正義と悪の小競り合い
SFです。悪と正義の物語ではありますが、その間にある人間の意志、思いをもとに書いていくと思われます。
その日、ジャスティスタウンのはるか上空では圧倒的な悪の力で街を支配せんとする
月から来た氷の魔王「フールムーン」とそれを阻止する正義のヒーロー「スターヒート」が
最終決戦を迎えていた。
どんよりと曇る雲間に見える青と赤の閃光。街ではスターヒートの仲間たちが、フールムーンの手下たちと戦いながらスターヒートの身を案じていた。
「なかなかやるじゃないかスターヒート。だがお前のパワーもそろそろ限界なんじゃないか?」
完全体となり、銀の巨狼となったフールムーンが語りかける。
「諦めろ。この町はもう俺様のモノだ」
最早無敵と化した敵を前にしても、ヒーローは冷静だった。
「お前に勝ち目はない、え?そうだろう」
「違うなフールムーン、そんなことは絶対にありえない」
ヒートスターは先の一撃でパワーを失ったかのように思えたが、その瞳はマグマのように熱く燃えている。
そう、彼に諦めるという選択肢はなかった。今まで共に戦ってきた仲間のために、守るべき市民のために
そして、先代ヒートスターである父のために。絶対にここであきらめるわけにはいかない!なぜなら、彼はヒーローなのだから!
「次の一撃で最後だフールムーン!」
「面白い!やって見せろ!」
フールムーンがその鋭い牙をむき出しにして襲いかかる。スターヒートは目の前の魔物を睨み付け
その右腕にすべてのヒートパワーとみんなの思いを乗せ、一撃を繰り出した。
狼の額にぶち当たったその拳が、冷気で冷やされていく。無意味だったな、と笑った狼だったが
スターヒートが雄叫びを上げた瞬間、雲に隠れていた太陽が顔を出した。
「太陽が、そんなはずは...!」
「これが!思いの力だ、フールムーン!」
太陽の力を借りてパワーアップした彼の拳がついに!ついにあのフールムーンの額を砕き去った!
致命傷を受けたフールムーンに今だ!と必殺「スターオブファイア」を放つスターヒート!
街を恐怖に陥れた魔王は、跡形もなく蒸発した。
それが、ジャスティスタウンの正義と悪の物語の決着であった。
「ご熱心な回想どうもありがとう。アンコールはなしでお願い」
ところ変わってここはジャスティスタウンではない町の銀行。
元ジャスティスタウン警察の刑事マック・ドーナツは、強盗をとっ捕まえていた。
強盗の男は冴えないおじさん、という感じだ。
そんなどこにでもいそうなおっさんが、天井からがんじがらめにされ逆さにつられている。
「あの時はさすがのボクもブルっちまったよ。どうだ、懐かしいだろう」
中年太りのビール腹をさすりながら、目の前で不満そうに釣り下がっている男に問いかけた。
「そんなこといわれてもねぇ、刑事さん。オイラはただの銀行強盗、関係ないでしょ」
「それが大いに関係あるんだよ。そうだろう、お前たち」
ドーナツ刑事の周りには、かつてジャスティスタウンを守ってきた彼の同僚たちが目の前の悪党をけして逃がさぬように守りを固めている。
この強盗がジャスティスタウンの出来事とどう関係があるのだろうか?それはまだわからない。しかしこの男、ただの強盗ではない。この数年、様々な街で不可解な銀行強盗が多発している。誰もいない時間に銀行の大金庫を狙うのだが、仲間はおらずたった一人で開錠や運搬をこなすのだ。大胆な犯行にもかかわらず、男を捕まえられたのはこのドーナツ刑事と仲間たちのみである。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。ドーナツはいるか?」
「飽きた」
「そうかい?おいしいのに。まぁいい。前線から引いてわざわざこんなちんけな犯罪を繰り返す君を捕まえたのにはわけがあるんだ。単刀直入に言うよ。ジャスティスタウンが乗っ取られた」
吊られた男の瞳が光る。
「へえ、新たな敵ってやつかい。ま、新シリーズを始める時にゃよくある手だね」
「ああ、ボクもそういう展開は大好きさ。また大好きなヒーローの活躍が見れるからね。でも残念ながら新たな敵じゃない。みんなおなじみの奴さ」
「ほーう、雑魚キャラが昇格でもしたかい」
「街をのっとったのはほかでもない。スターヒートとその仲間たち。つまり、ヒーローが一転、悪役にというわけだよ」
男の口だけがすっと笑顔を描いた。その感情が驚きなのかどうかはわからない。ただ、果てしなく不気味な顔であることは確かだった。
ドーナツ刑事は続けた
「現地からの情報によると、あの決着から数か月もしないうちに起こった出来事だそうだ。
市長をさらい、街を閉鎖してその中心部を自分たちの基地に改造したらしい。何故そんなことが起こったのか。それはわからない、ボクは現役を引退した後だったし、情報提供をしてくれた人物には連絡がつかなくなってしまったんだ」
