第一章 「2」
新崎はドリーマーのこの店に関することを聞き、説明を受けていた。
「ここはざっくり言えば、あなたと貴方以外の深層心理の世界であり、そして現実世界と無限に増え続ける夢の世界とを繋ぐ仲介地点でもあります。…それから、その数多にある夢はファンタジー、ミステリー、恋愛、ホラー…などとジャンル分けされております。…さて、最早ご覧になられたと思いますが色々御座いますでしょう?…夢とは本来、世界中の人々が心の奥底でお創りになるもの。しかし、中にはヒト以外の生命がお創りになることも。…ですので、その時々によってその夢の内容がガラリと違うのです。…そしてもちろん、先ほども申し上げましたようにこの世界(此方)は現実の世界(彼方)と違います。…はい」
つまり、このデパートや外の景色は現実から隔絶されたところにあるようだ。
ということはドリーマーや老朽化した外見の建物の中が新築同様のデパート…と言った不思議な事柄について納得がいく。
しかし、人間以外の生物も夢を見るという事実には驚きを隠せなかったが。
考えているとドリーマーがファンタジーとプレートの付いた棚の中から一つとホラーとプレートの付いた棚の中から一つを取り出し、煌々と輝く灯りに翳した。
その灯りの光が水晶に反射して目を射る。新崎はその光に眼を細めた。すると、ファンタジーの方は蒼く変色し、ホラーの方はまるでアメジストのように紫色に変色した。
「……うわあ。綺麗…」
新崎はあまりにも宝石のように輝きだした水晶にため息をついた。
「これが夢の結晶か…欲しいな〜。…でも、僕、お金ないんですよ」
新崎が物欲しそうに水晶を眺めていると、ドリーマーは持っている水晶をそれぞれ棚に戻しつつ言った。
「いえ、夢屋ではその対価は違います」
「えっ?」
ドリーマーの言った「お金ではない」と言う言葉に新崎は眉をひそめる。
どう言う事だ?
そもそも支払うモノというのはお金以外ないのでは、と訝しげに考えているとドリーマーが
「その対価はお金よりも高価で最も美しいものと言えば分かりますか?」
と聞いた。
数瞬考え、彼は気付いた。
しかし、それは…。
「まさか…」
「ええ、そのまさかです」
ドリーマーは頷いて、静かに告げた。
「貴方の『夢』を対価して頂きます…それも、産出されて直ぐのね」
「………」
あまりにも突飛し過ぎた話で頭がこんがらってくる。
しかし、この時までにも何度もの不思議で奇妙な事柄に触れてきた。
今更何をと思い、新崎はふうっとため息をついて、もうどうとでもなれという感じで聞いた。
「では……どうやってその『夢』を渡せばいいんですか?」
「簡単です。…目をつむっていて下されば結構です…後はこちらで抽出しますから」
「えっ?」
「いえ……、では、始めますか。……目をつむって下さい」
先ほどドリーマーが何か言ったような気がするが、新崎はなぜか釈然としない心持ちで目を閉じた。
すると、頭にポスッと手が置かれ、
「では、行きますよ。…ふっ!」
とドリーマーが言うと眼前が青白い光に包まれた。
少しずつ自分の中にあった一つの『夢』が消えていく。
それに寂しさを感じる。
だが、その感覚も消えて行ってしまった。
そして、
「終わりましたよ?」
手が離れる感触とドリーマーの声が聴こえた。
新崎は目を開けて、
「………それは?」
ドリーマーの手のひらに何やら虹色に輝く、何処か…DNAのような連鎖状のモノが浮いていた。
ドリーマーは答えた。
「貴方の『夢』…。…出来たてホヤホヤですね。…水晶体になるまでまだまだ時間がかかりそうです。…しかし…」
彼は新崎とその『夢』を交互に見比べ、
「すごく質が高い…ここまで凄い夢に巡り会えたのはこれで二度目だ」
と言った。そして、
「これは三つまで選べますね」
とも言った。
「そんなに…その夢はすごいんですか?」
「ええ、…極上の一品です。…では、こちらへ」
クスッと笑い、
「本当に久しぶりに…」
「えっ?」
何かドリーマーが呟いたと思い、聞いたが、
「いえ…」
ドリーマーは小さく被りを振り、新崎を連れて数列ある棚を廻り始めた。
「何がよろしいでしょうか?…私のお勧めとしてはファンタジー系統が壮麗で広大な大地を旅できるという点では大変良いと思いますよ」
