7
「やっぱり、最初から装備をそろえたほうがよかったね」
「あぁ、そうだな。そのほうが闇の負担も減っただろうし」
「ごめんなさい、装備ないまま……」
「しょうがないよ、僕らも承知で誘ったんだから」
そんな事を話していると、目の前に現れたのはこの前私のヴァイオリンを蹴った人。
楽しげに別な人と話していて、私には全く気がついていない様子で……、このまま気づかれないように通り過ぎる事ができるか、と思った時だった。
「あ、お前ッ!」
隣を通り過ぎようとした時に、気づかれて腕を捕まれる。振り払おうとするものの、びくともしなくて……。
「離せよ、嫌がってるだろ」
すかさず、シルファーレさんが助けてくれた。
「いや、コイツ知り合いなんだよ」
「そうなのか?」
「違います、ただぶつかっただけです」
ヴァイオリンを蹴っただけでは飽き足らず、勝手に人の事を知り合いにして。
睨み付けていると、嫌なアイツはこちらが悪いとでも言うようにため息をついた。
「ハァ、まだヴァイオリンを蹴った事を怒ってんのか?」
「はぁ、なんだそれ!?」
「ああ、きちんと謝ったさ」
「謝ったらすむ話じゃないだろ! もう関わるなって事だ! おら、行くぞ」
シルファーレさんに手を引かれて歩き出す。その時、後ろになったアールグレイさんが、なんとも言えない暗い表情をしていたのが気になった。
宵闇さんのほうは、あの嫌な奴を睨み付けながら歩いていく。
私の事なのに、皆自分の事のように怒ってくれたのが嬉しかったけど、一つ気掛かりになるのはアールグレイさんの事。
さっきから、寂しそうな表情をしているのが気になった。
元々、そこまで喋る人ではなさそうだけど、ついさっきまで明るい表情をしていたからこそ、原因が気になる。
「何だよ、アイツ! 謝ったら全部チャラかよ!」
宵闇さんが、必死にこくこくと頷いていた。そのまま、怒った表情で建物の中へ入って行く。
「あ、ここが宿屋だ。借りなくてもいいけど、部屋には限りがあるから着替えにしか使っちゃいけないんだ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「着替える時は、きちんと鍵掛けろよ」
「はいー、わかりました。行ってきますね」
残った2人に手を振って、私は足早に着替えをすませた。
とは言っても、ローブを上から着て、ズボンを脱いで帽子と靴を替えただけだからすぐ終わる身支度だ。
せっかくここまで連れてきてくれたんだから、待たせては悪いと外へ出ると、不機嫌そうなアールグレイさんの声が聞こえてくる。
「あのさ、いつまで知らない子と一緒に居るの? もう、狩は終わったじゃん」
「お前さ、急に不機嫌になって凄く扱いが面倒なんだけど」
「ただ、下手に世話を焼くのが嫌なだけだよ!」
「それなら、お前の面倒も見なくていいな」
「なんでっ!? なんで、僕は幼馴染じゃないか。リア友だよ!?」
こっそりと覗いてみると、泣きそうな表情でアールグレイさんがシルファーレさんにすがり付いていた。
でも、シルファーレさんは凄く嫌そうな表情でアールグレイさんの手を振り払った。
何、何これどっちが受け? どっちが攻め?
もんもんと考えていると、気がつけば後ろには宵闇さんまで居た。
じっと二人の成り行きを見ているようだった。
でも、よくよく考えれば私が一緒に居るから、あの二人は喧嘩するんだよなとか考えると、急に悪い気がしてくる。
ただ、友達と一緒に遊んでいる感覚で一緒に居たから、あんなにアールグレイさんに嫌がられるなんて思っていなかった。
「あのさ、妹でもない小学生のガキの子守なんて苦なだけなんだ。妹の友達だから一緒に居るだけ。わかってるか?」
「なんで、なんでそんな酷い事言うの!?」
ボロボロ泣き始めたアールグレイさんを見て、止めに行こうとしたけど宵闇さんに引き止められた。無言で首を横に振るから、じっと終わるまで待つしかないらしい……。
「お前がアリアに言った事をそのまんま返しただけだよ」
「あの人はっ、さっき会ったばかりじゃないか! 僕等の時間はもっと長いよ!?」
「時間の長さなんて関係ない。それに、俺等だってアリアの演奏のお陰でレベルがよく上がったんだろ?」
「あれは、アイツが勝手にやってただけじゃないか! 皆恩恵は受けてたよ!」
「誰にでも優しい人間と、自分の都合のいい人間にしか優しくない人間。俺は前者を取るね」
アールグレイさんは、泣きながら消えていった。その後、宵闇さんは謝るような仕草をするので、私は首を横に振った。
急な事すぎて、私には理解ができなかったけど、あれでよかったのだろうか? とちょっと引っかかってしまう。
とりあえず、わかった情報と言えば、宵闇さんは女の子で小学生。たぶん、アールグレイさんも女の子で小学生だ。
でも、小学生があんな台詞を言うなんて……、今の小学生は凄いなぁと感心してしまう。
「おー、戻ったか。1名抜けたけどまぁ気にすんな」
「んじゃー、壁の剣士でも探すー?」
「それもいいかもな。募集するかー」
普通な調子に戻った二人を見て、とても引っかかってしまう。
「あ、あの……アールグレイさんはいいんですか?」
「ああ、気にすんな。いつもの事だし」
「ちょっと、あの子は訳有りなんだよ。ね、兄さん」
「まぁ、そういう事だ。次ログインした時にでも謝ってくるだろ」
金髪で天使みたいな外見のアールグレイさんだけど、意外とヤンデレっぽい所を見せ付けられて、案外黒いコートに赤い髪の中2病っぽい格好をしたシルファーレさんが一番まともな人なのかもしれない。
宵闇さんに関しては、とても明るくて人懐っこい子だ。こんな子だからこそ、アールグレイさんとも仲良くなれたんだろうと納得してしまう。だって、私と仲良くなってくれた子も宵闇さんのように明るい子だったから。
全身濃い紫で固めたダークな感じの宵闇さんだったけど、服のセンスといいこの兄弟は似ているなと思う。
「そうだ、アリアちゃんってオシャレしないの?」
「オシャレ、ですか……」
「うんうん。せっかく可愛いんだから、もっと可愛い服着たら?」
「今の服も結構可愛いと思いますよ?」
「うーん、そうかなー?」
「微妙、ってかダサいな」
少々気に入ってただけに、ストレートに言われて心が傷つく。
真っ白なローブで、模様なんて何もないけどそこが素朴でいいんじゃないか。
「なんていうか、ダサいパジャマって感じだな」
「うん、そうだよね」
「黒ずくめ兄弟に言われたくないです!」
「おー、言ったな? 結構センスは良いほうだぞ」
黒ずくめ兄弟は、私を引っ張って走り出した。
「ほら、早く!」
「わわっ、待ってくださいよ!」
2人に引きずられるように、私は走り出した。