の音は時間が経過する度に加速していく。
「……弘太君」
「零華……」
彼女の頬を手で触れる。柔らかく温かい。触れたその手を零華は握る。
バクバクして仕方がない。お互いの顔を近付ける。何の遠慮も要らなかった。躊躇する理由もない。
もう一歩前だ。戸惑いは要らない。ただ互いに求める事をするだけだ。
その時には二人の唇は重なっていた。何故だろうか、とても幸せな気分だ。気持ちが良い。
二人は口づけを続ける。だが、時間が経ちすぎてると気付き、一旦その行為を止める。
「………」
「……ふふっ」
「また今度……」
「うん、私もまた……今度は私の部屋?」
頭の中が真っ白になった。キスをしただけで、自分の全てを彼女に奪われた感じだ。本当に虜になってしまった。この気持ちを抑えられない。この幸せな気持ちを。
彼女をギュッと抱きしめる。この温もり、ここに居るんだ。確かに。ここにこんなに愛おしく感じる人が居るんだ。
零華もギュッと抱きしめ返す。ああ、これが彼の温かさ。心臓が脈打つ度にその鼓動は伝わってくる。私は、私は本当に弘太君のことを好きだと実感できた。
流石に戻らないと不思議に思われる。二人は互いの気持ちを共有したのを確認して、フロアへと戻って行った。
「……遅いわね、弘太。 何かあったの?」
「ああ、うん。 まぁ……ね」
彼にしてはあまりにも曖昧な返事であった。おかしい、何かがおかしい。あそこにいる女が何かしたのか。
「幸雪 零華……さんでしたね。 何を話したんですか?」
「……弘太君のことをもっと知りたいって言っただけだよ」
「ふーん……」
明らかな他の要因が絡んでいる。北瑞にファイ、さらには穂乃﨑も察してしまった。それも女絡みと見えた。
(はーい、ここで監視カメラ)
白神は一人で誰にも見せる事無く、自身の端末からアクセスしてその場面を見つけてしまった。
(へぇ……随分とお熱いものだねぇ。 ひょっとしたら修羅場とか発生するかもなぁ……)
それだけはやめてくれと言わんばかりに細い目で彼らを眺めていた。
「それで?」
「それでって?」
「西幸様が言葉を濁しているので何かあると思いまして……幸雪さんは勿論、知っていますよね? 話していたのですから」
その場はピリピリとした空気と化していた。北瑞は自分の長髪をクルクルと人差し指で巻き弄り、ファイは壁にもたれかかり天井を見るような動作をとりながらも決して目の前の行動を見逃さずに敵の行方を観察する。
「ええ、知ってるわよ。 辛い事があったら何時でも打ち明けても良いよって」
「そんなことを聞いてるのではないの。 答えて」
「………」
弘太はこの状況での収め方を知らなかった。いや、普通の人でもこういう事態には慣れてはいないだろう。だからこそに戦う事だけが生きる事だった彼にとってこの場は異質な状態で本来ならありえないと言えるものであった。そう、彼の運命は変わってきていた。良くも悪くもだが、彼にとって守るべき存在は必要だ。それが全ての絶望を打ち破る方法の一つ。
けれど。それだけでは足りない。運命を受け入れてはいけない。これから出会う人々との関係も大切だ。そして、今ある全ての人物とも絶望を乗り越えなければ。どんな人でもだ。西幸 弘太はそれを理解した上で戦わなければならない。
「……北瑞、本当の事を話そう」
「……貴方からは聞きたくない」
「いや、俺から話す」
「止めてよ、そういうの……貴方の口からは聞きたくないの……!」
零華は覚悟を決めた顔で弘太と顔を合わせ、そして、爆弾発言を放った。
「……零華と口づけを交わしました」
言ってしまった。だが彼はこれで関係を絶とうとしているわけではない。一度、彼女たちを幸せにして守ると約束したのだ。自分はその約束を守る。これからの行動と発言によって彼女たちの運命を左右する。
自分の過ちを認め、覚悟の道を歩き出そうとする一人の少年がいた。その少年は今、とてつもない修羅場を潜り抜けようとしている。迷う事はない。やるべきことは分かっている。後は……突き進むだけだ。
恋愛関係は難しいですねぇ、特にハーレム系統は……シリアス基本なので余計にですね。
60話辺りで10話遅れで出したかった物が登場します。




