第四章「トラベラーズ・ヘルパー」
「あ、ドリーマー!…こんばんは。…あのところで…」
「ええ、何故、あの月夜の草原を渡り、デパートの入り口に入ることなくここに来れたのか…ですね?」
「はい」
ドリーマーは新崎が聞かんとしていることが分かっていたようで、簡単に答えた。
「それは…貴方の『バーコード』が関係しています」
「『バーコード』?…でも、現実世界では効力も何も…あっ…」
新崎はそこまで考えたところで、ある疑問に辿り着いた。
それは
「何故、現実世界の身体に『バーコード』が刻まれていたのか」
である。
「夢屋」は夢と夢をつなぐところであってもはたから見れば、あくまで夢の世界であり、幻想の世界に他ならないはずだ。
それならば、何故、その世界で起きたことが現実世界でも生じたのか。
それをドリーマーに聞くと。
「言ったじゃないですか…。『あなたと貴方以外の深層心理の世界であり、そして現実世界と無限に増え続ける夢の世界とを繋ぐ仲介地点でもあります。』って。…お忘れになられましたか?」
とドリーマーは肩を竦めて、答えた。
「で、でも、そんなの、あまりにも常識外れだ。…あり得ないですよ。…いや…『夢』を買えて、売れて、体験できる…ってこと事体がすでに『常識外れ』…か…」
反論しようとして言葉にすると、これまでのあまりにも現実離れした出来事が脳裏にフィードバックした。
「ええ、世の中、その『あり得ない』出来事がたまに、さも当然のように起きることがあるんですよ」
新崎にはそう言うドリーマーが何故か顔がないのに、淋しげに見えた。
ドリーマーは「さて」と話題を変えるとレジカウンターに向かい、一つの包装されたモノを持って新崎のもとに戻ってきた。
「あっ…それ」
「はい、…これは貴方がお買いになられた『夢の結晶』です」
その夢の名は確か、「レイオンズ・フィールド」だったはずだ。
ドリーマーは新崎にその結晶を手渡し、包装紙を外すように促した。
彼は頷き、その包装紙を外す。…すると、蒼々しく輝く水晶が現れた。
それは何度見ても壮麗で美しく、そして何とも言い表せないほど神々しかった。
ドリーマーは包装紙を外したのを確認すると言った。
「それに右手で触れてください。諸注意については『レイオンズ・フィールド』内でいたしますので」
「はい、分かりました」
新崎は頷き、右手でその結晶に触れる。
すると、結晶とバーコードから光が迸り、一際大きく明滅して次第に連続し始めた。
強過ぎるその光に眼を閉じる。
新崎はその結晶の光に包まれ、吸い込まれて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
気が付くと新崎は舗装された林道に立っていた。
前方は青々した草原で、遠方に高く聳えるグレーの山脈が見える。
空を見上げれば夕刻のようで、橙色に染まり、また空を千切れ雲の群がゆっくりと東から西へ風に乗って流れていた。
彼は歩き始めた。
風は冷たく、ゆったりと吹いている。
林道の両側、林の群生地からは鳥の鳴き声だろうか、それとも他の動物の鳴き声だろうか。…どちらにしても聞き覚えのない鳴き声が聞こえた。
とは言え、自分の生まれ育った場所自体が自然豊かな所ではないため、もしかしたら自分が知らないだけの動物なのかもしれない。
などと考えていると、林道を抜け、広々とした草原に出た。
夢屋に来る途中にあったあの草原と比べ、石を含んでいるのか多少硬かった。
「うーん、似てると思ったんだけどなぁ…」
少し残念だと思ったが、
「まあ、環境が違えばそうか」
と納得した。
のんびりと歩き続け、巨大な山脈に近づいているために荒地を進むことになった。
前方には山と山の中間、もしくは一つの洞穴があった。
その空洞は光など一点もささない完全なる闇に満ちていて、奥行きなど分かりようがない。
普通ならここで恐怖を覚え、引き返すだろう。
しかし彼は酷く高揚した。そして、酷く「懐かしく」感じた。
何故なのだろう。
ここに来るのは初めてのはずだ。
ならば、「懐かしい」などと感じることはないはず。
ここまで考えて彼は夢屋での出来事を思い出した。
「この夢を買った時、酷く懐かしく感じた…。…自分は『この世界』(ここ)を知っているとも思った。…何で?」
「おーい、そこの人〜!」
思考を巡らしていると、後ろの方から少し高めの女性の声が聞こえた。
振り返ると派手なフリルが印象的のワンピースを着て、金髪にパーマをかけた、ぱっと見、10歳代の女性が手を振りながら走ってきた。
彼の前で立ち止まると両膝に手をついて、息を整えながらこう忠告した。
「危ないよ、その中」
「え?」
聞き返すと、彼女は言った。
「その洞穴は『龍の御わす聖なる洞穴(Dragons dwell in a covern)』って呼ばれてて、その名の通り、龍が住んでいて、出口を守っているの。…それも数頭ね」
「…龍?……マジか…」
「ええ。…私としては危ないから引き返して別ルートで『ラゲラス』を目指した方がいいと思う」
「ラゲラス?」
