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ライブ会場を探し始めた私は、狩場へ移動するちょっと前のマップで演奏する事に決めた。
『よければ、チップお願いします』と看板に入力して、足元に空きビン、近くに楽譜を置いて座れば準備スタンバイ。目標はスキルレベル3。
演奏をし始めると、先程の魔法使いミルキーさんが私の目の前を通る。ミルキーさん以外は、剣士の人が3人程だった。
楽しそうに話すミルキーさん達を見て、羨ましいと感じながらも私は千本桜を弾き始める。そこは丁度冒険者の出入りが激しい場所だったみたいで、何度か目の前を通って戻って行く人が増えてきた。そういう人は、必ずチップをくれるから非常に美味しい。
そうして、ずっと弾き続ける事30分くらいでスキルレベル3になった。私は、念願のヴァイオリンを手に入れる為に荷物を片付けて移動しはじめた。後ろのほうでは、出戻りしてた人が辺りを見渡して私を探している様子だったけど、去って行く私を遠くに立っていた私を見つけると諦めた様子で狩マップへと戻って行く。
その様子を見送った私は、ヴァイオリンを探すためにお店が多く立ち並ぶ商店街を歩き始めた。そこには、様々な武器が売られているものの、一通り見たけどヴァイオリンなんて売っていなかった。
「すみません、吟遊詩人用のヴァイオリンなんてありませんか?」
「ヴァイオリン? あー、作れるよ。いる?」
「あ、はい! おいくらですか?」
「いらない楽譜含めて、3,000Gでどう?」
出された楽譜を見ると、殆どヴァイオリンで弾ける楽譜ばかりだった。
Butterfly――防御アップ
星に願いを――魔法攻撃アップ
情熱大陸――物理攻撃、物理攻撃速度アップ
チップ箱の中を見ると……、2,500Gしか入っていなかった。
「あー、足りないね。まぁ、売れないしそのお値段でいいよ」
「ありがとうございます!」
その場でヴァイオリンを作ってもらい、商品を貰うと足早に元の場所へ戻る。
その途中、NPCがヴァイオリンを500G、さっきの楽譜は全部10Gで売られている所を見つけてしまった……。
手渡されたヴァイオリンと楽譜の違いは見当たらず、肩を落としながら歩く。
仕方なく、さっきの場所で情熱大陸でも弾こうかと思って楽譜を広げると……、どうやら楽譜のレベルが書いていない事に気がついた。千本桜のほうには、きちんと『Lv1』と書いてあったので、さっきのNPCの所へ戻って確認すると……、全ての楽譜にLvが表示されていた。ユーザーから買った楽譜はLv表示はないらしく、ヴァイオリンのほうもLvが表示されていなかった。
しかも、ユーザーから買ったヴァイオリンには色々効果がついており、吟遊詩人に必要なINT《魔法攻撃》が上がるという素晴らしい能力だった。
喜びながら、さっきの場所に戻って情熱大陸を演奏じはじめると……、JOB(職のレベル)のレベルもぐんぐん上がる。ちなみに、ジョブが上がると使えるスキルが上がり、BASEが上がると振れるステータスポイントが増える。一部の職はスキルを使うだけでJOBが上がるものの、モンスターを倒さなければBASEは上がらないらしい。
曲が情熱大陸に変わったせいか、チップをくれる人もどんどん増えていく。そうして、自然と私の近くでパーティーを募集し始める人も出てきた。ほとんどの人は、前衛を求める魔法使いで、吟遊詩人の姿は見えない。
そして、Lv3だったJOBがLv25になって、30のカンストまで近くなった頃だった。
「わたしー、この吟遊詩人さんより色々弾けますよー!!」
1人の人が、私を指出しながら大声で叫び始める。あまりにも大きな声で叫ぶものだから、演奏の効果が薄れてしまっていて、他の人達は迷惑そうに眉を寄せた。
「パーティー募集中でぇぇぇーっっす、わーたーしー、この人よりいっぱい演奏できまぁーす!」
まだ私が情熱大陸を演奏しているにも関わらずに、その人はフルートで千本桜を演奏し始めた。辺りに不協和音が響き渡り、とてもじゃないけど私は演奏を続けられそうにない。
「はぁ」
ため息を付くと、チップビンと看板を撤去して場所を移動するために歩き始めた。他の人達もさっきの吟遊詩人さんを睨み付けながら様々な場所へと移動して行く。遠くから、音の外れた千本桜が聞こえてくる。……一体、どうやってたの人は吟遊詩人になったんだろうと不思議に思った。
そして、ふと隣の露天を見ると、吟遊詩人転職書なるものが置いてある。
「これは?」
「ああ、それ? 吟遊詩人の難しい転職クエストをパスできるんだよ。とは言っても、それ使って転職できたって、結局演奏者の実力がなければステータスにマイナスのデバフがつくんだ。――お前さん、自分のステータスアイコンは表示してあるか?」
「表示して無いですね……」
「その分じゃ、名前も表示してないんだろ? ゲームのオプション設定を見て、名前や他人のHPとか全部表示させてみろ」
言われたとおりオプション設定を見ると……、目の前の露天を運営していた人の名前が表示される。
Mr.アマツキという人らしい。
NPCっぽい感じの名前だけど、プレイヤーのアイコンが表示されていた。
そうして、画面上に青い靴マークが表示されている。
