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第五話 ③―A 「魔王」


 長く。失望に躓き、砕け散った全ての覚悟を体内へと取り入れるように深呼吸を繰り返す。熱気を孕んだ空気が口内の水分を根こそぎ奪っては、現実を模した世界に吐き出されていく。


 崩壊した建物に囲まれ、狭そうに翼を震わせる竜。その白い体躯は煤がこびりつき、ケンジロウによって作られた無数の切り傷が浮かぶ。人ならまだしも相手は竜だ。表情が伺えない。ゲームらしく体力ゲージでも表示されているのであれば良いが、そんな便利なものは見当たらない。つまり、未だどのくらいの体力を残しているのかは全くもって不明。先の攻撃で残った体力を使い果たしたのか、はたまた無尽蔵とも言える力を持っているのか。どちらにせよあまり長い間、睨み合っているのも得策では無い。ケンジロウとあれだけの戦いを繰り広げて、消耗していないなんてことは考えにくい……よな。となると相手を一秒足りとも休ませず、攻撃することが考えうる最高の勝機だ。


 宴華と共に武器を構え、勝利の未来を夢想する。


 レベル一がなんだ。竜がなんだ。嘘の魔王がなんだ。


 俺は勝利も、宴華も、この世界をも渇望する。


 そのために今を戦うと決めたのだ。


「俺が前に出るから、宴華は後ろから回復魔法で援護してもらえるかな」


「はい! 私とマオさんは運命共同体です。だから一緒に頑張りましょう!」


 こんな酷い状況にも関わらず笑顔で応えてくれる宴華。二人して、おー! と空で拳を突き合わせる。突き合わせた接面が温かい。この子と出会えて本当に良かったと思う。二人なら何でも出来る気さえしてくる。

 頼れる攻撃手段は武器屋で拾ってきた何の変わり種も無い一本の剣。端から見れば不安に思われるだろうが、それだけじゃないんだなぁ。この手に握られるは俺の野望と宴華の思いもエンチャント済。思いの力は無限だ、なんて臭いことを言うつもりはないが、俺を動かす原動力としてはそれ以上の理由が必要ないくらい、あまりにも余りある。


「グオオオオオオオオオオオオオオオ」


 竜が雄叫びをあげると肌はビリビリと震えるように引き攣る。体は何度経験しても苛立つ程に同じ反応を繰り返すが、俺自身の気持ち自体はもう慣れたものかもしれない。最初に聞いた時よりも幾分か衝撃は少なく済んだ。

 長い咆哮が終わり、竜は最初に見た時と同じように勢いをつけて突進してくる。いとも簡単に瓦礫を踏み砕き、殺意をもって迫り来る巨躯。基本的な行動パターンは変わっていない。ケンジロウとの戦いを見ていただけの付け焼き刃の知識から動きを読み取り、俺もまた竜に向かって走る。地面の振動で何度か転げそうになるが、コツを掴めば問題は無かった。最初はゆっくりに。天地がひっくり返るような地鳴りと思わず顔を背けたくなる恐怖に耐え、竜と交差するその瞬間、速度を上げた。

 噛み付こうとしてくる鋭い牙のタイミングを移動速度の変化でずらす。


 ガキン


 耳奥で反響を促す硬い音を鳴らしたデカい口を横目に、足元へ潜り込もうと身を縮めた。全身が巨体の影に覆われたら、そのまま駆け抜けた勢いに任せて、後ろ足まで一気に滑るようにスライディング。自分でも驚くくらいに行動とイメージが噛み合う。よし! ガッツポーズしたい衝動を抑え、頭の中にある次の行動を実際になぞる。ここまで潜り込むことが出来たのであれば、狙うのはただ一つ。幹のように太い腱だ。ここを切断出来れば竜の行動を封じて、有利に戦いを進められる。


 より力を込めるために剣を握る手を両手に変える。ドクンドクンと、まるでそれ自体が生きているかのように脈動する腱へと狙いを定めた後は、何も考えず力だけを頼りに刃を振り下ろした。最初に感じたのは柔らかさ。次に感じたのは挟み込み、刃を絡め取ろうと蠢く肉の圧。スーパーで売られている肉を切るのとは全然違う。胎動する肉を切る感触が生々しく神経を通り、リアルに伝達してくる。全身に鳥肌が立つ。デーモンの時に一度経験しているとは言え、率直に言って気持ちが悪かった。


「ぅわ……っぷ……!」


 ぶしゃっという音と共に噴き出たのは大量の血。人間と同じで赤で作られた生暖かい液体は俺の顔面を濡らし、視界を奪った。鼻が曲がりそうなほど強烈な生臭さが身を包む。

 何も見えない。竜が喘ぐように悶えている声だけが聞こえる。地団駄を踏むように暴れまわる震源直下地とも言える場所に立っていることすら最早不可能だった。踊る地面に弄ばれ膝をつく。何が起こっているのかだけでも確認しようと、無理やり目を開けると流れ落ちてきた血液が目に入り、刺すような痛みに侵食された。状況の把握が出来ない。痛みに耐えながらもバランスを取ろうとする俺の視界に映ったのは迫り来る大きな影だった。


「――――――!!!」


 サンドバッグを殴った時のような鈍い音が耳奥を刺激する。一瞬のことに避ける間もなく、衝撃で遠くへと吹っ飛ばされ地面へと投げ出される。ブレる視界の片隅には蛇のような長い影が遠ざかっていくのが映った。


