23話
魔法学の時間。
「さて、授業を始める前に、萩田が言いたいことがあるそうだ。しっかり聞けよ」
俺は席を立ち、桜原を促して前に行き、言葉を紡ぎだす。
「……皆もわかっているだろう。最近の桜原に対する態度についてだ」
教室がざわつき始め、その後しばらく、ざわつきは収まらなかった。
……自分が苛立っているのがわかる。
俺はおもむろに杖を持ち、空中へ向けた。
「バースト」
本で読んだ呪文を唱える。
これは属性魔法の上位系統にあたるものだ。
ドンッ、という音を立てて空気が爆発する。
正確には、空気中の水蒸気だが。
一瞬で教室が静まり返る。
「……お前らは人の話も聞けないほど馬鹿なのか?」
腕に感触。
見ると、桜原が俺の腕を握って俺を見つめていたので、それで少し冷静さを取り戻す。
ふう、とため息をついてから一気に言葉を吐き出した。
「お前らは桜原をいじめたんだよ。個人の勝手な正義感や、大衆心理にのってな。いじめた理由も他人の色恋沙汰だ。そんなのは当人同士の問題だろ。他人が勝手に軽々しく口出ししていいものじゃない。しかも桜原は頼まれて藤井を助けていたんだ。たまたま石岡の好きな相手が桜原だったというだけで、何か問題があるか?桜原が石岡の気を引いたという訳ではないだろう?さらに言うとだ、桜原は告白を断ってるんだ。桜原に悪い点があるか?勝手な思い込みで、軽々しく人を傷つけるな!」
教室の人間は皆固まっている。
「わ、私は……」
桜原が口を開いた。
俺の腕を握っている手が震えている。
「私は、誰かが"やめよう"って言ってくれるのを、待ってた。私は、前の学校でも……いじめられてたから、怖くて、何もできない。……これを、見て」
そう言うと、桜原は俺の腕を握っていた手を離し、自分の服の袖をまくって、腕をあらわにした途端、教室がざわっとなる。
俺もビックリした。
「これは、私がこういう目に合っていたことの証」
桜原の腕は痣や傷でいっぱいだ。
もともとの色はとても白かっただろうに、その腕はまさにボロボロというしかないほどの惨状。
「……こういう傷は、体中にあるの。でも、それ以上に傷だらけの場所がある。どこだと思う?……心なの。裏切られるっていう気持ち、わかる?昨日まで信頼していた人が、次の日には手のひらを返して、敵になる。……人が怖くなった」
腕を服の中にしまい、自分を守るかのように桜原は自分の体を抱きしめる。
その目からは、今にも涙が溢れだしそうだった。
「……もう大丈夫だ。心配しなくていい」
俺は桜原にそう言い、軽く抱きしめた。
ふと気づく。
(ああ、こんなに小さかったのか……)
身長的な差は20cmほどあるだろうか。
桜原の体は小さく、細く、すぐに壊れてしまいそうだ。
言葉にするなら……儚い。
(こんなに小さい体で、たくさんのものを背負ってきて……)
軽く頭をポンポンとたたき、生徒の方へ向き直る。
「これから桜原を無闇に傷つけようとする奴は、俺が許さない。これ以上、桜原に背負わせるな」
教室は静かなまま。
「……先生、生徒会室に行ってます。授業が終わったら相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
「……ああ、わかった」
俺は桜原を連れて、生徒会室へと向かった。
生徒会室にて。
「先輩。相談したいことって?」
「ん?ああ。俺達2人だけでここで勉強できないかと思ってな」
「え?」
「あの教室には今は居づらい。ほとぼりが冷めるまで離れていた方がいいと俺は思う」
その後、先生と相談して、普通教科は俺が桜原に教え、魔法学は2人で勉強するという形にして、了承を得た。
こうも早く話がまとまるとは思ってなかったが。
そして、桜原は義理の家族と縁を切り、寮暮らしを始めた。
その手続き等は先生と相談しながら完了させる。
そうして、先生がこのことをクラスに伝えたことで、ひとまず問題はなくなったと思っていた。
だが、このことで1人、感情が別の方向に向いた奴がいたことを、俺達は知る由もなかった……。