「青はダウン、赤はアップだぞ」
「じゃあ、今は移動速度ダウン中ですか」
「そうだな、解除したきゃ演奏を聴いてアップさせるか時間を待つかだな」
そう言われ、私は荷物を置くと鞄の中からヴァイオリンを出して、構える。
「なんだ、お前は転職書いらないじゃないか」
売ろうとしていたらしく、少々嫌な顔をされたものの私は千本桜の演奏に入る。
やっぱり、フルートよりもヴァイオリンのほうが弾きやすくテンションも上がる。楽譜を追いながら弾いているものの、ついつい楽しくて、そこが露天の前だという事を忘れて全て弾きとおしてしまった。
「そうか、お前は実力で転職したんだな」
嬉しそうにはにかむアマツキさんを見て、ついつい嬉しくて舞い上がる。
「えぇ、そうなんですよ。きちんと合格しました!」
「そりゃ凄いなぁ」
『Mr.アマツキさんからフレンド申請が着ました』
「あ、よろしくお願いしますね」
「おー、よろしくな。って、まだLv1なのか。もうちょい上になったら組もうな!」
「はい、是非! そうだ、アマツキさん。もしよければ、何処でパーティーを募集するのか教えてもらえませんか?」
「んーっと、αの時には町の中心にある大きな樹の近くだったな」
「そうなんですか、ありがとうざいます。そこへ行ってみますね」
「おお、頑張れよー! そうだ、PT募集の際は、弾きながらしたほうがいいぞ。やっぱり、演奏できない吟遊詩人ばっかりだと思ってるからな」
「はい、教えていただいてありがとうございます!」
ヴァイオリンを抱えて走り出すと、よく見ていなかったせいか、見知らぬ人とぶつかってしまう。すぐに謝ったんだけど、ぶつかった人は私を一睨みするとヴァイオリンを蹴飛ばして行くのだ。慌てて拾いに行ったけど、何処にも傷はなく無事な状態だった。自分が悪かった事は理解しているけど、突然すぎる事に胸が軋む。一応、あちこち調べて音も確かめたけど、何処も可笑しい所はない。ここがゲームで助かった。
「おいおい、大丈夫か? 何も突き飛ばしたりしなくていいのにな」
遠くから見ていたアマツキさんも助けてくれて、全然大丈夫だったけど、どうも引っかかってしまう。いくら、リアルでも根暗生活を送ってきた私だからって、リアルであんな苛め的な行動はされた事がない。自分がいきなり走り出したのが悪いと自分に言い聞かせながら、パーティーが盛んに募集されているという広場に出向く。
「おいおい、知ってるか? きちんとした吟遊詩人がここの近くで演奏していたらしいんだ」
「ほー、あの下手な奴以外に居たのか?」
「そうなんだよ、あの下手な奴が演奏する前は、その凄く上手いヴァイオリニストだったんだ」
「ヴァイオリニスト、ねぇ」
話している一人は、さっき私とぶつかったあの男だ。
絶対に関わりあいたくないから彼等が居る方向と正反対の場所にチップ箱と看板を処置する。
もちろん、看板にはパーティー募集中の文章も入れた。
弾く音楽は、星に願いを。
さっき、散々情熱大陸は弾いたし、Butterflyは弾いた事のない曲だから要練習って事で。
準備を終えてヴァイオリンを構えると、他の人達は嫌そうな顔をして眉をひそめるのが見える。――そんな顔しなくてもいいのにな、なんて少し嫌な風に考えながらも音楽を弾き始める。
すると、先程まで遠くへ逃げようとしていた人達が驚いた表情で私の周りへと集まってくる。その中には、さっき私にぶつかった人も居たから、睨み付けるときまづそうな表情で別な所へと行ってしまう。
その後、曲を弾き終えた後に近くに居た人が声をかけてくれた。何と同じLv1らしく、一緒に組もうというお誘いだ。
相手の人は、魔法使いの女の子。
いい人に巡り合えたな……、そう思いながら歩いて行くと……、そこにはさっきのヴァイオリンを蹴飛ばした男が立っていたではないか。
「あ、あの、なんでこの人が?」
顔の筋肉が引きつるのはしょうがない。頑張って笑顔になろうとしているんだけど、それが裏目に出たのかますます引きつってしまう。
「あ、私じゃなくて、この人達なんですよー。私は、頼まれただけでして……」
「な、なんでそんな……」
「断られるから、らしいです」
「断りますよ!! 楽器をあんな雑に扱う人なんて!」
「どうせ、たかがゲームだろ?」
「ゲームだろうが、リアルだろうが楽器を雑に扱う人は絶対無理です。他をあたってください」
音楽が大好きで、色々な楽器に手を出してる自分としては、これだけは絶対許せない。ど田舎にピアノを置いている家庭だろうが、きちんと弦を齧られたらそのままにするのではなく専門の人に修理をしてもらうのもとても大切な事だ。それが出来ないなら、最初から楽器を買うなと言いたい。それだけ、楽器の取り扱いに関しては拘りがある。
「いや、だからあれはお前がきちんとした吟遊詩人だって知らなくて……」
「きちんとした人でなくても、きちんとした人でも楽器を大切に扱える自由はあります。大切な楽器をぞんざいに扱われたらそれは怒ります。帰ってください」
せっかく、いい気分で弾き始めていたのに気分は台無し。イライラしてくるし、今日はログアウトして現実でヴァイオリンでも弾こうかという気になってきた。
よくよく考えれば、ゲームにかまったままで楽器の調律でもしないとなとか考えながら、ログアウトした。