「……っっ!」


 肺から出てくる空気が熱い。呼吸をするごとに段々と内臓の痛みが増していく。何かが当たった時の衝撃で肋骨が何本か折れてしまっているようだ。風圧で飛んだ血を拭い、腫れる目を凝らす。そこには未だ足を庇うように悶え続ける竜の存在があった。中でも一際暴れるのは長い尻尾。上下左右縦横無尽に動き、自分の体や崩れかけの建物をも破壊していく。その動きを見て、俺に当たったのは竜の尻尾かと理解することが出来た。


「大丈夫ですか!?」


 宴華が心配そうな表情を浮かべ、すかさず寄って来た。杖をこちらに向け、小さな口と手を忙しなく動かし、回復魔法を唱えようとする。しかし、悪いことは重なるものだ。優しく輝く緑色の光が体の痛みを取り除こうとする直後に異変は起こった。光は痛みが完全に引く前に弱々しく明滅を繰り返し、やがて消えてしまう。


「あれ? ……どうして? ヒール!」

 

 宴華は何度か叫んだが、何の変化も見られない。何故、どうしてを茫然自失に繰り返す宴華を見つめて、一つの心当たりが浮かぶ。


「MPが尽きたのかもしれない……」


 分かっていたことだが、ゲームである以上、回復だって当然無限ではない。先程宴華がイズミにやってみせた回復の連続使用。今回のことはそれに起因しているのは間違いないだろう。きっとあの場面で宴華も知らない内にMPを使い切ってしまったのだ。当然そのことを責める理由も義理もなかった。今、考えなくてはならないのはどうすれば良いかという対策法。普通のゲームだと次に使えるようになるのは時間経過か回復アイテムの使用。あとはレベルアップか睡眠なんかでもMPは回復するかもしれない。全ては憶測に過ぎないがが、確実な答えを知る手段が俺にはある。


「MPは時間経過……と言うよりも心の休息が必要だ。竜と戦うには回復魔法が必須だろう。マオには厳しい時間になるかもしれないが、彼女には後方で休んでいてもらうしかない」


 マウが再び俺の心を読むように教えてくれる。流石だと褒めたいところだが、今そんな余裕は持ち合わせていない。傷がどうこうよりも、痛みがあるのと無いのでは大違いだ。自分のためにもこのゲームは今まで以上に現実世界だと認識することが必要になる。現実世界ではありえない回復魔法。その奇跡の存在にすっかり頼り切ってしまっていたが、これからは今まで以上に気を付けて臨まなくてはならなくなった。


 傷つかないようにヒットアンドアウェイによる体力の温存をしていけば何とか……。


 いやいや、そんな甘い考えで勝てるのか? 


 自分の身を顧みずに、相打ちになるくらいの覚悟で戦わないと竜のような存在は倒せないんじゃないか? 


 一抹の不安と葛藤が心を分かつ。しかし、希望もあった。それは宴華が直接戦闘に巻き込まれることが無くなったということ。宴華が危険に晒されなくなったという意味では俺はむしろ安心するべきなのかもしれない。そう思ってしまうあたり俺は俺が思うよりもずっと一途に彼女を思えているのだろうか。


「ごめんなさい……。もうマオさんのこと回復してあげれないみたいです……。私が一緒にって言ったのに……」


「大丈夫……大丈夫だから」


 自分に言い聞かせるような形になってしまうのが心苦しい。竜は少し脚を引きずっているようにも見えるが、歩けている。どうやら与えた傷は浅かったようで、俺の先程の目論見は既に失敗に終わっていた。それでも、もう一度。俺か竜のどちらかが倒れるまで、何度でも挑み続けなくてはならない。どちらかが倒れるまでこの戦いは続くのだ。それが俺と宴華の生き残るただ一つの術なのだから。


 こいつに二度同じ作戦は通用しないのはケンジロウの時に思い知っている。ならば次の策を講じるまで。動きが鈍った竜の左側に回りこむように駆けていく。行かせまいと、しなるように伸びてくる爪を寸前で、後ろへと飛んで回避した。服を切り裂き、皮一枚で血を流す胸を無視して、剣で次々と斬りかかる。ケンジロウの行動を模倣するように、迫る爪を弾き、隙を見ては竜の鱗を傷つけていく。当然、ケンジロウのように上手くはいくはずもないのは承知の上で、多少の被弾は覚悟の上だ。致命傷にならないかすり傷は無視して、闇雲とも思えるほど無心で剣を振るう。命を賭けたトライ・アンド・エラー。勢いだけで打ち込み、勢いだけで押し込み、被弾しては最善の策に修正していく。


「おぁああああああああぁぁ!!!!」

 

 その時だった。気迫に押されるように突然竜がバランスを崩し転倒していく。竜の右脚には地面へと突き刺さったケンジロウの長刀。地中深くまで刺さった長刀は動くことのない障害物としてそこに存在した。


 これだ。


 俺は決して一人で戦っているわけじゃない。今までの皆の積み重ねで戦っている。だからこその作戦。傷ついた左脚を庇うように攻撃を受け続けさせ、後退した際に、軸足である右脚に引っかかるように誘導するのは思ったよりも簡単にいった。

 

 そう。俺はこの瞬間を、待っていた。


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