三十一話「前兆」
「ど、どうしよう!? 何も勉強してないよ?!」
「なら、勉強すれば良いじゃないか? 幸い、テストまでまだ一日の猶予がある」
だが、彼女にとっては短すぎる猶予であった。 彼女は、数学、地理、英語、国語……即ち殆ど苦手と言う最悪なタイプであった。
「で、でも、自主勉してるしまだその努力は無駄じゃないし……」
「……その内容を今すぐ述べよ」
「え、えっと……何だったっけ……」
うちの高校はそこまで学力は決して低くない学校であるはずなのだが……どうやったら入れた?
「――――――なぁ、入学試験の時、ちゃんと解答書けたのか?」
「え!?……その時は、何か閃いてパパッとね!」
つまり、偶然、奇跡的という事か……土壇場で実力を発揮するのか?……まぁ、それで彼女に会えたのならよかった、ここぞというべき時に彼女は実力を発揮するのかもしれない。
「……帰って勉強しろ。テストが終わるまでこの仕事はしなくていい」
「え、でも……」
瞬間、彼女の頭を撫でた。
「こ、弘太君……!?」
突然の行動に彼女は驚いたが、嫌そうな表情をするわけでもなくむしろ嬉しそうな表情で受け入れる。微かに照れているのがその顔で分かった。
弘太は無言で撫で続ける。少し良い匂いが彼女からした。これが女の子というものなのだろうか。機械脳のデータベース内には、やはりというかこの情報は見つからなかった。今まで、組織の事、創無の事、戦闘の事しか入れていなかった……今というと零華についての情報が徐々に増えてきている、過去に何人かデータ保存していたが、その人がなくなる度に忘れるようにデータを削除していた……今度は消させない。
「……!」
「!? 弘太君!? ホントにどうしたの!?」
気付けば彼女を抱いていた。こんなのは初めてだ。徐々に力を増していき、零華はより強く抱きしめられる。
「も、もう、弘太君ったら……」
背中をポンポンと叩く。
「……もう失いたくない」
「……え?」
それは今まで喋った言葉の中で、一番出ない言葉だった。
「誰も死なせたくない。 守るから……守るから、いなくならないで……」
まるで幼い子供の様だった。その姿は弱々しく見え、初めて見た弘太の姿であった。
「弘太君……」
彼の過去にどんな辛い経験があったのか彼女には分からない。けど、押し殺していた感情が漏れるほどに耐え切れなかったのは伝わってくる。
彼女も弘太を抱きしめる。彼女より大きい身体、ひしひしと伝わってくる心臓の鼓動、全身から溢れ出る熱、それら全てが零華にとって尊かった。それほど彼は今、助けを欲しがっている。
「弘太君、辛い事があったら、何でも良いから私に言ってね。 全部聞いて、私に何か出来るなら全力で頑張るよ。 一人で背負い込まなくて良いよ……私が居るから、安心して良いんだよ?」
その言葉を受け、弘太は徐々に落ち着きを取り戻す。
「うん……ありがとう」
今、この二人にあるのは決して恋だけではない。 確かに、この二人の間には心に秘めている恋がある。 だが、今この二人を支えているのはそれだけではない……そこには確かな「絆」があったのだ。それも、途切れる事のない特大のだ。この二人は、完全にお互いを信用しあえる関係となったのだ、これを友情というのだろうか?
