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夢屋  作者: 西本 拓人
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第一章「夢を売る者」

完全な闇の中。

ただひたすら広く、左右、正面、後ろどちらを向いても壁さえ見えない闇の中を 少年は走る。

何故、ここを走っているのか

何処からここに迷い込んだのか

何を目指して走っているのか

それらは全く見当もつかない

しかし、何故か走っているのに、息が上がらないということだけは事実として認識している

だが、本来生物は激しい運動をすると少しずつ肺が圧迫され、息が苦しくなって、息が上がるはずだ。よってそのような生理現象が起こらないのはおかしいと疑問に思う。

風は前方から吹きつけてくる。そして、段々と小さな光が見えてきた。

すると闇は消え、代わりに、夜空に輝く満月に照らされた草原が見えてきた。

その草原の向こうには老朽化した建物があった。

一見、誰もいないように見えるのだが、よく見ると光が窓らしき小さな空間から垣間見える。

少年はその建物に導かれるように草原に立った。

ふわふわとした感触。

土と水気の混ざり合った匂い。

そして、少し湿った風が彼の頬を撫ぜる柔らかな感触

それら全てが少年を包み込む。


彼は建物に向けて歩きだした。

風が吹くごとに草原がざわざわと音を立て、耳になんとも言えないハーモニーを響かせる。

それを味わいつつ、建物の前に立つと、三階建てのようだった。

彼は正面入り口の上部にかけれられている看板を見つけた。


「夢屋…」


何と不思議で奇妙な名前なのだろうか。

普通はためらうか入るのを考えるだろうがしかし、彼の心に「好奇心」というものが湧き出て、それに従い、中へと入って行った。


中は外見と違い新築同様のデパートだった。

だが、賑わっているわけではなく、客はなく、働いている人の姿も見えず、数多の店舗から声が聞こえるだけである。

自分が今いる階はすぐそばにかけられている看板によると「一階」らしく、下に後三階、上に…なんと、五十階あるそうだ。

妙だ。

外見からして三階建てのはずだ。

地下へ続くのはわからなくはない。

しかし、何であと五十階も上に階があるのか。

思考を巡らせていると鈍い頭痛がしてきた。

彼は早々に考えるだけ無駄と切り捨て、考えるのをやめた。

そして、歩き出し始めた。


歩を進めていると、通路奥に紅い扉のエレベーターがあった。デパートの数ある店は至って何処にでもあるような店舗ばかり。

洋服屋、電気製品屋、イタリアンレストラン、フランス料理屋、少し大きめの本屋などなど…。

歩を進めていると、通路奥に紅い扉のエレベーターがあった。

そのすぐ横に『地下三階、夢屋』と大きく書かれた看板がある。

彼は息を少し吸い、エレベーターの中へ入って行った。


ポンと小さな電子音が聞こえ、間抜けな空気が抜ける音と共にエレベーターの扉が開くと、彼の目に飛び込んで来たのは、なんとも壮麗で美しい、正面に構える店舗だった。

その店の数列並ぶ棚には棚ごとに違う色に球体の水晶が輝いている。

蒼、紅、薄紫、黒、桃…と。

それらが天井に輝く電灯の光に照らされ、そして、その光を反射し、なんとも言えぬ美麗さを醸し出す。

やがて彼はその棚の列の中央にあるレジカウンターを見つけた。

しかし何故だか店の人がいないようだ。

彼は水晶の整理でもしているのだろうと勝手に思い、その店舗へと足を踏み入れた。

すると、棚ごとに並べられている水晶の色の違いの理由が分かった。

一つ目の棚はその上に『ファンタジー』と二つ目の棚には『ミステリー』とタイトルの書かれたプレートがつけられている。

よく見てみると、そのプレートごとに色が違うらしい。

だが、本でもないのに何故と疑問に思っていると


「いらっしゃいませ、お客様」


と突然背後から声がかけられた。


「うわあっ⁉︎」


当然少年は驚き、その背後を振り向くと……顔がなく、全身黒一色のタキシードを来た『人』がいた。


「………えっ?」


おかしい。

これは完全に『普通』ではない。

何故、顔がない人間が存在しているのか。

そして何故、口がないのにくぐもった声ではなく普通の人間のような声が耳に届くのか。


「うっ……」


また頭痛がしてきた。

たまらず眉間に皺を寄せて、彼は手で頭を抑える。

すると、この店舗で働いているらしい顔のない人間が


「…大丈夫ですか?…体調がよろしくないようですね。…顔が少し蒼くなっていらっしゃる」


と心配しているのか声をかけてきた。

少年は


「あ…いえ、少し立ちくらみがしただけで」


といい、被りを振った。


「…そうですか?…では、改めて」


と顔のない人はまるで執事が自分の使えているお嬢様にでもするような慇懃な仕草で腕を巡らし一礼をしつつ、


「ようこそ、『夢屋』へ。…私はこの店の店主。…ドリーマーと申します」


少年は軽く頭を下げ、


「あ、はい、…僕は新崎春といいます」


ところでと、棚の上に光り輝く透明な水晶に目を向け、


「これは…何ですか?」


と聞くと、

ドリーマーはクスッと小さく笑い、


「それらは『(ストーリー)』なのですよ」


と静かにそして、簡潔に答えた。


こうして、少年の「夢」を巡る物語が幕を開けた。

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