そう聞くと彼女はため息を吐いて、
「『ルミナス』と呼ばれる探検家達が集う街のこと」
と簡単に説明した。
「探検家?…と言うか街があるんだな」
「あんたまさか…ちょっとその右手見せて」
「え?…ちょ、まっ⁉︎」
彼女は何かに気付いたようで彼の右腕をグッと引っ張り、無理矢理彼の右手を出させるとその甲を見て、
「ああ〜、やっぱね。…当たりだったわ…ねえ、『購入者』?」
呆れた顔をして、そう訊いた。
「……そう言う貴女は?」
訝しげに問いかけると彼女は小さく笑って、こう名乗った。
「『トラベラーズ・ヘルパー』ってこの世界で呼ばれてるわね。…情報を提供する代わりに対価として『夢』を頂くの」
彼はそれを聞いて、ドリーマーと似てるな…と思い、
「ドリーマーって知ってるか?」
と聞くと、
「ドリーマー…ああっ!…あいつね。…久しぶりに訊いたわ」
と楽しそうに彼女は笑った。
「あいつ、元気にしてる?」
彼女から訊かれると彼は腕を組んで考えながら、
「うん。…でも、たまに…うーん、なんて言うんだろう?…淋しげ…かな?そんな色を眼に浮かべるんだよ…なんで?」
「そうね。…強いて言うなら、私たちが『夢の渡り人』だから、と言うのが妥当でしょう」
「『夢の…渡り人』?」
どう言う意味なのだろうか、全く見当がつかない。
訊いてみると、
「そうね。…簡単に言えば、実体がなく、元の身体もわからない、幽霊みたいな存在、かな?」
実体がなく、元の身体もわからない?…では、なんで、君はドリーマーと違って人間の姿をしてるんだ?…辻褄が合わないため、わけがわからない。
「ごめん、全く理解できない」
「だったらとても簡単に、…うーん、なんていうのかな?…『同業者』?…でいいわよ。…ドリーマーや私以外にもいろいろいるしね」
「『同業者』っか…うん、わかった」
彼女は新崎が頷いたのを確認すると、後ろ髪をばさりと一度、かきあげて、
「じゃ、普通なら最初に対価をもらってから情報を渡すんだけど、今日は特例でいいわ。先に言って。…何か買いたい情報ある?」
と言った。
「え?…いいの?」
「ええ、ほら早く。…私も暇じゃないのよ」
「えーと、じゃあ…」
新崎は腕を組んで、少し考えると
「じゃあ、龍の弱点を教えて」
と言った。
すると、彼女の眼が大きく開かれ、
「なっ⁉︎……龍と…戦うの?」
「え?…ダメなの?」
キョトンと首を傾げる新崎に彼女は
「ダメなのって、数頭いるって言ったじゃない!…一頭だけでも鉄塊を一撃で破壊できる威力を秘めた鉤爪を持っているのに…」
呆れるなんてレベルではなく、本当に彼の身を案じているのか、必死に忠告する。
だが彼は
「ええ?…弱点さえ分かればそこを突けるし、どんな生物にも死角があるはずだからそこに回り込めば逃げられるしね」
と言った。
「……………」
彼女は数秒、眼を閉じて、後にゆっくりと眼を開くと
「分かった。……でも、弱点を知っていても確実に勝てるなんて驕らないで…それをしたら、死ぬのは必至だから」
と宣告した。
彼は彼女の一点の曇りもない瞳を見据えて、頷いた。
「了解。…約束するよ。…それで、弱点は?」
「側頭部。…一頭一頭の大きさはさほど大きくないから、…大人の男性くらいだとでも思っていて」
「分かった。…ありがとう」
彼は頭を下げて、御礼を言うと、
「対価はどれくらい?」
と訊いた。
すると彼女は
「……眼を閉じて」
と言った。
彼はそれに従って眼を閉じる。
刹那、パキンと指を鳴らす音が聴こえた。
徐々に何かが抜けていくような、何かを忘れてしまうような、そんな気が心の奥底で感じられた。
そして、そんな感覚が永遠に続くように思った時、「トラベラーズ・ヘルパー」の声が聞こえた。
「いいわ。…眼を開けて」
新崎はゆっくりと眼を開ける。
すると、
「貴方の夢には穢れや曇りがないわね。…綺麗……」
と彼女は新崎から引き出した『夢』の始源に見入っていた。
「夢にも穢れや曇りってあるの?」
聞くと、彼女は空を見上げて、「ええ、そのような夢は大抵、構成した者の憎しみや悲しみをそのまま色濃く引き出されて、その世界を『表現』してしまう。…特に酷いとひび割れているものね。…それはもう悪夢よりも淀んでいたわ」
と悲哀に満ちた声で言った。
さらに彼女は
「私は……『夢』が好きなの。…だから、穢されたものなんて見たくないし、買い取りたくもない。…でも、商売上、やらなきゃいけないから、…少し辛いわ……」
と苦笑し、心境を明かす。
新崎は軽く頷き、
「……そっか。…大変…なんだな」
「ええ」
そして、彼女は
「では、もう行きなさい。…貴方の『夢』を全うするために。…そして、…精一杯、この世界を『楽しん』で」
と促すと同時に頼んだ。
新崎は
「うん!…分かってる。…必ずだ!」
と大きな声で叫んだ。
彼女はそれに対して、礼を言った。
「……ありがとう」
と。
こうして、彼らはお互い背を向け、歩き出した。
彼女は何処か遠くの人に情報を売るために、新崎は己の夢を全うするために。
そして、新崎は暗闇に満ちた洞穴の中へと入って行った。