「そうかいそうかい、そりゃあ大変だ。他の街で新しいヒーローでも探したらどうだ?刑事さんよお。俺には関係の無い話だよ」
「どうだかな。いい加減人間のふりはやめたらどうだ、フールムーン」
一瞬沈黙が流れ、場の空気が凍る。
「何の事だか」
「しらばっくれてんじゃないよ。これまでの犯行の手口は、フールムーンが地球に来て間もないころの手口と一致するし、現場に残された小さな氷のかけらから昔採取したフールムーンの氷と同じ成分が出たんだ。どうやってあの状態から復活したのかは知らないし、ぶっちゃけ今も嘘であってほしいけど。ボクの勘と証拠が真実を物語っちゃってるわけ」
「もし仮にこの俺がそのフールムーンだったとして、あんたらは何しに来たのよ。まさかスターヒートから街を奪還しろってんじゃないでしょうね?やめてよそういうのは。いまどき流行らないよ、ヒーローに乗っ取られた町ならむしろ安全なんじゃないの」
ドーナツ刑事としても引くわけにはいかなかった。かつて守ってきた町、と言うのも理由の一つではあったが、それよりも一緒に戦ってきたヒーロー達が何故そのようなことをしたのかが知りたかった。
そして、もし彼らが正気でないのなら真の思いを取り戻してほしいとも思っていた。
しかしドーナツ刑事はただの人間だ。彼らの超人的なパワーの前ではなすすべもないだろう。
冷や汗が流れる。けして太っているから汗をかきやすいというわけではない、ここでこの男の心をつかまなければ、街も英雄たちも何も救えないのだ。
「スターヒートに太刀打ちできるのは唯一君だけなんだ。それとも何かい、かつてのような力を無くしてビビッてんのかい。だからこんなチンケな強盗なんかして、穏便に暮らしてやろうって魂胆か。月の魔物が聞いてあきれるね、なぁフールくん」
男の顔が、刑事の目の前にある。
「煽ってんのかよ。らしくねぇな」
「どうとでもとりたまえ。ボクだって必死なんだ」
男は無表情だった。や、怒っているのかもしれない。とにかく感情が読み取れない。
もしここで能力を使われたら、ドーナツ刑事では対処しきれない。
一か八かの賭けだ。
次の瞬間、吊られた男の笑い声が金庫にひびく。
周りの警官たちが男に銃を向けたが、そこにはもう吊られた男はいなかった。
凍って千切った縄が散乱するばかりである。
「なァんだよ、ドーナツちゃん。そんな焦んなくてもいいじゃない」
白い冷気が倉庫に立ち込める。ドーナツ刑事が男の影を探した。
「この俺様が簡単に辞めるわけないじゃない。魔王は天職だと思ってるよ」
揺らめく白の中に浮かぶ影。先ほどまでの男ではないとすぐにわかった。
氷で作られた鎧に身を包み、銀髪をオールバックにしたナイスミドル。
そうこの出で立ちの、この男こそが、かつてジャスティスタウンと世界を征服せんとした
「フールムーン」その人である。
説明しよう!フールムーンとは今から数十年前、突如として地球に降り立った月の魔王である!
氷を操る力や狼に変身する力などを持ち、そのカリスマ性から多くの部下を引き連れていた悪の象徴だ!
様々な悪事に手を染め、何度もスターヒートとその仲間たちと激突してきた!最終決戦でスターヒートにより倒されたように見えたが、実はバラバラになった氷の一つから復活していた!集めた金でパワー源である月の石を買い取り、ひそかに力をためていたのだ!
「ちょっと予定より早いけど、昔の友達の頼みとあっちゃあ断れないよォ」
「フールムーン、じゃあ」
「勘違いするんじゃないよ。俺は救いに行くんじゃない、征服しなおしに行くんだ。たぶん期待には添えないぜ」
「それなら、そういうことでいい。もともと君が素直に協力してくれるとは思ってないからね。
今君はフリーの悪役なんだろ?手下もいないはずだ。ご要望とあればこちらで精鋭をそろえさせてもらうよ」
「あのねぇおデブちゃん。俺って結構人徳あんのよ。心配しなくても呼んだら来るって」
「信用したいところだけど、そうもいかないみたいなんだ。君に近しかった悪役の生き残りをヒーローたちが攫っていったらしい。今確認されてるのだとスケアリードラゴン、キマイラメーカー、シャーククイーンの三体だ」
「嘘ォ、一応一番使える奴らだったんだけどなあ。ま、いいや」
ドーナツ刑事は今刑務所に入っている悪役たちのリストを調べる。
あまり使いたくない手だが今はなりふり構ってられない。
レベルの高い悪役を見つけ、こいつはどうだと顔を上げると
そこにもう彼はいなかった。
「情報提供ありがとう諸君。味方くらいこちらで探せるさ。
心配してくれてありがとう、あとはテレビの前で俺様の勝利を伝えるニュースを待っててくれ」
「ドーナツ刑事!ヤツが逃げました!野郎冷気になって出て行ったようです」
「ちくしょう金も持ってかれた!」
あわてる元後輩を見ながら、英雄と肩を並べて戦った敏腕刑事はドーナツをほおばった
「後は悪と正義の問題だよ」
そういって彼は倉庫を後にした。