「――――――今日は一度、帰ろうよ。 明日、出来れば勉強を一緒にしてほしいんだけど、良いかな? 今日は夜も近いし。 何かあったらすぐに弘太君を呼ぶよ。 だから安心して自分の仕事についてね」
「……うん。 一緒にやろう。 位置情報もあるし、モニターも出来るから問題ない」
(う~ん……まぁ、弘太君だし、それに私を守るためだし問題ないかな)
「……ありがとう。 でも、モニター出来るからって変なところ見ちゃダメだよ?」
「分かっている。 緊急を要する事態以外は使用を控える」
「……私が見たかったら別に良いけどね」
「……分かった」と言い、零華を自宅まで送り、夜の街を弘太は巡回する……彼女の言う事、全部聞き入れているような気がする。そこまで、深刻になる問題ではないので疑う必要はないが……ここのところ、零華と一緒に居る事が多い。それも、護衛任務も付けば、接触回数が劇的に増える、別に双方にとって悪い事ではない。だが、自分自身と周りの変わっていく環境に自分は少し受け入れられていない。
――――――零華については、環境が変わって良かったと思う……異性に対して異常なまでに焦がれるような思い、これが恋というものだろうか? だが先ほどは恋と言うより別の形に思えた。
……だけど、どんな形の感情であろうが、彼女に対しての気持ちは変わらない。彼女が大切な人である事に変わりはない。かけがえのない存在だ。
「……来たか」
創無の反応、少し遠いが記憶している場所なのでアモリを使えば一瞬で移動することが出来る。
弘太はその場所へ向かう。彼は知らない。無意識な感情がまた自分自身を新たな段階へ踏み込んでいる事を。
――――――発電所の近くか、被害を抑える為に近くの森の中に……!?
(……少しヤバいな)
新たに4箇所の反応を確認、その内の3箇所は離れすぎている。
(……作戦としてはこうするか)
急いで零華に連絡を取る。
「……はい。 あ、弘太君? 急にどうしたの?」
「至急、偵察機を飛ばしてくれ。 早く!」
「へ!?……う、うん!」
慌てて偵察機を用意した。
「で、で! どこ飛ばせばいいの!?」
「前、廃墟のビル辺りで飛ばしただろ? そこで良い」
「分かった!」
デジタルマップで座標を指定し、偵察機を発進させる。この時、零華は弘太に必要とされている事を喜んでいた。データ収集を自分がやると言っても、ほぼ役に立てないと感じていた零華には喜ぶべきことだった。
「……と! 着いたよ!」
「ありがとう。 後はこちらで映像と機械脳を繋いでやる。 不審な物がないか警戒してくれ」
「分かった!(……機械……脳……?)」
理解できるはずのないワードが出てきた。機械脳?何だろう?機械の脳という事は分かるけど……何の装置何だろう?
(……脳と機械脳の調子が悪いな……頭の中で噛み合わなくなってきてるのか? この巡回が終わったら、検査するか)
調子が悪いが、任務する分にはしばらく問題ないので続けた。計5箇所の内、遠い3箇所を同時に撮れるように配置された偵察機からの映像を機械脳で受信する。残りの2箇所は弘太自身でどうにか捕捉できる距離なので、映す必要はなかった。
――――――能力者の特徴である、感情の高ぶりでの能力及び身体強化、それに伴い脳に感覚的であるが送られてくる新しく発現した能力の使い方、今この条件を弘太は満たしていた。だから、この行動に出た。5箇所の敵の「全てを一度で殺す」為に……。
(……ディーストが2箇所に4体、ダバーソンが1箇所、クリートも同様に1箇所、最後にサドゥシングか……)
強さにバラつきがあるため、一度に全ての敵を殺す事は少し難しい事であるが、今の彼なら問題はない。最終手段はマリヤで空間生成をし、閉じ込めて殺せば良い話だ。
「……!」
今気付いた事だが、次元エネルギーの操作が徐々に上手くなっている事に気付いた。
いつもよりエネルギーの巡りが良い、そして武器にエネルギーを込める時も少ない量で以前と同じ濃度のエネルギーにできてきていた……これは好都合だ。戦闘の効率も良くなるがそれ以上にある考えが弘太の中で駆け巡っていた。
それはアモリを利用してでのワープ移動の事である。今までは、記憶にある場所でしか移動できなかったがこの調子で行けば、座標かその場所の映像か写真さえあれば瞬時に移動できるようになるのである。
なお、戦闘時では基本的にそこまで大移動という移動をしないので、ステルス化を併用して使用すれば、全方位から無制限で敵に攻撃し放題の状態となる。
「………」
ここからだとクリートが一番近い、弘太は様々な感情を高めつつ、戦場に身を投じた。




