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「アンタがなんで、そこまでヒーラーに対してネガるのかは知らないけど、論破すればそれが全て正解だなんて思わないでね。やりたいからやる、それに理由なんてあるの? それを言っちゃえば、アンタこそヒーラーのないゲームをしてみたら?」
ミルキーさんが全て言い切ると、男の人は大きく声を上げて笑い出した。驚いて目を見開いた次の瞬間、男から黒猫の姿に変わってしまう。
「おみゃーら、合格にゃー! 僧侶になる資格をくれてやるにゃー!」
「ど、どういう事なの?」
「これは、転職しけんにゃー。この列に並んだ時から、もう既に試験は始まってるのにゃー」
「言っとくけど、私は別にアイドルになりたいんじゃないからね。そもそも、楽器なんてできないし、音痴だし」
「わかってるみゃー。ヒーラーが回復ポットの代わりと思われていないか、それの調査も入ってるみゃ」
「動く回復ポーションかー。そういう考えって、結構前衛がしているものよ」
「ヨークわかってるみゃー。そっちのほうは、脱落者が大勢で困るんにゃ」
目の前に居た人達は、ぺたりとその場に座り込んでしまう。きっと緊張していたんだろう。
「まぁ、おみゃーらはほとんど、そこのアイドル志望の試験に巻き込まれよーなもんにゃー」
「そ、そうなんですの?」
「そうにゃー、まぁソーサラー志望の奴まで巻き込む予定はなかったんにゃよ。お前の試験は別にゃ」
「あら、さっきの試験でいいんじゃないの?」
「別々、別にゃー。お前はきちんと属性を把握するかチェックするにゃ」
「なんだー、つまんないの」
「つべこべ言わないみゃー」
ミルキーさんは、黒猫試験管に連れて行かれてしまって、最後に残ったのは私達のみ。
「私達は、まだ転職できてないみたいですわ」
「そうなの? ってあれ、私は僧侶になってる」
「仕方ないね、あれはアイドル志望の僧侶試験なんだから」
「あれ? 私達だと、吟遊詩人のテスト楽にできるのかも!」
「そ、そうですわ!」
きらきらと目を輝かせ始めるけど、現実はそう甘くは無い。
「転職した後、きちんと演奏を披露して相手に納得してもらわないと、JOBLvは上がらないんだよね」
「そ、そんな……」
苦笑するけど、ここで黙っておくより今言ったほうがどうにかなる。今から練習して上手くなる人だって、居ないとは限らないし。そう考えて私は立ち上がる。
「転職が終わったから、私はLv上げしに行くね」
「はい、行ってらっしゃいませー」
皆に手を振ると、足早に馬車に乗る。今度相席になったのは、魔法使いの人2人んと僧侶が1人。全員女の子だ。
皆、特に会話する様子もなく私もじーっと外を眺めていた。
外には楽しそうに狩をしている人達が見える。
モンスターも、若干プレイヤーとじゃれているようなものも居て、本当に無邪気だ。
でも、実際の所モンスターの死ぬ所がそこまで精密な描写ではなくて、ただ消えてしまうだけだから死んだという実感はない。
メルヘンチックな世界観だから、そこがいいのかもしれないけど、意外と人物の描写はリアルで、本当に現実に居そうな人まで居る程だ。
そうして、外をじっと眺めていると、馬車の旅は終わる。皆、何も会話する事もなく終わってしまい、ちょっと寂しく思った。でも、自分も喋らなかった事を思えば当然の結果なんだろう。
そんな事を思いつつ、パーティーを募集する為に一度城中央へ行くと、先程の人達が全員そこでパーティーを募集していた。
私も、パーティーを募集する為、いつもの看板を立てて、内容はきちんとパーティー募集と弾ける演奏の内容も書いておく。ちなみに、ダンスは恥ずかしいから書かない方向で……。
そうして、昨日練習したButterflyを弾き始めると辺りには人で囲まれてしまう。弾きおえた時には、何人かの人からパーティー要請がきて、少々困ってしまった。
1つのパーティーは少々Lvが高いという事もあって、そっちに付いて行く事に決める。
一人は、剣士のアールグレイさん。もう一人が魔法使いの宵闇さん。最後に弓手のシルファーレさん。パーティーに参加できるのは4人までだから、これでフルPTだ。全員男の人達で、会話を聞いている感じだとお友達パーティーにお邪魔してしまった様子だ。
奥のほうでは、さっき相席した人達が、パーティーを組んでいた。
「へー、お前吟遊詩人と舞姫のLv上げは終わったのか」
「はい、そうなんですよー! 後は、この僧侶だけでいいんです」
「よかったねー、丁度いいタイミングでこれて!」
「そうだな、なかなか吟遊詩人なんて捕まえられないからな」
「俺等はいいけど、アリアさんはいいのか? アリアさんの実力なら、もっと強いパーティーに入れたはずだし」
「そんなの別にいいじゃん」
「でも、吟遊詩人が居ないと狩に行けない上級者が増えてるって」
「まぁまぁ、俺等もすぐに上級者の仲間入りしちゃえば問題ナッシングって奴で!」
不満そうな顔をする宵闇さんの横で、気にされている私は初めてのパーティーに嬉しさを感じていた。フレンド申請なんて、パーティーと組むと同時にしてもらえたし、次から定期的に組んでもらう相手になってもらえそうで、こちらとしてもとてもラッキーだ。