「うーん…もう少し考えさせてください。…って、体験出来るんですか⁉︎」
「ええ…そうですよ?」
素っ頓狂な声を上げた新崎に首をかしげ、答えるドリーマー。
「確かに夢は『観賞』のためのモノもございますが、やはり体験なされた方が面白いと自負しておりますが…どうでしょうか。…それとも鑑賞の方がよろしいのでしたら、こちらに…」
「い、いえっ!…体験、したいです!…やらせてください!」
踵を返して逆方向に進もうとするドリーマーに新崎は即座に両手を振り、叫んで止めた。
「分かりました。……して、その類は…色々ございますがどう致しますか?」
「うーん…ファンタジー…がやりたいです。…体験ができるなら」
と色々と考えた結果、新崎はそう言った。
「分かりました。…後、そのファンタジー系統以外にお二つ選べますが、どうします?」
「それは、また今度にしてもいいですか?……じっくりと考えてから選びたいので」
「了解です。……では、ファンタジーの棚へご案内しましょう。…こちらです」
ドリーマーと新崎は歩き始めた。
そして、ファンタジー系統の水晶が蒼々と並ぶ棚の前に着くと
「この……水晶に巻きついているラベルに印刷されたタイトル…これがこの夢のタイトルですか?」
早速新崎はドリーマーに聞いた。
「ええ、そうです。…たくさんの夢が集っています。…ふふっ…」
ドリーマーは微笑みながらそう言った。
「わあ…迷うな…」
おもちゃ屋に始めて連れて来られた子供のように目を輝かせ、棚の上段から順に視線を移して行く。
「……ん?」
すると、何かが目に止まった。
新崎はそれに手を伸ばす。
そして、手に取ると、
「……レイオンズ・フィールド…」
そのタイトル名を読み上げる。
何か、変な心持ちだ。
何故かこれを昔から知っているような気がする。
「それにするのですか?」
夢の結晶を眺めていると、ドリーマーの声がして、
「はい、これにします」
新崎は(いや、気のせいか)と思い直し、言った。
すると、ドリーマーは新崎を見て、
「分かりました。…では、レジカウンターに行きましょう」
と言い、新崎を案内した。
レジカウンターに着くと、新崎から夢の結晶を受け取り、紅い包装紙で包むと、
「では、お手を拝借…」
新崎の右手を握り、
「……では、貴方にはまず、『能力記憶』を甲に焼き付けます。…熱いと思いますが、我慢してくださいよ」
と微笑みながら言った。
「え、ええっ⁉︎…バーコード?…焼き付ける?…どう言うこと⁉︎」
さらっととんでもない事言いやがったと思いながら、新崎は叫ぶ。
しかし、ドリーマーは聞いてくれず、
「はいっ!」
一つの掛け声とともにシュッ…ジュウウウウウッ!との焼け焦げる音が響く。
「あ…っ、…つ…ぐぅ…」
新崎は熱さと痛みに顔を顰めた。
少ししてドリーマーは手をはなした。
「失礼致しました…焼き付け、完了です」
右手の甲を見ると、紅く燃ゆる陽炎のようなバーコードが刻まれていた。
「これは?」
新崎はドリーマーに聞いた。
彼は答える。
「それは購入者の証であり、夢の中を旅するのに必要な記憶装置のようなものです。…あなた方の世界で言えば、セーブをするようなもの、でしょうか?」
「へえー、そうなんですか…」
新崎は右手の甲を見る。
こんなモノに、そう言う力が…。
考えているとパンと乾いた手を叩く音が聴こえた。
「はい、では先ず。…チュートリアルと行きましょう」
「え?」
いきなりそう言ったので、頭の中の整理がついてこない。
「では、これに触れてください」
レジカウンターから無色透明な夢の結晶を取り出し、新崎に差し出す。
「えっ?…これに触れるんですか?」
「ええ、そうです。…右手でね」
ドリーマーに言われるがままにその水晶に右手で触れると水晶が淡く輝き出した。
「うわっ⁉︎…くっ…!」
突然の光に彼は咄嗟に左手で目を庇う。
同じく、バーコードも熱を取り戻し、紅く、眩く、輝いて行き……。
刹那、激しい光の明滅とともに彼の身体はその水晶の中へと文字通り吸い込まれて行った。
「行ってらっしゃい、新崎君」
その時、そのような言葉が聴こえたような気がした。