「それに、僧侶の時は僧侶のスキルを使わないとJOBLvは上がらないぞ」
「そうなんだ?」
「ああ、大体の吟遊詩人は街中で演奏してJOBをカンストしてるから、ほとんど僧侶からスタートが多いぞ」
「なんだ、それならよかった」
全員が納得した所で、さっそく狩に行く事になった。私達が歩いていると、さっきの馬車で一緒になったパーティーも後ろからついてきている様子で。もしかすると、一緒のLvなのかななんて思いつつも自分のパーティーに付いて行く。
そうして、数分たてば後ろから付いてきていたパーティーは別な所へ行ったらしく、誰も付いてきてない状態だった。
「んじゃここで始めるか」
その場所は、枯れ木が生い茂る恐々とした草原の中で、モンスターもどろどろとしたゾンビのような敵ばかり。
それが、全員のっそりのっそりと襲ってくるのだ。
「最初のフレーズだけでいいから、情熱大陸と星に願いをな」
言われたとおり、最初に歌詞に入るだろうかのという所の少し手前で止める、3人は武器を構えた。そうして、アールグレイさんが大きく武器を振り回すと、大勢の敵がアールグレイさんのほうへと押し寄せていく。みるみるうちにアールグレイさんの体力が減っていく。もの凄い速さだ。
「かの者に癒しの力を与えよ、ヒール!」
何度も何度もかまずに、正確に素早く唱え続けながら、迫りくるモンスターから逃げてとしていると、自分のMPが無くなりかけている事に気が付いた。
『このゲームにポーションなんてあったのかしら?』
そのミルキーさんの声を聞いて、私は回復が無くなる事を実感して震え上がる。その時だった、一瞬で私のMPが回復されていき、私は次の詠唱を唱える事ができた。
「おい、きちんと半分で回復させろよ!」
隣に居る宵闇さんも必死になってヒールを唱えつつ、MPヒールを唱えていた。MPが回復していくのは宵闇さんのおかげだったらしい。
その後、喉が枯れそうになるまでヒールを唱え続けた。足なんてもう逃げ回りすぎてガクガクになっているけど、攻撃を受けるわけにはいかなくて必死に逃げ回る。
だって、攻撃を受けたらそのぶん自分にヒールをしなければならない。そうなると仕事が増えるからだ。
私と宵闇さんは、ただひたすらヒールを唱えていた。杖を持たずに楽器でヒールしている私の回復はほとんど小さいらしく、主力のヒーラーは宵闇さんだ。だから、宵闇さんがMPヒールを唱えている間に頑張ればどうにかなる感じだった。
そうして、ヒールを唱え続ける事数時間後。宵闇さんの喉が完全に潰れて、上手く詠唱ができなくなった事が合図だったかのように、一気にアールグレイさんの体力が削れていく。私のヒールでは間に合わないのは一目瞭然なので、アールグレイさんが剣を振るのを止めて、やっと狩が終了になった。
「あー、アリアちゃんの装備揃えに行こうかー?」
「そうだな。そうでもしないと闇の喉が持たないだろうし」
完全に喉が潰れた宵闇さんは、のど飴を舐めながら必死にうなづいた。
「えーと、こいつのBASELvは5か。ここのドロップだけでいい装備が作れそうだな」
「このメンツで一番DEX高いのは……」
「もちろん、俺だ。……ほれ、出来たぞ。最高級品の装備一式だ」
そう言われて手渡されたものの、ここで着替える場所なんてあるわけがなくて。何処かに着替えるボタンでもあるんだろうかと思って、必死に探す。
「何してんだよ、さっさと服脱げ」
「え、えぇ!?」
宵闇さんが慌てて2人を遠くに連れて行ってくれたものの、アクティブモンスターも居るこのマップで着替えろなんて、あまりにも無謀すぎた。だって、仲間が居なくなったとわかった途端、モンスターたちが凄い勢いで私のほうに走り出してくるのが見える。
慌てて、皆が走って行ったほうに逃げると、そっちも戦闘状態真っ只中だった。
必死に、ヒールを唱えようとする宵闇さんがとても痛々しい。
「かの者に癒しの力を与えよ、ヒール!」
アールグレイさんやシルファーレさんも攻撃を受け流すのが必死で、なかなか攻撃態勢に入れない。
「や、やっぱりいったん町に戻ろう!」
「闇、帰還呪文を作れ!」
宵闇さんは、必死になって杖で魔方陣を書き始める。そして、完成したと同時に、私は宵闇さんに引っ張られて魔方陣の中へと足を踏み入れた。
その瞬間だった。辺りは白い光に包まれて、気が付けば城の中央に立っていた。
「闇は、ここでのど飴でも舐めとけよ。俺は着替える場所まで案内してくるから」
すると、闇さんは必死に首を横に振る。
「何もしやしねぇって、すぐ戻ってくるから」
そう言われても、闇さんは必死に首を横に振り続ける。
「何だよ、信用できないってか?」
そうすると、闇さんは必死になって首を縦に振った。
「おい、闇。マジで弓で射られたいのか」
闇さんは、私の後ろに隠れる動作をするものの、仲良しのじゃれ合いみたいなもので、2人とも仲よさそうに笑いながら喋っていた。
「ほら、二人とも遅くなるよ? 早く宿屋へ行こう」
「そうだな、ついでに闇の喉も直すか」
そんな感じで笑い合いながら宿屋へと向かうんだけど、そこでばったりと出くわしたのは……、ついこの前私のヴァイオリンを蹴り飛ばした張本人だった!